22話
フェリさんからカードを受け取った私はカウンターから離れて外へ向かう。するとその途中、ダインさんが私を追ってきて声を掛けてきた。
「アリス。ちょっと待ってくれるかい?」
「な、なんでしょうか………あの、さっきの依頼のことは……」
「いや、参加してほしいって話じゃないんだ。実は、僕もあの依頼は断っててね」
「えっ………」
ダインさんの意外な言葉に私は驚く。Bランクであれば頼りになるだろうし、ギルドとしては絶対に参加してほしいはずだろうに。
そう考えつつ、私はダインさんの言葉の続きを待った。
「襲撃の件だけど………もしかして、君もどこか違和感を感じたんじゃないかと思って」
「そう、ですけど………一番の理由は、人の勝手でそんな酷いことをしてもいいのかなって………」
「あら、まだそんなことを言ってるの?」
「ルナ」
割って入ってきたルナの言葉に、思わず語気が強くなる。私は真剣に言ってるつもりだ。確かに、私達人間にだって生きる権利があるし、それを脅かす存在である以上は相容れない所があるのは理解出来る。
でも、それならモンスターにだって生きる権利があるはず。
「もしかして、その猫と話せるのかい?」
「あっ…………えと、はい」
「ははは、それは凄い。それに、君は思慮深いだけじゃなく、とても優しい心を持っているみたいだ。まだ若いのに、尊敬するよ」
「お、臆病なだけです………えと、それで違和感って言うのはやっぱり………」
「あぁ。モンスター達のリーダーだ」
やっぱり。けれど、ここだけでも私とダインさんが気付けている可能性。ギルドがそれを考えてないとは思えないし………そう考えていると、表情に出てしまっていたんだろうか。ダインさんは真剣な表情で頷く。
「何度かギルドには忠告してみたんだけど、やはり領主からの要請が強いらしくてね。今から作戦をやめることは出来ないと言われたよ」
「………なら、ダインさんも自分を守るために?」
「はは。まぁ確かに、僕も命は惜しい。今はここに暫く滞在しているだけで、もともと単なる旅人にすぎないからね。それでも僕は………それが理由で断った訳じゃないんだ」
ダインさんは首を横に振って答えた。他にどんな理由が?という疑問も浮かんだけれど、私は寧ろ納得していた。なんとなくだけど、私にはダインさんが命惜しさに断ったようには見えなかったから。
私のような怯えや恐怖の色が、彼からは全く感じない。幼い頃から戦場に身を置いていたからなのだろうか。
「もしもの事があった時、この街を守る人間が必要だろ?」
「………」
「思い入れはなくとも、沢山の人々の命が奪われるのは黙って見過ごせない。勿論、杞憂に終わってくれればそれが一番いいけれどね」
そう笑って答えるダインさん。何故そんなに関係もない人々のことを考えれるんだろう。そして、そのために自分が戦う勇気だって持っているし、その事に何の疑問もないようだった。
私とは大違いだ。モンスターどころか、人間にすら怖がって、自分のことに精一杯な私とは。
「………私なんかより、よっぽど凄い人ですよ」
小さく呟く。それが聞こえたのか聞こえなかったのかは分からないけれど、少しの沈黙のあと、ダインさんは続ける。
「けれど、僕一人の力にも限界はある。その万が一の時に備えて、僕は僕と同じような考えを持った仲間を探しているんだ。既に何人か集まっているけど、まだ足りない。もし、君さえ良ければだけど」
「わ、私が………?」
「あぁ。でも無理強いはしない。今すぐに決断する必要もないけど、もし協力してくれる決断をしてくれたなら、改めて声を掛けてくれ。多分、ギルドに通っていれば会うことも多いだろうからね。それじゃあ、僕はここで。またね」
ダインさんはそう言ってギルドから出ていく。その後ろ姿を見送りながら、本当に立派な人だなぁって考えていた。
自分で考えて、自分で決心した事のために自ら行動を起こしてる。
「えぇ、そうね。彼のような人は、私から見てもとても立派な人間だと思うわ。そして、今度はあなたが決断をするのよ。傍観か、共闘か。あなたが決めたことであれば、私はどちらでもいいけど」
「………ルナは付いていくならあんな人がいいって思ったりするの?」
「いいえ。私にとってのお姫様はあなただけよ、アリス。あなたがこれからどうなろうと、絶対に最後まで一緒にいてあげるから安心しなさい」
「………そっか。変なこと聞いてごめんね」
「他人と自分を比べて不安になるのは仕方ないわ。でも、あなたは誰に何を言われようとあなたしかいないと言うことを覚えていなさい」
そんなことを言うルナは、まるで母親のようだった。実際にはお母さんにそんなことを言われたことはないし、全く似てないけど。
厳しいようで、慈しみも感じるルナからはそう言う感じがした。とにかく、どうするかを考えるにしろまずはやらなきゃいけないことが残ってる。宿を探して、街を見て回って………明日からは本格的にこの街で冒険者としての活動。
情けないけれど、今はまだダインさんの後を追おうとは思えなかった。
それから街を歩き回って宿を見つけ、部屋も確保できた。宿を見つけるだけで一時間くらい掛かってもう既にへとへとだけど。
やっぱり初めての土地はこわい。
「あいよ。革袋2つで銅貨4枚だよ」
「あ、はい………ありがとうございます」
目的の物も手に入れて、街も半分くらいは周ったと思う。基本的に通りそうな各出入口への道は把握したし、商店が集まっているところも大体分かった。覚えているかは………多分大丈夫なはず。
取り敢えず、旅の疲れもあるし今日までは少しだけゆっくりしようかな。私は宿への道の途中、見晴らしのいい通りに出て街を見る。そして、今日の事を振り返って………
「………モンスターの襲撃かぁ」
「あら。もしかして、殲滅隊に参加する気になったのかしら」
「………ううん。参加しないよ。でも」
「群れを率いるリーダーは、最初からその時を待っていたって言いたいのね?………自らの【狩場】に、獲物が踏み入れる瞬間を」
「うん………」
私が初めて出会ったモンスターであるリザードマンですら、獲物を追い立てて自らの巣で待ち伏せをする程の高度な狩りが出来る。
可能性でしかないけど、もしそれが本当だったら………彼らの【狩場】にどれ程の罠があるかは未知数だ。私の力があっても、もしかしたら………
「えぇ、その警戒心と思慮深さは大事よ。この力の限界について言った事、覚えているわね?」
「うん………相手に直接干渉する願いは、相手の力量や魔法耐性によっては弾かれるし、攻撃の効果も弱体化することがある。だよね」
「えぇ。願いを叶える魔法も魔法である以上は、耐性や能力によって効果の変動は免れないわ。改めて言うけど、過信は禁物よ」
「分かってる」
だから、私は今回の依頼を断った。その群れのリーダーが、どれほど強力なモンスターか分からないから。けれど、その時私はどうするの?
モンスターが優勢になったら、樵の仕事場だけじゃなくてこの街も危なくなる。戦わないのなら逃げるしかない。もう逃げないって決めたけど、そしたら本当に………本当に死んじゃうかもしれない。
「逃げない勇気も大切だけど、時として逃げる勇気を持つことも大事よ。死んでしまったらそこで終わりだもの。あなたを守ってくれるのは、結局あなただけなのよ」
「はぁ………決断するって、すごく難しい事なんだね」
「そうね。でも、選択の余地があるだけ望まれてると思うわ」
「………うん。そうだね」
どちらにせよ、決断の時はまだ今じゃなくてもいい。だから、私はもっと知らなきゃいけない。フェリさんは、仕事場の護衛は常に募集していると言っていたし………
「明日、行ってみるよ」
「えぇ。そう決めたなら、頑張りましょう」




