20話
アリアさんと話せるようになったお陰で、私はそれから屋上へ逃げることは無くなっていた。
多分だけど、アリアさんは向こうの世界で言う動物の研究家みたいなものなんだと思う。私のふとした質問にも、真面目に答えてくれていたし。
今回の旅路の小さな目標だった、アリアさんと仲良くなるということを達成出来て嬉しかったけれど、それも今日までだと思うとやっぱり寂しい。
「ふふ。でも、どうだった?今回の旅路は」
楽しかったよ。とっても。
「それは良かったわ。ならきっと、これからもっと楽しいことに出会えるわ。彼も言っていたけど、その思い出を大切にしなさい。どんな人生にも、絶対に谷は存在するもの。そんな時は、その思い出が貴女の力になるものよ」
ルナの言葉に頷いて、私は外を見る。既に窓からは大きな街が見えていた。
「あれが………」
「えぇ。今回の目的地。オルムよ」
前に聞いた通りオルムでは林業が盛んな街で、ここで生産される木材が高値で取引されるようになってからは急速に成長しているらしい。
そして、私が外を見ていることに気が付いたエルクさんも、同じく窓の外を見て笑みを浮かべた。
「見えてきたね。そろそろ降りる準備だ」
「本当に今回は平和だったわね」
「………全くだ。腕が鈍っていなければいいんだが」
そう言って、3人は馬車の中に置いていた自分の荷物を纏め始める。基本的に荷物は全部魔法でしまっている私は、それを見てやっぱり私は凄く楽をしているんだと罪悪感が湧いて来てしまう。
すると、私の膝に乗っていたルナが小さくため息を付く。
「そんな事に一々申し訳なくなっていたらキリがないのよ?それに、あなたのそれも良い事ばかりじゃないわ」
いい事ばかりじゃない?ルナの言っていることがあまり理解できなくて、私は頭の中で聞き返す。
「あなたは魔法を使う仕組みが他人とは違うでしょう。今更言うまでもないけど、あなたは私と一緒に居なければ何一つとして魔法を使えないのよ?もし私とあなたが何らかの理由ではぐれてしまったら、所持品すら取り出せなくなってしまう危険性だってあるわ」
「………」
最悪の想像に、私はゾッとする。基本的に私の手荷物は全部魔法で片付けているから、もしそうなってしまったら今持っているお金も何もかも無くなってしまう。
もしかして、最低限どんな時でも必要になるような荷物は自分で持ってた方がいいかも………
「えぇ。リスク分散の意味でも、そうしておくのがいいと思うわ。少なくとも、今の所持金なら半分程度でも何かの元手になる程度はあるでしょうし。硬貨を入れる革袋くらいならどこでも売ってると思うし、街を見るついでに買ったらいいんじゃないかしら」
そうしてみようかな。ただ、それは後でかな。まずは街に着いた後は一旦ギルドに行かなきゃ。ギルドで依頼を受けるためには、一度その町のギルドで冒険者カードを登録してもらわなきゃいけないと登録した後に説明はしてもらっていた。
後の予定を色々と考えていたら、いつの間にかオルムの入り口に馬車は来ていた。今日は人の入りが少ないみたいで、待ち時間はなし。
「さて、短かったけど今回の旅路はこれで終わりね。オルムで何をするかはあなた次第だけど、もう既にここはあなたの知り合いはこの馬車にいる人を除けば誰もいないわ。基本的な方針はあなたに任せるから、何でもかんでも私に頼っちゃダメよ?」
ルナが私の肩に飛び乗りながら言う。そして、街に入った馬車は入り口に入ってすぐのところで止まると同時に、御者をしていた商人さんが声を掛けて来た。
「オルムに到着したよ。みんなここまでありがとう。もしまた縁があれば、その時はよろしく頼むよ」
「こちらこそ、短い旅だったがとても助かった。ありがとう。それでは、あなたにも幸運があらんことを」
「あ、え、えと………あ、ありがとうございましたっ!」
エルクさんと私は商人さんにお礼を言って馬車を降りる。それに続いてアリアさんとルインさんが降りてきたのを見て、私は三人に向き直った。
「み、皆さんも、その………ありがとうございました。初めての旅でも、皆さんのおかげで楽しかったです」
「はは、それを言うならこちらこそさ。君のおかげで、短いのにとても充実した時間を過ごせた。ありがとう」
エルクさんの言葉に、私は小さく笑い返す。少しぎこちなかったかもしれないけど、偽りであるとは思わない。そして、私は三人に一礼してギルドに向かおうとした時だ
「………待って」
「ほぇ?!え、は、はい。なんでしょうか………」
まさか呼び止められるとは思わなくて、素っ頓狂な声を上げてしまう。周りの通行人が一瞬だけこちらを見て、気まずくなって私は小さく頭を下げる。そんなことがありつつアリアさんの方を見ると、彼女は少し言いづらそうに視線を逸らす。けれど、すぐに覚悟を決めたように私に向き直って言葉を続けた。
「………強く当たって悪かったわね」
「………!」
それは、彼女なりの精一杯の誠意だったんだと思う。人によってはぶっきらぼうに見えるかもしれないけど、私は初めてアリアさんとしっかり目を合わせる事が出来た気がする。
驚きといつものですぐに言葉は出てこなかった。けれど………けれど、今だけは。ちゃんと言いたいことを言える気がする。
「………いえ。私も結局、あの子がきっかけになるまでアリアさんと向き合おうとしていませんでした。だから、私もごめんなさい………それと、ほんの少しでもアリアさんとお話が出来て楽しかったです。ありがとうございました」
「………えぇ。私もよ。でも私達も暫くは街に滞在するの。今はお互いにやる事があるけど、もしまた機会があったら………もう一度、あなたと話してみたいわ」
そう言ったアリアさんの言葉に、私は頷く。すると、初めて………本当に初めて、アリアさんが少しだけ笑ってくれた。そして、どこか満足げに言葉を続けた。
「伝えたかったのはこれだけよ。引き留めて悪かったわね………それじゃあ、あなたの旅に祝福があることを願うわ」
「はい、お互いに。それでは、失礼します」
そこで、今度こそ私達は本当に別れた。あの人たちにどんな目的があるかは、結局聞けてなかったし………まぁ、聞ける雰囲気でもなかったって言うのがあれだけど。また会えたら、今度はもっと仲良くなれると思う。
アリアさんの事を考えていたら、一瞬だけ………ほんの一瞬だけ過去の「友達」の姿が頭を過ぎる。でも、私だって分かってる。過去は過去であって、この力があったとしてもどうしようもない。ましてや、全く別の世界の事なんだから。
「ふふ。旅に出てよかったでしょう?」
「うん。まだ不安が無くなった訳じゃないけど………それ以上に、今は少し楽しみ」
「それは良かったわ。まぁ、今から始めるのはお仕事だけど」
「もう。今くらい意地悪言わないでよ」
まだ前だけを見て進むことは出来そうにないけど。それでもほんの少しだけ、進む足取りは軽くなったように思えた。




