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18話

 街を出発して数日。旅はこれ以上ない程順調で、1週間前後の予定だった旅は予定より少し早く着くかもしれないと言っていた。結局、アリアさんとはあまり仲良くなれていないのだけが凄く悲しいというか、この世界に来てから少しは変わったかな、なんて思っていた私に現実を突きつけられているようで悔しかった。


「そう思うんだったら、自分から声を掛ければいいじゃない?」

「出来てたら悩んでないもん………」

「ふふ、そうでしょうね」


 分かってるならわざわざ言わなくていいじゃん。意地悪。ちょっとだけむすっとしつつ、馬車の屋根から辺りを見渡す。

 今は辺り一面に広がる平原の中を進んでいた。頬を撫でるそよ風が心地よくてついうとうとしてしまいそうになるけど、自分から買って出た仕事なんだからちゃんとやらなきゃね。


「こんな平原の真ん中で襲ってくるようなモンスターなんて滅多にいないわよ」

「………」


 ルナの言葉に、私はもう一度拗ねてますと言わんばかりに顔を背ける。そんなの、これだけ見晴らしの良い平原なら言われなくても分かってたもん。でも意気込みだけでもなかったら、本当に寝てしまいそうだから。


「いっそこと、少しくらい寝ていたらどう?いつ何があるか分からないからこそ、適度に休める時間を見つけて十分な休憩を取るのも優れた旅人の心得よ」

「ん~……」


 そう言われたら悩んできたけど………どうしようかと考えながら辺りを見ていると、少し遠くの方に大きな湖が見えてきた。

 水面に太陽の光がキラキラと反射していて綺麗だなぁって思っていたら、不意に商人さんが声を上げる。


「予定よりもかなり順調だし、あの湖で少し休憩にしようか」


 そんな商人さんの言葉に、私は少しだけ驚いてしまった。丁度ルナとその話をしていたのに、こんな都合良く休憩のタイミングが来るなんて。


「……ルナ、何かした?」

「まさか。言ったでしょう?適度に休憩できるタイミングを見つけるのも優れた旅人の心得だって。商人だって長い距離を移動する旅人のようなものなんだから、その大事さはちゃんと理解しているのよ」

「そうなんだ……」


 つまり、本当に今は旅人からの目線では『適度な休憩』を挟むのに絶好のタイミングだったって事なんだ。改めて思うけど、ルナはなんでこんなことまで知ってるんだろうか。

 確かに、旅の間は毎晩見張りをしなきゃだったし、少し睡眠不足かも………とは思ってたけど。


「今日は天気もいいし、絶好の旅日和ね。ここまでの道中も大きなトラブルはなかったし、初めての旅にしては幸先がいいわ」

「そうだね。正直、もっと大変なのかなって身構えてたから、少しホッとしたかも」

「ふふ。でもその身構えは大事よ?旅を続けていたら、きっとあなたの想像を遥かに越える事だって起きるんだから」

「うん」


 これが初めての旅である私だって、今回は特に運が良いだけなんて分かってる。昨日、アリアさんがボソッと「今回の旅は平和ね」なんて呟いてたし………もしかしたら、普段から私の想像以上に波乱万丈な旅をしてるのかも、なんて失礼なことが一瞬頭を過らなかった訳ではないけど。

 そんなことを考えているうちに、湖の近くまで馬車は来ていた。


「それじゃあ、しばらく休憩にするから、各自自由に休息を取ってほしい。ただし、あまり馬車からは離れすぎないようにお願いするよ」


 商人さんがそう言うと、エルクさん達が馬車から降りてくる。私はこのまま馬車の屋根で休んでても良いけど………せっかく綺麗な湖に来ているんだし、私も近くに行ってみようかな。


「えいっ」


 ぴょん、と馬車の屋根から飛び降りて華麗に着地………出来たのは、降りたときの衝撃を魔法で消したからだけど。

 そして、ルナも私の肩に着地したのを見て湖の方へ向かう。


「アリス、お疲れさま。君が見張りをしてくれているおかげで、いつもの旅よりずっと順調だよ」

「いえいえ、そんなことないです………ふわぁ」

「ふっ………疲れただろう。ゆっくり休むと良い。恐らく、昼食まではここにいるだろうからね」

「はい………それでは、ちょっとだけ………」


 私は近くの木陰に入ると、木を背もたれにして腰かける。そして、大きく伸びをして目を閉じようと思ったとき、視界の端………湖の真ん中で、何かが動いた。


「っ……!」


 湖の方へ視線を向けて立ち上がる。もしかしたら、湖に近付いた私達を狙うモンスターかもしれないと思ったからだ。

 そして、湖に現れていたのは水面から長い首を伸ばし、恐らくこちらを見ている大きな影。まさか、水生のドラゴン?今度こそ本当にドラゴンと戦うことになるんじゃ………と緊張感が全身を走った時だった。同じくその存在に気付いたエルクさんが、それを見て口を開く。


「おや、カンシオンとは珍しい」

「え、か、カンシオン………?えと………竜、ですよね?こっちを見てるような気がするんですけど………」


 妙に冷静なエルクさんを見ていたら、もしかして私が変なだけなのかと思ってしまう。すると、今まで黙っていたアリアさんがそんな私を見て話し始めた。


「警戒する必要は無いわよ。カンシオンはCランクでも上位の竜種だけど、とても頭が良くて温厚な性格をしてるの。外敵に襲われても、基本的には逃げるか追い払うだけで済ますんだもの。私達から攻撃しない限り、向こうから攻撃してくることは無いでしょうね」

「そ、そうなんですね………」


 初日以降、アリアさんから声を掛けてきたのは初めてかもしれない………もしかして、モンスターの特性や生態に詳しいのかな?と考えながら、カンシオンと呼ばれた竜に視線を戻す。

 確かに現れた所から全く動く様子は無いし、こちらを見ているけど敵意らしきものも感じない………と思う。


「えっと………じゃあ大丈夫かな………?」

「アリアの言う通り、あの子にこちらを攻撃する意思はないみたいよ。こちらを見ているのは単なる好奇心かしらね。気にせずに寝ても大丈夫だと思うわ」

「そっか………じゃあ、ちょっとだけ寝ようかな」

「えぇ、ゆっくりおやすみなさい」


 私はもう一度木に腰掛けて今度こそ瞳を閉じる。やっぱり少し寝不足だったのか、そよ風と木陰の涼しさも相まってすぐに睡魔が襲ってきた。そして、私はそれに抗うことなく眠りについたのだった。








 どれくらい時間が経っただろうか。私が自然と目を覚ました時は、まだまだ全然日中という感じだったけれど、漂う香りから昼食の支度をしているのだということだけは何となく理解できた。


「ん………んんー」

「あら、起きたのね。おはよう」

「おはよ………どれくらい寝てた?」

「3時間くらいかしら。丁度お昼ご飯の準備をしているみたいよ」

「そっか」


 不足分を補えたおかげか、何となく頭がすっきりしたような気がする。やっぱり睡眠って大事なんだなぁってその偉大さを噛みしめていた時、ルナが私の方をじっと見ている事に気が付いた。何となくニヤついているような気がする………と言うか、私が起きたことに気が付いたエルクさん達も、こちらの方をじっと見ていた。


「え?………えーっと………ど、どうかしました?」

「はぁ………自分の後ろを見てみたら?」


 アリアさんが呆れたような声で言う。「え?後ろ……?」と反射的に声を上げながら、私の後ろには木しかなかったはずだけど………と考えつつ振り返る。


「――――」


 同時に視界に映ったそれを見た時、私は呼吸をすることも忘れてしまう。私が眠っていた木陰に横たわる巨体。それは完全にフリーズしてしまった私を赤い瞳で覗き込んできていた。

 我ながら、悲鳴を上げなかっただけ凄いと思う。


「クゥ?」


 鈴のような甲高い鳴き声で、どうしたの?というように首を傾げる。もしかしなくても、この子はさっきの………と、未だに状況を呑み込めないでいる私に、背後からアリアさんの声がする。


「あなたが眠ってから10分くらいしてからかしら?興味深そうに近付いてきて、ここであなたとお昼寝を始めたのよ」

「そ………そうなんですね………?」

「そんなに怖がらなくていいじゃない。あなた、多分気に入られたのね」


 なんで………?と疑問が浮かぶと同時に、カンシオンが頭をこちらに寄せてくる。びっくりしてつい手を前に出して受け止めると、カンシオンは無警戒に目を閉じて私の手に擦り寄って来る。水の竜らしく、滑らかな手触りが特徴的だった。


「……………」


 そんなカンシオンの姿に、ようやく私は少し緊張がほぐれてきた。温厚というか、人懐っこいんだなぁって思いながら、擦り寄って来るカンシオンを撫でる。カンシオンも嬉しそうな鳴き声を上げ、しばらくそうしているとまたアリアさんの声が。


「………カンシオンは人の感情や心を音として読み取ることが出来るモンスターと言われているわ。それが本当なのかは分からないけれど、もしかしたらあなたの優しい心に惹かれて来たのかもしれないわね」

「………」


 唐突にアリアさんから優しい心を持ってると言われ、なんと返せばいいのか分からなくって黙ってしまった。そんな中で、昼食を作っていたエルクさんが声を上げる。


「さぁ、昼食が出来たよ。アリスもそろそろこっちにおいで」

「はい、分かりました」

「クゥ」


 私がエルクさん達の所へ向かうと、私の後ろから大きな体を引きずる音が聞こえる。確認するまでもなく、後を付いて来ていた。まぁ、別に何かしてくるわけじゃないからいいけど………


「あっ……そ、その…………あ、アリアさん、カンシオンって何を食べるんですか?」

「雑食よ。湖で魚も食べるし、陸上に上がって木の実を食べることもあるわ」

「そう、なんですね………ありがとうございます。えっと、じゃあ………はい。どうぞ」


 私は空間魔法で収納していた果物を取り出して、カンシオンに差し出す。食べてくれるかな?と思ったけど、カンシオンは警戒するそぶりも見せず私の手から果物を一口で食べてしまう。


「はは、本当に随分と懐かれたようだね」

「カンシオンは確かに穏やかで好奇心が強いとは言われているけれど………ここまで警戒心が無いのを見ると、ちゃんと生きて行けるのか不安になるね」


 商人さんのそんな言葉に、今まで黙っていたルインさんが、「いや……」と首を横に振って話し始める。


「大きさを見ればわかるが、それなりの年月を生きた個体だろう。しかし、目立った傷もない所を見るに、偶然や運ではなく相応の生きる力があると言うことだ。俺達が心配する必要は無い」

「そうね。私から見ても、とても立派な個体だと思うわ。尚更そんなに気に入られるのは凄いと思うけれど………あなた、実は高名なテイマーの血を引いているとかじゃないの?」

「ち、違いますよ!?」


 それどころか、こっちの世界の出身ですらないです。と言いたいけれど、勿論そんなことをいう訳にもいかないから否定するだけに留まる。そんな早くも私の予想を超えた出来事がありつつ、カンシオンを交えて少し賑やかな昼食が始まった。でも、ようやくアリアさんと少しだけ距離が縮まったような………そんな風に思ったのだった。




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