15話
ライルさんとあいさつを済ませた後、私は乗せてくれそうな馬車はないかな。と門の近くをウロウロとしていた。ただ、今日街を出る商人は基本的に大手の商会所属が多いのかどれも大きな馬車ばかりだった。選り好みをするわけじゃないけど、大きい名前を持つ人と関わるのはちょっと怖いなぁ。
「別に喧嘩を吹っ掛けようって訳じゃないんだから、そんなに怖がってどうするのよ」
「う………そ、それはそうだけど………」
「まぁ、そもそもこんな突発で乗る馬車を決める事が珍しいけれど。普通なら酒場やギルドで事前に出発日が合う商人を見つけるものだもの」
「ルナが急に今日って決めたんだよ………」
文句を言ってもしょうがないけど。早くどこかに声を掛けないと、今日の分は全員出発してしまう。何て声を掛けよう?なんて今更な事を考えながら歩いていると、不意に声を掛けられた。
「やぁ、そこの魔法使いさん。乗る馬車を探しているのかい?」
「え?あ………えと、はい………そうです………」
声を掛けて来たのは馬車の御者席に座る金髪の青年。まだ若そうに見えるけど、装飾は少ないながら立派な馬車に乗っていると言うことは、やはり彼も名のある商人なのだろうか。馬車の窓からはこちらを興味深そうに見つめる黒髪の少女が頬杖を付いて覗いていた。
「ははは。随分と手こずっているようだけど、どうだい?オルム行きで、大体1週間前後の旅になる予定だけど」
「え、と。いいんですか?」
「勿論だ。君もいれば、旅路の安全は保障されたようなものだろうからね。もうすぐ出発だから、是非乗って行ってくれると助かる」
「あ………えと、ありがとうございます!」
私は頭を下げ、馬車の後ろに回る。カーテンを退けて中に入ると、馬車の中には恐らく積荷であろう沢山の箱や、樽に入った武器などが詰まれていて、他には先ほど顔を覗かせていた少女と、二人の男性が座っていた。
馬車に入った私を見て、3人は一斉に私の方を見る。一人は私と同年代に見える長い黒髪の少女で、ゴシックドレスと近くに立てかけている日傘はとても冒険者とは思えなかった。
もう一人は私より少し年上に見える青髪の少年で、少しこちらを警戒しているのか横目で私を伺って来ている。
そして、一番目立つのはその少年の隣に座る金髪の男性。筋肉隆々、立てば間違いなくこの馬車の天井に頭をぶつけるであろう巨体を持った男性。その鍛え抜いた身体にはマント一枚とズボンのみという軽装ながら、鎧を着こんでいる騎士よりも威圧感があるように感じた。
色々と印象が強い3人で、視線を向けられた私は思わず身を固めてしまう。
「え、あ………」
「………随分と怖がられたものね。本当にあなたが期待の新人と言われた魔法使いなのかしら?」
「こら、喧嘩を売ってはいけないだろう」
少女の少々鋭い言葉を、大柄の男性が窘める。その声色も穏やかで、やはり人は見かけによらないんだなぁと思って私は少し緊張を解く。黒髪の子は怖かったけど。
そうして入り口で立ったままでいた時、馬車が動き出した。どうしようかと悩んでいると少女が私をチラリと見た。
「何突っ立っているの?私の隣が空いてるんだから、早く座ればいいじゃない」
「あ、え………えと、はい………」
「………はぁ」
少女がため息を付いて視線を窓の外に向けたのを見て、前の世界の事を思い出してしまう。いきなり印象最悪だなぁと思いつつ、遠慮がちに少女の隣に座る。一番に話しかけてきたのはやはり大柄の男性だった。
「突然びっくりしただろう?すまない、その子も人付き合いが苦手なんだ………挨拶が遅れたな。初めまして。俺はエルク。見ての通り冒険者だ」
「は、初めまして………アリスです。えと………冒険者です。よろしくお願いします」
「よろしく。二人の事は私から紹介をさせてもらうよ。隣に座っているのはルイン。私とパーティーを組んでいる冒険者だ。彼もちょっと人見知りでね。そしてその子は………」
「アリア。冒険者ではないわ。訳があって今は彼らと行動を共にしているけど」
こちらを見ないままエルクさんの言葉を遮って自己紹介をするアリアさん。突然の事に私もエルクさんも少し驚いた表情を浮かべたけど、何か言わないとと思い口を開く。
「あ………よ、よろしくお願いします………」
「………あと、別に怒ってないから」
ぼそりと付け加えられた言葉に、エルクさんが穏やかに笑みを浮かべた。本当に嫌な人ではないんだと言うのは分かったけれど、それがよりあの子の事を思い出して無意識に距離を取りたいと感じてしまっていた。
初対面だし、そんな理由で交流を諦めていたら成長できないと言う思いがそれを押しとどめていたけれど。
「君もオルムで仕事を?」
「あ、いえ………えっと………旅を、したいと思っていて」
「なるほど。旅を………それはいい。俺達も各地を放浪していてね。多くの経験や友を得た。君のこれからの旅に祝福があることを願うよ」
「あ、ありがとうございます………えと、オルムでお仕事って、何かあるんですか?」
「ふむ………まず、オルムという町がどのような所か知っているかい?」
「いえ………」
私がそう答えると、エルクさんは丁寧にオルムという町について教えてくれた。なんでも領地内で育つ樹木は保有している魔力が多いことが分かり、それらを加工した製品が様々な面で高品質になる事から需要が増しているらしい。
「えっと………じゃあ、もしかしてオルムでの仕事って………」
「いやいや、樵の仕事も常に募集はされているが今回は違う。この馬車、武器を多く積んでいるだろう?実は、数ヶ月前から樵の仕事場にモンスターの群れが襲撃してくるようになっているらしくてね。武器や冒険者が多く求められているんだ」
護衛かぁ………けど、他の街からもわざわざ出向くほど募集されてるってことは、私が想像している以上に被害は大きいのかもしれない。と一人で考えていると、私の膝の上に座るルナが話し始める。
「当たり前でしょう。彼らからすれば、住処である森を無遠慮に切り拓かれているんだもの。目の敵にして襲ってきても不思議な事なんてないわ」
「………」
ルナの言葉に、私は確かにと納得していた。ただ、ちょっとだけ違和感もある。こっちに来て学んだ事だけど、モンスターも種族が違う者は競争相手なはず。いくら共通の敵が出て来たとしても、数ヶ月も共闘関係を維持できるのかな?
「間違いなく、群れのリーダーとなる存在はいるでしょうね。それも、森の全てのモンスターを束ねることが出来る程の力を持ったリーダーが」
「………エルクさん。その襲撃って、モンスター達のリーダーみたいなモンスターはいないんですか?」
「………ふーむ。そのような話は聞いた事が無いな。ただ、ギルドも恐らくは統率者がいると踏んではいるようだが」
大規模な冒険者の募集が必要なほどの襲撃。その統率者なら、単独で町の人間を全滅させる事だって出来るんじゃないのかな?なのに、この期間で一度も情報が無いのはおかしいような………
「………やっぱり考え事だけは得意なのね。確かに、少し変なところがあるのは事実かしら」
本当に大丈夫かなぁ?トラブルに巻き込まれそうだなぁ。
「あら、旅の醍醐味じゃない。刺激は多い方が楽しいわ」
なんて不謹慎な事を言うルナに、私は小さくため息を付く。ただ、街に着いた時に私でも受けれそうな仕事があるのは助かる事だった。でも、モンスターが襲ってくる原因が人間なんだとしたら、彼らを倒すのは良い事なんだろうか。
「今更な話ね………それに、自らの種の繁栄の為に他を淘汰するのも当然の事よ。もし戦いが続いて森のモンスターが居なくなったとしても、それは人間という種に生存競争で敗北した一つの自然淘汰。何も悪いと思う理由はないわ。まぁ、逆もしかりだけど」
ルナの言葉は、どこまでも非情で冷たい物だった。間違っていることは言っていないのかもしれない。けれど、そんなに簡単に割り切れる程私は単純じゃなかった。
「………何とかできないかなぁ」
「ん?襲撃の事かい?」
「あ………はい、そうです」
思わず呟いてしまった独り言に反応され、私は頷く。けれど、私一人が介入したところで解決する問題ではない事も分かっていた。
願いを叶えると言うのは、それだけ聞けばまるで神様の力みたいだけど、実際に何でもできる訳じゃないみたい。詳しい原理までは分からないけれど、私のイメージから発現する事象は現実との乖離によって弱くなる。生物が絡んだ結果とか………特に意思を操るような事は難しいらしい。
私が相手をよく理解し、その思考を詳細に思い浮かべることが出来れば可能だとルナは言っていたけれど、私のような人付き合いが下手な人間にそれが出来るとは思えなかった。
「アリスは魔法使いなんだろう?街ではよく君の話を聞いたよ。若いのにとても優秀な魔法使いだとね」
「え、いえ………そ、そんなことないです」
色んな人が登録できる冒険者ではあるけれど、やっぱり私ほどの年齢で登録する人は少ないらしい。更に1ヶ月程でDランクへ昇格した冒険者となるとさらに数が限られ、このペースでランク昇格してきた前例ではAランク冒険者まで昇り詰めることも多いらしい。
ただ、私は旅をしながら活動をするつもりだから、多分Aランクまで上がるのはとても時間が必要だろうとルナは言ってた。ランクアップが目標じゃないから、今のところはそれでもいいけれど。
「ふむ。謙虚なのは良い事だけど、もっと自信を持って良いさ」
「あ、ありがとうございます………」
事情が事情なだけに、自分を優秀だと認めるのは難しかったけれど。それはともかく、無事に旅に出ることが出来たことに、私は少しホッとした。行先も何もない辺鄙な村とかじゃないみたいだし。
最初からこんな行き当たりばったりなのもどうかと思うけど。私の旅の始まりは、意外なほどに順調だった。




