14話
「時間が来ました。大丈夫ですか?」
「はい………えっと」
「採点担当が後程回収するので、そのままにして退出します。一時間程で結果が出ると思いますので、少々お待ちいただけますでしょうか?」
「あ、分かりました………」
一時間かぁ………微妙な時間だなぁ。別に見て回る物もないし、ロビーで待っていようかな。男性と共にロビーに戻ると、私は近くにあったソファーに腰を掛ける。すると、肩から降りたルナが声を掛けてくる。
「お疲れ様。自信はどう?」
「問題はしっかり読めたし、習った通りに解けたと思うけど………ルナは見てたんでしょ?どうだったの?」
「それは結果が来てからのお楽しみよ?」
「………言うと思った」
でも、こう言っては何だけど自信は正直ある方だった。習った通りに問題が出て来たし、まるでルナの授業は出てくる問題が分かっていたかのように正確だった。というか、何となくルナは未来が見えているんじゃないかって思うことがある。
基本的にルナの言うことには間違いが無かったから。ただ、その上で最近は何でも教えてくれるってことはあんまりない。その意図は理解しているつもりだけど。
もうちょっと、お世話を焼いてくれても良いんだけどなぁ。なんて思いながら、隣に座るルナの頭を撫でる。
「あら、撫でてくれるのは久しぶりね」
「ん………そうかも」
「ふふ………貴女の手は好きだから、遠慮しなくても良いのよ?」
「ルナが意地悪しなくなったらね」
「あら、残念」
なんて言いながら、くすくすと笑うルナ。そして先ほどの会話など気にしていないかのように私の膝の上に座る。あっちにいた頃はルナの撫でろアピールだった。
仕方ないなぁと思いつつ、その頭を撫でる。人間っぽい意識はあるのに、行動は猫とそんなに変わらないんだから。
「………登録できたら、旅の準備が出来るんだよね」
「そうね。その気持ちが揺るがないうちに行動した方が良いわ」
「………うん」
ここで過ごした2ヶ月で、もうこの世界での冒険者としての仕事には慣れたけれど、旅に出るのはまた新しい事の連続だと思う。けれど、少しずつ私も変われている………はずだから。
「三日後でどうかしら?」
「三日後………やっぱりルナだなぁ」
「でも、必要な道具を買い揃えるのには十分な時間よ。これ以上この街でやることは無いわ」
「………そう、だね。うん。分かった」
まぁ、落ちたら元も子もないけど。ただ、今のルナの口ぶりからはそういう事なんだろうなぁって何となく予想していた。それから暫くルナを撫でながら待っていると、先ほどの男性がこちらに歩いて来る。
「お待たせいたしました」
「あ、はい………け、結果は………」
「おめでとうございます。これ以上ない程の点数で合格です。登録カードを発行するのですが、もし冒険者カードを持っているのであればそちらに登録情報を追加する事も可能ですが、いかがいたしましょうか?」
「えっと………じゃあお願いします」
私が冒険者カードを取り出して男性が受け取ると、カウンターの方に戻っていく。何となく分かっていたけど、合格だと聞いて安堵している私がいた。それから数分も経たないうちに先ほどの男性が戻って来て、すぐにカードを返してくれた。
「えと………ありがとうございました」
「こちらこそ、あなたのこれからの活躍に期待しています。今後ともどうぞよろしくお願いします」
私と男性は互いに頭を下げ、私は支部を後にする。外に出てからもう一度カードを確認すると、冒険者ランクが書かれている所の下に、私の魔法使いとしての階級も記されていた。魔法使いとしての最初の階級はマジシャンと呼ばれていて、そこから前に話した通り実績に応じて階級が上がっていくらしい。
でも、取り敢えずは冒険者ランクを上げることに専念すればいいかな。
「そうね。魔法使いとしての階級はそこまで大事じゃないもの。まずは稼ぎの主になる冒険者としての活動を大きくした方が良いわ」
「………うん。えっと、女将さんには伝えた方が良いよね?」
「当日に居なくなると言われたら困るでしょう。早い方が良いわ」
三日前でも十分急だと思うけど。あ、でも冒険者って自由な活動だし案外そう言うのも珍しくないのかも。ただ、これまで毎日顔を合わせていた人たちと会えなくなるのはやっぱり寂しいな。
勿論、これが長引けば長引くほどどんどん辛くなっていくのは私だって分かっている。けれど、ただでさえ人見知りで知り合いの少ないこの世界でも私が臆せずに話せる人だったから。
なんて切り出そうかな?また口下手が災いして誤解されるといやだから、慎重に頭の中でどう話そうか考えながら帰路に付いていた。
そういえば、最近は言葉足らずだったりで勘違いさせてしまう事がないなぁと思ったけれど、そもそも私が会話するのは、ルナ以外じゃほぼ挨拶や依頼の報告だったりで大してコミュニケーションが必要な物じゃないなぁと思ってちょっと落ち込む。
「まぁ、旅に出るなら嫌でもそのうち会話は出来るようになるわ」
「………なんで?」
「あなた、これからの旅の移動で馬車に乗せてもらうにしろ、ギルドで仕事が見つからなくて探すにしろ。旅をする以上は人と関わらないでいるのは難しいわ。食事も寝床も、移動も全部自分だけに頼るのならその限りじゃないけど」
「それもそっか………」
この世界には交通なんてものは存在しない。長距離を移動するときの足となるのは馬車らしいけれど、馬を用意するのも馬車を用意するのも容易いことじゃないし、世話だって大変だ。私たち冒険者が旅をする時は、馬車を持つ商人に旅路の護衛を請け負う代わりに馬車に乗せてもらうという形で移動する事が多いらしい。
勿論、自分から交渉しに行かないといけないから、口下手なんて言い訳になるはずが無い。
「それに、あなただってこれからずっと一人だって決まったわけじゃないでしょう?もしかしたら、仕事の内容次第では行動を共にする仲間が出来るかもしれないんだから。大丈夫、貴女は優しいんだから、伝えたいことに不安を持たないではっきりと言えばいいのよ」
「うん………ありがと」
正直、そんな仲間が出来るかなぁと思ってしまったけれど。後の事を考えて落ち込んでもしょうがないよね。
まぁ、そんなことを考えながら歩いているともう宿についてしまったんだけど。扉の前で一瞬だけ息を吸った後、宿の戸を開く。それに気が付いた女将さんはすぐに声を掛けてくれた。
「おかえり。試験はどうだった」
「あ、えと………合格できました」
「そりゃめでたいね。おめでとさん」
女将さんはそう言って笑顔を浮かべる。それを見て一瞬だけ言葉に詰まるけれど、それでも言わなければと口を開いた。
「あの!えっと………」
「ん?なんだい?」
女将さんは不思議そうな顔をして私を見る。女将さんは最初から私が気弱な事を理解していたみたいだから、言葉に詰まった時も急かさずに待っていてくれた。ただ、次の言葉に迷う私を見て、女将さんは小さく息を付くと。
「いつ出るんだい?」
「えっ………えと、三日後、です」
「そうかい………そりゃ寂しくなるね」
女将さんは目を閉じ、浮かべた笑みにほんの少しの哀愁を感じさせた。何故、と問おうとする前に、女将さんは言葉を続けた。
「この宿は、多くの冒険者が泊まっていくんだ。似たような表情は何度も見て来てるよ………ま、あんたみたいに娘と同い年の冒険者はいなかったけどね」
「そう、ですか………」
「最初こそ大丈夫かと心配になったけど、今のあんたならきっとこれからも自分の力で生きていけるさ。頑張るんだよ………けど、旅の間にこの街に寄ることがあったらいつでも泊って行きな」
「っ………はい!ありがとうございます!」
その日から、私は旅に出るために必要な道具を街で買い集めながら準備を進めていた。ルナから教わった魔法で、荷物を別の空間に収納しておく魔法があるから大きな荷物も苦にならないのは凄く助かった。
最初は別の空間と言われても中々イメージが出来ずに上手くいかなかったんだけど、向こうの世界で放送されていた国民的アニメの何でも入るポケットみたいなものだと言われたら凄く分かりやすかったのを覚えている。
「すっかり魔法も自然に使えるようになってきたわね」
「うん。たくさん勉強したからね」
「ふふ。えぇ、あなたはよく頑張っていたわね」
ただ、ルナはまだ私をお姫様扱いして、魔法もやたらと綺麗さを重視した魔法を覚えさせたがるのはちょっと思うところが無い訳じゃないけど。
まぁ、覚えた魔法は使うけど。そんな風に三日のうちに旅の準備を進め、私はついに出発予定当日を迎える。
行先は特に決まっていない。地理関係もよく分かっていないけど、取り敢えず色んな所を見て回りたいと思っている。その中で、やりたいことが見つかったらそれでいいし。
「前にも話したけれど、馬車に乗せてもらう時は出来るだけ笑顔で、良い印象を相手に持って貰えるようにね」
「………面接みたいだね」
「間違いではないわ。短期間とは言え、危険が多いこの世界の旅路を共にするんだもの。トラブルの元になりそうな人や、役立たずを極力乗せたくないのが当然でしょう?」
「それもそっか………」
モンスターの襲撃も珍しい事じゃないし、そんな旅で仲間内のトラブルなんて御免被りたいのが当たり前だよね。
私はこの世界に来るきっかけとなった、あの日の喧嘩の事を思い出していた。喧嘩って言うか、私が怒らせちゃったようなものだけど。
「さて、どの商人の馬車に乗ろうかしら。出来るだけ大きな馬車に乗りたいわねぇ」
「贅沢は言えないよ」
この街は多くの物流が集まる街というだけあって、商人の出入りも多い。毎日のように馬車が出入りするから、乗せてもらう馬車を見つけるのは難しい事じゃなかった。大きい馬車になれば、当然所有しているのはそれなりに大きな商会に所属する商人だったりするから、乗せてもらうのに求められるハードルも高くなってしまう。
誰に乗せてもらおうかな、と門の近くで出発の支度を整えている商人達を眺めていると、不意に声を掛けられた。
「アリス」
「え?あ、ライルさん………こんにちは。その、挨拶に行こうとは思ったんですけど………」
「気にするな。俺も忙しい身だからな。今朝に兵舎の奴からお前が訪ねて来たことを聞いたよ。旅に出るんだってな」
「はい。えっと、急だとは思うんですけど………」
「そう気まずそうな顔をするんじゃない。最初こそあんなに怖がりだったお前が、自分から旅に出ると決めたんだからな。その成長が嬉しいよ」
「あはは………怖がりはまだ治ってないですけど………」
「そのうち治るさ。あぁ、あとこれを。実は冒険者ランクが上がったと聞いた時に祝いの品として用意してたんだが、渡すタイミングが無くてな」
「え?これは………?」
ライルさんが私に差し出したのはそこそこ大きな薄型の箱。持ってみると、鉄器類ではなさそうだが少しだけ重さがあった。
「いつもローブを着ているようだからな。別の服もあった方が良いだろう?」
「え………服を?えと、高かったんじゃ………」
「なに、これでも騎士団長だからな。その程度は問題ない。返されても困るからな。受け取ってもらえると嬉しい」
こちらの世界じゃ基本的に洋服は高いものが多い。勿論、質によって大きく変わるけど、ライルさんが贈り物として用意する物に手を抜くとは思えなかった。ただ、申し訳ないから断るなんて、さっきの言葉の後に言えるわけもないし、プレゼントを貰うのはとても嬉しかった。
「えと………ありがとうございます!」
「喜んでくれたなら嬉しい。ある程度サイズが合うと思ったのを選んだが、もし合わなかったら仕立て屋に行くと良い。それじゃあ、俺はまだ仕事が残っているからここで。これからの旅時に祝福があらんことを」
「ライルさんこそ、お仕事頑張ってください!私、いつかまたこの街に帰ってきますから!」
「あぁ、その時を楽しみにしているよ。それじゃあ、またな」
「はい!またいつか!」
私は去っていくライルさんに頭を下げ、その背中を見送る。ライルさんが見えなくなった後、私は受け取った箱を魔法でしまって振り返る。これが、私の旅の始まりだった。




