13話
あの日から、私はルナに教わりながら文字の勉強をしていた。幸い、私は勉強が苦手ではなかったから、完全に一からという点を除けば学校の授業と同じように覚える事が出来ていた。ただ、筆記試験という事は文字を覚えるだけでは勿論ダメだった。
ユアさんから貰った図書カードで本を借りて、魔法の基礎理論と同時並行で文字を教わっている。魔法と言えば呪文を唱えたりするだけで色々出来るってイメージしかなかったから、ルナの授業を受けているうちに科学の勉強をしている気分になって少しだけ魔法に対する夢というか、幻想が崩れていく気がしていた。
「もうこの部分は完璧ね。やっぱり、あなたは吞み込みが早いわ」
「勉強は一応得意だったから………」
そうして少しずつ魔法の基礎と文字を覚えていき、冒険者としての活動をしながらでも2週間もする頃には登録試験に受かることが出来るとルナに言われるくらいには文字も魔法理論も身に付けることが出来た。取り敢えず、登録を乗り越えればその後は実績で位が上がっていくらしいから、授業はここまででいいとの事だった。
後はユアさんから貰った紹介状を持って魔法使い連盟の支部に行けばいいのかな?
「そうね。折角覚えたのだし、なるべく早いうちに受けておいた方が良いわ」
「そうだよね………うん。じゃあ、明日で………」
「今日よ」
「………うん」
相変わらず容赦がないなぁと思いつつ、それを予想していた私もいた。決して期待してたとかじゃないけど。机に置いていた推薦状を手に取ると同時にルナが私の肩に乗る。そのまま私達は部屋を出て宿の外へと向かう。私が部屋から出て来た女将さんは笑みを浮かべながら軽く声を掛けてくる。
「おや、今から出掛けるのかい?」
「はい。魔法使いの試験を受けに行くんです」
「へぇ………頑張んな。あんたの評判なら、落ちることは無いだろうけどね」
「えへへ………頑張ります」
初対面はちょっと怪しい印象を持たれてしまったけれど、2ヶ月も経てばすっかり打ち解けて私も気安く会話できる程度にはなっていた。看板娘のアイラさんとも仲良く出来ていると思うけれど、同年代の友達はここに来る以前のあの出来事を思い出してしまって、どうしても一歩引いた感じになってしまうのが私の中では悩みだった。
けれど、試験に合格したら多分すぐに旅に出るんだろうなぁって自分では思っていた。これ以上この街に滞在していたら、多分少しずつ旅に出る決心が揺らいでいってしまうから。
「行ってきます」
「あぁ。いってらっしゃい」
魔法使い連盟支部の場所は試験を受けると決めた時から既にルナに教えて貰っていた。何故場所を知っているかはもうこの際気にしない事にしている。地図があれば多分私でも迷わないと思うんだけど、この世界には印刷と似たような技術自体はあってもかなりコストが高く、書類などの大半は手描きになるそうだ。地図となればそれこそ人の足で測量しないといけないし、かなり貴重でギルドなどの世界的に展開している組織くらいしか所有していないとか。
「あれ?この辺に………あ、あった」
「一週間前に来たばかりなのに、大丈夫なのかしら?」
「お、覚えてない訳じゃないよ………ただ」
「方向音痴だものねぇ………」
「うっ………」
まぁ、若干その気があるのは否定できない。流石に右と言われて左に向かう程極端ではないけれど、もう2ヶ月過ごしたこの街でもまだ迷いそうになることがある。記憶力には自信があるからギリギリ迷わないでいられるけど、慣れない土地で適当に歩いていると絶対に迷う自信がある。
まぁ、それも旅をしているうちに直るといいなぁと思いつつ、まずはその一歩として私は魔法使い連盟の大きな扉を開いた。
「わぁ………広いね」
「そうねぇ………私はちょっと装飾しすぎなんじゃないかと思うけど」
そうかな?私は綺麗だと思うけど。冒険者ギルドは酒場のような作りでどちらかと言えば質素だったけれど、連盟の支部は宮殿のエントランスのように豪華で煌びやかな作りになっている。お金持ちなのかな?
「プライドが高いのよ。見栄と言った方が良いかしら」
「そうなんだ………えっと、受付はあそこかな?」
カウンターには受付だと思われるカウンターと男性が立っている。ギルドと違って受付嬢ではないんだなぁと思いつつ、ユアさんからの推薦状を取り出してカウンターに向かう。男性も私がここに入った時から気付いていたようで、すぐに声を掛けてきた。
「ようこそ。今日はどのようなご用件でしょうか?」
「こ、こんにちは。えっと………その、試験を受けに来たんですけど………」
「かしこまりました。推薦状はお持ちでしょうか?」
「は、はい………」
初対面相手だとやっぱり緊張してしまって少ししどろもどろになりなりながらも、ユアさんから貰っていた封筒を男性に渡す。中を確認した男性は一瞬だけ納得した表情を浮かべ、私に向き直って笑顔で頷く。
「お話は伺っております。アリスさんですね」
「はい………えっと、ユアさんからですか?」
「ユア様からもですが、貴女の活躍は街でも有名ですので。お越しになるのを楽しみにしておりました」
男性はそう言いながら手元で素早く紙に何かを書き込んでいる。恐らくは手続き用の書類なんだろうけど、物凄い早さだなぁと思いながら暫く待っていると、すぐに一枚の紙を持ってカウンターから男性が出てくる。
「手続きが終わりましたので会場に向かいますが、よろしいでしょうか?」
「は、はい!大丈夫です!」
「では、まずは実技試験からになります。こちらに合格できなければ筆記試験に移れませんので、自身の力を最大限に発揮して頑張ってください」
男性はそう言いながらロビーから繋がっている廊下に私を案内していく。廊下を進んだ先には大きな扉があるのが見える。あの先が会場なのかな?と、以前の冒険者ランクアップ試験を思い出しながら緊張を解くために大きく息を吐く。
実技試験なら学んだばかりの座学よりは自信があるけれど、また的当てなのかな?今度は壊さないように気を付けなきゃ。
「では、くれぐれもお気を付けください」
「え……?」
そんな私の浅はかな考えは、男性が廊下の奥にあった扉を開いた瞬間に砕け散ることになった。扉の向こうはまるで闘技場になっていて、観客席のような所には数十人の魔法使いのローブを着た人達と、闘技場の中心には開いた扉を見てけたたましい咆哮を上げ、私を睨む鋭い双眸。その姿は流石の私でもすぐに分かった。
「ど、ドラゴン………?」
「あら………こんなものまで用意するだなんて。たかだか登録試験に手厚いわね」
そ、そんなこと言ってる場合じゃないと思うんだけど!?何かの間違いかと思って男性のを見るが、彼は若干気まずそうに首を縦に振った。
「試験内容はあのドラゴンと戦ってもらいます。倒す必要はなく、どうにかして相手の動きを止めればそれで実技試験は合格となります」
「動きを止め、たらって………ほ、本気なんですか?」
「………すみません。このような試験方法、私も間違っていると思うんですけどね」
少し曇った表情で男性は私に告げる。その表情があの日のユアさんの表情と重なり、やっとあの日のユアさんの言葉の意味が理解できた。こんな試験、狂っているとしか言いようがない。
「………辞退しますか?」
「え………と」
男性の言葉に、少しだけ考え込む。正直、正気だと思えないし何かの間違いであってほしかった。これが数年前から行われていたとしたら、実は新たな芽を摘むために用意したのではないかとすら思える。
馬鹿正直に付き合う必要があるのだろうか。そう思ったけれど。
「………いえ、やります」
「………大丈夫ですか?」
「はい。大丈夫です」
「そうですか………では、この扉から進めばドラゴンは攻撃を開始します。あなたが戦意を失ったと判断された時点で試験は強制的に終了です。では、いつでも」
私は男性の言葉に頷いて進む。その途中、肩に乗っているルナが声を掛けてくる。
「逃げなかったのね」
「うん………怖いけど、ここで逃げたら今までと同じだから」
「そうね。なら、頑張りなさい」
私は杖を作って扉を抜ける。それを見たドラゴンは明らかに纏う雰囲気が鋭く激しい物に変わったのを感じた。先ほどまでが警戒していた状態だとすれば、今は明確に敵対したと分かる程度には。
今までは力をずっと限り抑える方向で努力していた。けれど、今回は今までとは格が違う。この中で、出来る限り全力で戦わないといけない。後ろで扉が閉まる音が聞こえた。
その時、ドラゴンが口に炎を発生させる。炎を吐くつもりなのはすぐに分かった。今までルナから学んだ魔法をイメージする。
「ルナ、お願い」
「ふふ。さぁ、見せてあげましょう。私達の力を!」
私の足元に白い魔法陣が浮かび、強風が吹き始める。それと共に私の前に紫の美しい光が放たれ始め、それが徐々に集まって光の蕾となって成長していく。
それが私の身体を隠せるほどに大きくなった時、ドラゴンから巨大な炎が放たれる。その瞬間、閉じていた蕾が開き美しい光の花弁を広げる。巨大な花はドラゴンの炎を受け止め、まるで呑み込むように炎は光の中に消えていき、花は放つ光を増していく。
「いくよ………!」
「えぇ!」
私達の声と同時に、花弁は一気に閉じて全ての炎を呑み込む。それにドラゴンが一瞬だけ呆気に取られたように後ずさった時、再び花弁が開く。
瞬間、視界を真っ白に染める程の閃光が会場を包み込み、直後に地面を揺らす衝撃と突風が聴覚も遮断する。数秒の間が空き、徐々に視覚と聴覚が戻って来る。私の前方は重機を使ったかのように地面が削れ、その先にある壁も激しく損壊していた。
そして砕けた地面の上で、その大きな翼が完全に焼き焦げた姿で倒れていたドラゴンの姿を見て安心したが、次の瞬間にはその姿が光の粒子となって消えていくのを見て思わず声を上げる。
「え?私、そんな魔法………」
「あぁ、あれはあなたじゃないわ」
「私じゃない?」
「えぇ。だって、あれは本物のドラゴンじゃないもの」
「………どういうこと?」
何を言っているか理解できずに聞き直そうとするが、それよりも先に観客席で見ていた魔法使い達が立ち上がり、大きな歓声と拍手が会場を包み込んだ。それに驚いて言葉に詰まっていた時、さっきの男性が扉を開いてくれた。
それを見て少し急ぎ足で扉の方に戻ると、すぐに男性が声を掛けてくる。
「お疲れ様でした。実技試験は文句なしの合格です。筆記試験に移りますので付いて来てください」
「わ、分かりました………」
「………しかし、驚きました。噂は聞いていましたが、無言術であれほどの魔法を行使するとは。今まで登録していなかったのが勿体ない程ですよ」
「あ、ありがとうございます?」
実際には、魔法でも何でもないと言ってしまったらどんな反応をされるんだろうか。勿論、わざわざ言う必要はないけれど。とにかく、次は筆記試験かぁ………大丈夫かな………
「大丈夫よ。でも、いくら私の声が周りに聞こえないと言っても、絶対に答えは教えてあげないから頑張るのよ?」
「………分かってるよ」
意地悪なルナに、そんなこと期待してないもん。そう思って彼女を見たけれど、ルナもじっと私を見ていた。猫だから表情は分かりづらいはずなのに、笑っていると感じるのは何故なのだろう。
ちょっと拗ねる寸前になりながらも、男性に案内されたのは個室だった。一つの机と椅子、そして数枚の紙が用意されている。
「こちらで筆記試験を受けて頂きます。この部屋では魔法が使えないようになっておりますので、カンニング等は考えないでくださいね」
「も、勿論です!」
「それでは、お入りください」
この感じ、久し振りだなぁ。そんな風に思いながら私は部屋に入り、席に着いたのだった。




