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とりあえず  作者: 夜凪
4/4

見知らぬ部屋の中〜女性視点

さて、ネタバレです。

「あら、まぁ。どうにか上手くいったみたい?」


壁に映る映像に思わず笑いが込み上げる。


目覚めて直後の鮮やかなグーパンチからのダッシュ。

さらに娘を抱えての素早い撤退。


たおやかに見えたお母様は、思ってたより遥かに行動的だったみたい。

すごいわ。

母は強し、ね。


病み上がりにするには激しすぎる運動だったみたいで、実家に着いた途端に目を回して倒れちゃったけど。

それでも、大切な娘を抱きしめて離そうとしなかったんだから、天晴れだわ。


泣き腫らした目の孫に、目を回して倒れた娘。

ご家族の、嫁ぎ先に対する評価は底辺でしょうねぇ。

お気の毒。


込み上げる笑いが抑えられなくて、ソファの上で大笑いしちゃった。

あぁ、苦しい。

こんなに笑ったの、いつぐらいぶりかしら?




ふと気づいたら見知らぬ部屋の中、置かれたソファーの上に横たわってた。

なんでこんなところにいるのか、当然だけど心当たりはない。


「死んだと思ったんだけどな……」

首をかしげるけれど、答えをくれる人は誰もいない。

しょうがないから、とりあえず、思い当たることを順番に思い出してみることにした。


始まりは会社の健康診断。

引っかかって、しぶしぶ行った再検査でシャレにならない病が見つかり、怒涛の半年。

治療の副作用でヘロヘロになりながら、どうにかひと山を乗り越えて、一時帰宅を許された。


その帰り道。


せっかくだから退院祝いにちょっとお高いケーキでも、と車を降りた。

駐車場からお店までの短い距離で、まさか危険が転がってくるなんて、だれも思わないじゃない?

正確には、ゆっくり歩く私を元気いっぱい追い越した小さな女の子に、だったのだけど。


車道を走っていた大きなトラックから、何かが外れてこっちに向かってきたのが見えた。

それが何かなんて、考える前に体が動いていたのよね。


横を走り抜けようとした女の子の腕をつかんで、横へと引っ張った。

弱っていた体はこらえきれずに、反動で私の体まで倒れたけど。

突然のことに何が起こっているのかわからずぽかんとした女の子の顔が不思議とはっきりと見えて、その次の瞬間体に衝撃が走り、何もわからなくなった。


「今思えば、あれって外れたタイヤだったんじゃないかな?」

昔、そんな事故のニュースを見たことがあった。

大型トラックのタイヤって、100センチ超えるものもあるって知ってびっくりした覚えがあるもの。


「で、気が付いたらここ・・・・って、意味わからないわね」

くるりと見渡すと白い壁に囲まれた6畳ほどの部屋。

家具らしいものは、私が横たわっていた三人掛けくらいのソファーに、小さなガラスのテーブル。


「・・・・・外に出れそうな扉がないのはどういうわけかしら?」

四面とも壁。

窓も扉もない、ただの真っ白な壁。


「なにこれ?死後の世界?」

首を傾げた時、ふいに真っ白な壁に映像が浮かんだ。

プロジェクターでもあるのかと後ろを見るけれど何も無し。


そして始まった物語を見ていた私は息をのんだ。

それは、とてもよく知っている物語だった。

いや、映像で見たことはないけど、文字でしか知らない世界だけど。

あのお話が映像化したら、たぶんこんな感じ・・・・。


唖然として見入っていたから、気づくのが遅れた。

気が付いたら、いつの間にかソファーの隣に小さな女の子が立っていたの。

艶やかな金髪は緩やかにウェーブを描き、夢見るようにぼんやりと開かれた瞳は鮮やかなブルー。

長いまつ毛に彩られた大きな瞳に、柔らかそうな曲線を描くほほ。スッと通った鼻筋に少しツンッととがったかわいらしい唇。十歳くらいのまごうことなき美少女だった。


物語の登場人物の悪役令嬢が、子どものころはきっと、こんな感じ……。


そう、思った瞬間、壁に映される映像が変わった。

幸せそうな笑顔で大きなおなかを撫でる華奢な女性。それに寄り添う美丈夫。

同時に、何も映していなかった少女の瞳がぱちりと瞬き、意志の光を宿した。


そして、ストン、と理解する。

ああ、この子はメリンダ。

メリンダ=ホーネット。

私が不幸にして・・・・・・・無残に殺して(・・・・・・)しまった少女・・・・・・の子供時代。


壁に映される映像は進む。

1人の少女のかわいそうな人生。

頑張って、頑張って、それでも報われず死んでしまう悪役令嬢という役を押し付けられた少女の物語。


映像として客観的にみると改めてひどいわね。

ため息が出そうよ。

かわいそうに、茫然としていた少女の顔がどんどん青ざめていくわ。

それはそうよね。自分の死んでしまう場面なんて、だれが見たいものかしら。


「なにこれ」

小さなつぶやきと共に少女がペタリと座り込む。

「あらゆる時間を犠牲にして、頑張った結果が処刑って、あんまりじゃない?」


そうね。

まったくその通りだわ。同意しかない。

不思議なことに、言葉に出されない少女の心の声まで聞こえてくる。

なんでもありね、ここ。まあ、そのための場所・・・・・・・だし、しょうがないか。


自分の死んだ場面で止まった映像に、少女の顔が泣きそうにゆがむ。

ああ、ごめんね。そんな顔させたいわけじゃないの。

だから、私は、何気ない風を装いながら少女に声をかける事にした。


「とりあえず、泣いたらいいんじゃない?」





私の言葉に、びっくりしたような顔で少女は腕の中から消えていった。

腕の中に残る少女のぬくもりに、空っぽの手を見つめながらひとつため息をつく。

ここがどこかはわからない。

なんで、ここにいるのかも分からない。


だけど、不思議とここがどんな場所で、何ができるのかを、私は理解していた。


「死にかけてみる走馬灯みたいなもの?それとも、苦しい思いをして病気と闘って一山超えたと思ったら、事故で死んでしまいそうな私を哀れんだ神様の気まぐれ?」


言葉に出してみるとひどくチープだわね。

だけど。

「まあ、何でもいいわ。おかげで心残りが一つ解消できそうだし」


クスリと笑って、ソファーに腰を掛けた瞬間、テーブルをはさんで向かい側に、もう一つソファーが出現した。

1人の女性と共に。

「来たわね」

あの子を幸せにするためには、もう一人、意識を変えないといけない人がいるのはわかってたから、きっと来ると思ってた。


ゆっくりと閉じられていた瞼が震えるのを見て、私は、意識して意味深なほほえみを浮かべてみた。

上手く笑えているかしら。それっぽく見えているといいけど。

勝手にいろいろ考えて納得している女性に私はゆっくりと声をかけた。


「その素晴らしい娘さんが、大変な思いをしてて、その後も悲惨なことになっちゃうんだけど、しりたい?」







病気が発覚して、治療にあたり死ぬ危険もあると説明された私は、身辺整理のために実家に戻っていた。

就職して出て行った私の部屋は別に使う人もいないからとそのままにされていて、残されていた学生時代のあれこれを整理していた時に出てきた、一冊のノート。

十代の初め頃に、友人と小説を書いて見せ合いっこしてた時期があった。

まさに中二病真っただ中のころに綴った、無茶苦茶な物話。


メリンダはその中に出てくる悪役だった。

王子様の愛を求めるあまり、突然現れて王子やその周囲の関心をすべて奪っていった主人公を許せずに危害を加え、最後は処刑されるのだ。

そこで終わればまだよかったのに(いや、良くはないんだけど)、友人と感想を話し合う中で悪役令嬢も実はかわいそうな少女だったんだよ、と、ノリで設定を付け足したのだ。

で、そのまま終わった。

一応、小説の中で一行だけ「あの子もかわいそうな子だったのね」と悼まれて、終わる。


いや、ちょっと待て、と。

その設定付け加えちゃったら、お話変わってくるじゃん。

主人公一同、かわいそうな女の子を使いつぶしてるひどい人たちじゃん、と。


文章の拙さに青くなったり青くなったり突っ込んだりしながら読み返していた私は、頭を抱えた。

ひどすぎる、と。


ええ、ただの中二時代の黒歴史ですよ。

どこかで聞いたような設定もりもりの、自己満足で友人間だけで回し読みされただけの。

何なら、今回押し入れの奥にしまい込まれた段ボールの中から発掘するまで、そんな話書いたことすらすっかり忘れていた。


だけど。


自分の死に直面した今。

簡単に使いつぶしてしまった少女の存在が、存外重く私の心に引っかかった。


処分することができず、そっとカバンにノートを潜ませて持って帰ってしまうくらい。

小説なんて、あの子供のころ以来、書いたことなかったけれど、どうにかこの少女を救うことができないかと考え込んでしまうくらい。




「よかった。幸せになれそうだね」

お母さんと笑いながらお茶を飲んでるメリンダの屈託ない笑顔に、ほっとする。


私が、幼い頃に考えたお話は、変わってしまうけれど、理不尽に不幸になる少女が救えたんだし、まあいいじゃない。

ああ、スッキリした。




全て終わった気になって大きく伸びをした時。

ふいに、壁の映像が変わった。


「え?」


そこに映ったのは……。





半身を血に染めて血に倒れている女性。

泣きじゃくる少女を抱きしめて、青ざめた顔で座り込む母親。

救急車で運ばれ、治療を受けている緊迫した場面に、最後はたくさんの管につながれている女性を囲む家族の姿。

さらには、病院へと駆け付けた友人や会社の同僚。


「なんで!治療はうまくいって、少しずつ元気になってきてたのに……!!」

「なんで、この子ばかり、こんな目に……」

「がんばって」

「負けないで」

「また一緒に遊ぼうって言ってたじゃない」


たくさんの人たちの声が響く。

泣きながら、怒りながら、誰もが無事を祈っていた。




「あら、まあ」

次の言葉が出ない。

正直、そんなに人づきあいがうまいほうではなかったし、友人達ともどっちかと言えば付かず離れずの熱量の低い関係だと思ってたのに。


「どうしたものかしら」

正直、病気は完治したわけでもなくて、これからもつらい治療は続くし、人助けをしての結果だから悪くない死に方だと思ってたんだけど……。


「………死ぬ前の最後のご褒美だと、思ってたんだけど」

心の隅に引っかかってた案件は、思いがけず晴れたことだし。

って、そう思った瞬間に、また場面が変わる。


病院の待合室らしき場所に、うちの親と私が助けた女の子とその両親らしき人たち。


泣いてるわね……。助けたはずの女の子。

「申し訳ありません、娘をかばってくださったばかりに………」

謝ってほしいわけじゃないんだけど。そもそも、誰のせいでもないでしょう?

強いてあげれば、トラックの整備不足?


「おねえちゃん、ミオのせいで、ごめんなさい。ごめんなさい……」


………ああ、もう。わかったわよ。

諦めと共にため息を一つ。

絶対、いま帰ったら痛いしきついし大変なのに……。

でもしょうがない。

親を泣かすのも、何より助けたはずの子供のトラウマになるのはダメでしょう。


もう少し、頑張ってみるから、目が覚めたらちゃんと笑ってね?





「とりあえず………」



蛇足かな、とも思ってたけど、最初から考えていた設定なので、思い切って投稿してみます。

これまた一時間くらいで一気に書いたから、分かりにくいかな?

でも、勢いで行かないとひるんで消しそうだったのでそのまま放り込みました。


そして、思った以上にお父さんが嫌われててちょっと笑いました。

私的には嫁で気合がちょっと行き過ぎたぐらいのつもりだったんですが、まあ、読み返したら確かにひどかった(汗

お父さんの視点はひどいことになりそうなので、書くか悩みどころなのね、懲りずに完結マークつけときます。


読んでくださり、ありがとうございました。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 神様とは違ったんだね [一言] 親父は取り返しつかないかと。 ネグレクトについて反省する余地がなさそうですし。 したとしても、それは母親が離れてしまったからでしょう? 娘の為じゃなさそうで…
[良い点] 面白かった。まあ現実でも人間切れたら意外となんでもやれるもんだからなあ。寝起きのグーパンは最高でした。 個人的にはその世界に入り込んでガッツリ関わって直接助けるよりも、今作のように少しだ…
[一言] 追加更新ありがとうございます! 部屋の人、なるほどと納得。彼女のこれからに幸多からんことをお祈り申し上げます。
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