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とりあえず  作者: 夜凪
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見知らぬ部屋の中~娘視点

思いつき投稿。

ある意味よくある乙女ゲームになるまえのお話。

目が覚めたら、自分の部屋だった。

お城での王太子妃教育の最中に気分が悪くなって倒れた記憶があるから、たぶん、家に連れ帰られたんだろうと思う。


辺りは暗くて、静か。


しかし、倒れた一人娘に、しかも仮にも侯爵令嬢でさらには我が国の王太子の婚約者でもあるんだけど、誰も付いていないって。

自分の扱いの軽さに笑いがこみ上げる。

ああ、目をそらしていたけれど、私って、本当に大事にされてなかったんだわ。




脳裏に浮かぶのは、さっきまでいた不思議な空間。




薄暗い広いのか狭いのか良く分からない部屋の壁一面に動く絵があって、それの正面にはソファーが一つ。

それに行儀悪く寝転がっている女性が一人。


なぜ自分がここにいるのかわからないけど、怖いとは感じなかった。

それよりも、動く絵が気になって引き寄せられるように前に出ていた。


「なにこれ・・・・・・」


壁一面に映し出された不思議な動く絵が織りなすのは、どう見ても自分の歩んできた年月であり、そしてこれから歩む未来だった。


生まれた時から決められた婚約者だった。

気に食わないのはお互い様。


望まぬ立場のために、自由な時間はない勉強漬けの生活を強いられているのに。

肝心の婚約者様は自由に遊び歩いているんだから。

好きになんてなれるわけないでしょう?


挙句の果てに、8年後にはありもしない罪をかぶせられて処刑されてしまうんだって。


ぺたりと床に座り込む。

お行儀悪いけど、ここにはそれをとがめる人は誰もいないからかまわない。

そんなことより、今、知ってしまった未来の方がひどすぎる。


「あらゆる時間を犠牲にして、頑張った結果が処刑って、あんまりじゃない?」


私を生んだことで体を壊してほとんど寝たきりになってしまったお母様。

いつもベットの上の住人で、それでも穏やかな優しい笑みを絶やさない大好きなお母様。


そのお母様の望みだとお父様に言われて、不出来な婚約者の穴を埋めるために過剰に課せられた教育もいやいや頑張ってたのに。


さらに、今見た動く絵の内容を信じるなら、学園に通う頃には王太子のしりぬぐいに翻弄されて、ほとんどの公務を肩代わりした挙句に、浮気して捨てられる。と言うか処刑される。

しかも、その過程の間に体調が悪化したお母様は死んじゃうわ、こき使われていたせいで死に目には会えないわ……。


「本当に、何よ、それ」


呟きは力なく零れ落ち、静かになった空間に溶ける。

動く絵は、私の首がギロチンで落とされたところで止まっていた。

悪趣味にも程がある。

落ちた首のアップ、とかでないだけましなんだろうか。


それにしても、私、まだ9歳なんだけど。

さすがに泣きそう。

5歳から始まった王太子妃教育で、感情が乱れるのを人に見せるのはみっともないとアルカイックスマイル叩き込まれてから、人前で泣いたことなんてないけど。


「とりあえず、泣いたらいいんじゃない?」


突然自分以外の声が響いてびっくりする。


「突然私の部屋に来たのはあなたでしょ?何驚いてるのよ」

振り返れば、そこには呆れた顔の女の人。

そういえばいたわね、こんな人。

動く絵があまりに衝撃的過ぎて忘れてたわ。


「あなたの部屋?に勝手に入ったのは謝るわ。でも、しょうがないじゃない。気づいたらここにいたんですもの」

思わず言い訳したら、女の人がくすくすと笑った。


「あら、奇遇ね。実は私も気づいたらここにいたの」

「あなたの部屋じゃないじゃない!!」


思わず叫んだ私、悪くないと思う。

というか、私の謝罪を返してほしい。


「だって、先にここにいたのは私だもの。だったら、先住権は私にあるんじゃないかな?」

「せんじゅうけん、が何かは知らないけど、あなたのお行儀が悪いのはわかるわ」


唇を尖らせて反論する女の人に注意してみる。

人と会話するのに唇を尖らすのもだけど、それ以前に、この人、ずっとソファーに寝転がったままなんですもの!


「そんな事より、あれ、あなたでしょ?」

指さされた動く絵(今は止まってるわね・・・)に、眉をしかめる。

「たぶん、そうなのかな?」

認めたくないけれど。そう、考えたくもないけれど。


そもそも動く絵なんて見たことないし、この部屋、きっとこの世のものじゃないと思うの。

それなら、あの絵が私の未来予知だって思うのも間違いじゃないんじゃないかな、って。


「このままいくとギロチンだって。いいの?」

「よくないけど……だって、どうしていいのかわからないんだもの」


そもそも、今まで父親を筆頭に大人たちの指し示すまま進んできた私に、選択の自由なんてなかった。

勉強だって、したくてしてたわけじゃない。

何度も嫌だって投げ出そうとしたのに、そのたびに、みんながお母様を持ち出してくるのよ


みんなに愛されるお母様。

まるで妖精のようにはかなく美しく、女神のように慈悲深いお母様。

私を産んだ後、体を壊して寝付くようになってしまったお母様。


言葉で、責められたことはない。


「しょうがない事だったのですよ。お嬢様のせいではありません」


って、本当にそう思っているなら物心つくかの子供にそんなこと言わないでほしい。

どう考えても、悪意しかないでしょ。


それ以外も、何かあれば視線で仕草で責められ続けた。

父にも使用人にも。

「どうしようもない」ことだけれど、私を産んだせいで、大切な女神様が傷つけられたのだと。


だから、少しでも喜んでほしくて、お母様を持ち出されたら、どんなことでも頑張ってしまう幼児が出来上がった。

それは「どうしようもない」ことだった。


だけど、辛くないわけがない。

本当なら、両親の愛に包まれていたいときに私が与えられたのは、王太子にふさわしい完璧な令嬢になるための過剰ともいえる教育だった。

しかも、スパルタ。

出来なければ、何時間でも繰り返され、食事や睡眠の時間は削られて。

時には掌を教鞭でぶたれて。


虐待じゃないかしら、って、今なら思える。

なんで、気づかなかったのかしら。


「そう、それよ!その顔!」

パチンと、女性が手を鳴らし、自分の考えに没頭していた私は我に返った。

「すべてをあきらめて、何やっても無駄だって顔。でも、あなた、何もしてないじゃない」

「え?」

唐突な言葉に私は首をかしげる。

私、何もしてない?いろいろ頑張ってたじゃない?


「あなたの気持ちはわかるわ。時に人の視線て、何よりも雄弁よ。だけど、それを汲みとったのはあくまであなたの心でしかないの。あなた、勝手に納得して、それに対して何も言わないで受け流していたでしょう?」

まるで見てきたかのように言う女性にムッとするけれど、真っ直ぐに見つめてくる瞳に言葉を飲み込んだ。


確かに。


指示されたことを拒否しなかったのは私ね。

だって、いっても無駄だと思ったの。

それに、いい子にしてたらお母様が喜んでくれたし、お母様が喜んだら、周りの人もお父様も優しい……、優しかったかしら?


本当に優しいなら、私を大切に思ってくれるなら、なんで私が疲れて寝込んだ時も独りぼっちだったの?


ゆっくり休めるようにって言われたわ。


だけど、本当に?

お母様が倒れた時、お父様はどうしていた?

倒れるどころか軽い咳ひとつこぼしただけで、まるで世界の終わりのように大慌てしていたのではなくて?


ポロリと涙がこぼれた。

「私……私は……」

一度溢れてしまった涙は、止まることなく次々とほほを転がり落ちていく。

すると、それまで行儀悪くソファーに寝転がっていた女性が体を起こし、私の手を引き寄せた。

抱きしめられた温かくて、だけど、その体は折れそうに細く微かに薬の香りがした。

ああ、この人も体が弱いのかしら。だから、ちゃんと座れずに横になっていたの?

それは、とても幼い頃微かに記憶に残る、お母様に抱きしめられた時と同じ香りで、さらに涙が止まらなくなる。


いろいろ考えたけど、いろんな人のせいにしたけれど、結局私が頑張ったのは、お母様に喜んでほしかっただけだったの。

それなのに。

あの映像の中で、お母様は私が11の時に死んでしまってた。

私はお城での教育が忙しくて、お母様の死に目に会うこともできないの。

国外にいたせいでお葬式にすら間に合わなくて、お墓の前で泣いていたわ。たった一人で。


あんなに早くはかなくなってしまうのなら、お勉強なんてしないでもっと一緒にいたかった。

いろんなお話をして、抱きしめてもらいたかった。


泣きじゃくる私の髪を、女性が優しく撫でる。その手の細さに、また切なくなって涙が止まらない。


「ねえ、あなたはまだ子供なのよ。我がままでもいいの。我慢しすぎちゃダメ。勇気がいることだと思うわ。だけど、頑張って、思ったことを口に出してごらんなさい。言葉にするのが難しいなら、こうして泣いてみたらいいのよ」


ささやく声は優しく耳に響いた。


「だ・・・って、それ・・・・っで、だめ・・・・ったら?」

泣き過ぎてうまくしゃべれない私に、女性は呆れることなく、優しい顔で笑った。


「大丈夫。お母様は慈悲深い女神様みたいな人なんでしょう?大切な娘が泣いているのに放っておくはずがないじゃない」





「考えてみれば、ずいぶんな嫌味よね」

最後の言葉を思い出して、なんだか笑えてきた


誰もいない暗い部屋を見渡してみる。

高級な家具が置かれ、掃除も行き届いた、美しく整えられた部屋。

でもそれだけの殺風景な部屋は、まるで私を閉じ込める牢獄のように見えた。

だいたい、最近では眠るために帰ってくるための部屋で愛着なんて何もない。

王城でいただいている部屋の方が、よほど私らしく生活感があるのではないかしら?


目を覚ましてだいぶたつのに、誰かがやってくる気配はない。

そのことにため息が一つこぼれたけれど、それは、さっきまでの辛い気持ちからのものではなかった。


こぼれたため息を取り戻すかのように、大きく息を吸う。

吸って、吐いて。吸って、吐いて。

「まずは、思っていることを言葉に出す。我慢しない。それでも無理なら・・・・」

あの不思議な部屋で、女性にいわれたことを一つ一つ数えてみる。


「とりあえず、泣いてみようかな?」




読んでくださりありがとうございます。

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