呉越同舟
人も溶かす酸の霧が迫る中、セレスは昔の事を思い出していた。
アカデミーで科学実験として食肉を溶かす酸の実験だ。
昔は科学なんて魔法の劣化だと考えていたが、所々科学の知識が役立つ場面が増えた。
いや、よく考えると科学的知識になぞられている部分があると気付く機会が増えたと言うべきか?
そして、今回も………
「リーシャ!あれを破壊するんだ!!」
指を指して示したのは、子供が二人乗っている飛行物体だった。
「はあ!?何で!?」
「説明は後だ!やってくれ!!」
何か考えがあると察したリーシャは黙って頷いた。
「ティアもこい!!」
相棒にも声をかけると、リーシャと共に飛行物体の一部を破壊した。
「「うわああ!!」」
酸の霧に気を取られていた二人は、簡単に侵入を許した敵に驚き、腰を抜かした。
そしてセレスは子供の襟首を掴むと叫んだ。
「ガラスだ!ガラスの部屋を作れ!」
「え!?なんで!?」
「いいから早く!!全員死ぬぞ!!」
死という強い単語は、混乱を一気に吹き飛ばした。
二人は急いで手を取り合うと、全員を取り囲むように大きなガラスの部屋が現れた。
「こんなんで防げるの?」
作っておきながら、今さら不安を口にする。
子供だから知らないのだろう。
「アカデミーで科学実験をしたとき、肉を溶かす液体をガラス容器に入れていたのを思い出したんだ」
「そ、そういえばそんな実験したなぁ。へぇくらいにしか思わなかったけど…」
ティアも昔の記憶を思い出す。
ガラスの部屋の周りは既に霧に包まれた。しかし、肉、すなわち体が溶けることはなかった。
「や、やった!助かった!!」
大喜びする子供二人を他所に、セレスは次を考えていた。
「まだ喜べねぇぞ。いつまでこうしてればいいんだ?」
リーシャが問題を口にする。そう、霧が消えなければ意味が無い。
ガラスの部屋はいわば密閉空間。人五人がそう長く生きてられる状態じゃない。
「そ、そんな…僕たち、このまま死ぬの?」
仮にも黒ギルドに所属している人間が口にするには弱気な言葉だ。
「リーシャ、あいつはどんな奴で、何でこうなったの?」
状況を知る為、セレスは原因を知ってそうなリーシャに尋ねる。
「あれはハイヤ兄弟の弟が暴走した状態だ」
「ハイヤ…兄弟?」
「アカデミーで聞いたことないか?麻薬密売で街を滅ぼしたっていう事件」
「あれってかなり昔の事件じゃ…」
「それにハイヤ兄弟って終身刑になったんじゃなかった?」
セレスもティアも事件は知っていた。
「生きていたんだよ…僕たちと同じ実験動物としてね」
「表向きは死んだことにした方が都合がいい話だよね」
ハイヤ兄弟の仲間である子供たちも教えてくれた。
「まさか…人体実験!?」
「ああ、それで二人で一つの水の体を手に入れたようだ。
それでうちと戦い、兄は弟を守って死んだんだ」
分断後の話をリーシャは簡単に話した。
「だけど、二人で扱えていた魔力が一人になったことで制御不能になり、
暴走して広範囲の霧の体になったということだ」
「つまりあの霧はハイヤ弟の魔力が尽きないと消えないの?」
ティアの問いにリーシャは黙って頷いた。
「僕たちは終わりだ」
「クレアに楽しいゲームが出来るからついて来たのに、死んじゃうなんて…」
二人の言う通り手詰まりかもしれない。そんな空気が流れていた。
「いや、まだ手はある」
セレスは自信あり気に言った。
「水の体と言っても元は人間だ。つまり水の体を支える核があるはずだ。
それを破壊することで暴走を止めることが出来るはずだ」
「そんなのどうやって探すんだよ」
敵側は完全に諦めていた。
「そうだ!ねえ君たち、あの量産機、ガラスで作れない?」
ティアは何かひらめいたようだ。
「作れるけど、どうするの?」
「大量に作って空間内を探索するのよ」
「…そうか、ガラスならあの霧にも負けない。それを使って核を探して破壊するんだね?」
子供にも解かりやすい説明は話が早かった。
「なるほど、いいアイディアだ。早速取り掛かろう」
窮地に陥ったが、敵味方で協力し合い最悪の結果を回避する作戦が始まった。
「君たちはそれぞれ別の能力を持っているのかい?」
ガラスに触れ外側に量産機を作り出す二人の子供は、一つの魔方陣に手を合わせていた。
「そう、僕たちは二人で一人前。互いに助け合うことで全タイプの魔法が使えるんだ」
「と言っても変化系は互いに半分づつ。これだけは時間がかかっちゃうけどね」
片方が操作・放出系、もう片方が具現化・強化系、そして二人で合わせて変化系が使える。
本来の目的は一人で全タイプの魔法を使う魔道士を作り出す実験だったらしい。
その過程で生まれたのがこの二人の能力ということだ。
そんな歪とも言えるような魔法を使えるような実験は世界の陰で行われている。
そしてその被害にあうのはだいたい違法者か身寄りのない孤児である。
この子らも、真面な生活をしていたらもっと違う道もあったかもしれない。
そう思っているとセレスは二人の魔方陣に触れた。
「私の魔力も使いな」
魔力を送るのを手伝う。
「え?…でも……僕たちは敵同士だよ?」
「助けていいの?」
「それは助かってから言いな。………まあ、助かったら捕まえることになるけど、
ちゃんと罪を償って、自由の身になったら私のギルドにおいで」
「「え!?」」
セレスから意外な言葉が出た。
「二人ともかなり強力な能力を持っている。魔道士としてなら頼もしい存在だ。
二人ともS+くらい倒せる存在になると思うよ」
まだ世界を知らない子供たちに明るい道を示す。
「僕たちがそんな風に………」
「なれる…かな?」
「なれるかなじゃない、なるんだ。私もその頃にはマスターに…なってるよ」
そう言ったセレスの顔は外を向いていた。顔が赤かったのは見なかったことにしよう。
その台詞を聞いたティアはニヤニヤと笑いながらも話に加わった。
「大丈夫よ。まだ候補だけど、絶対なるって信じてるから。
だから、君たちもなれるって信じようよ」
ティアの笑顔につられて、子供たちの顔も明るくなった。
「さあ、早く暴走を止めて脱出するわよ。私は砲撃手、操作も出来るからこっちにも分けてくれる?」
「わ、わかった。砲撃は機体性能だから操作をお願い」
ティアも加わることで機体を動かす手が増え探索の効率が上がる。
後はいかに早く核を見つけ出し破壊するかによる。
大量のガラス製の飛行物による探索は速やかに行われた。