脱出
「ほう、大人しくしていると思ったが、そっちのお嬢ちゃんは何かを探しているようだな」
いきなり言われた言葉にリリスは体をビクリとさせる。
「念のため教えといてやる。大きさは10km四方。こちらからはお前たちの居場所は丸わかりだ。
さらに走るお前たちの空間を曲げて中央に戻すことが出来る。だから出ようとするだけ無駄だ」
10km四方。リリスの最大効果範囲は半径2km。全然届かないわけだ。
「情報を教えてくれるなんて、ずいぶんと優しいな。それとも余裕かな?」
「言っただろ。俺はお前たちを閉じ込めたいだけだ。諦めて大人しくしてくれればそれでいい」
「仲間が外で戦っているかも知れないのに大人しく出来るとでも?」
「出来なくても、そうしてもらうための空間だ」
相手は何としてでも閉じ込めておきたいようだ。
だが、トウヤには都合が良かった。
この場で大人しくしていたお陰で休むことが出来た。
全回復とまではいかないが、魔力も回復した。
さらにデバイスもまだ全然使っていない。
あとはこの空間を突破する方法だけだ。
「リリス、探るのはもういい。時間まで休んどくんだ」
「まだ、全然平気。でも休んどく」
「ああ」
リリスは自分の状態を伝えつつ了承した。
トウヤは状況を整理し、脱出する手を考える。
今のトウヤなら駆で空間の端まで進むことは容易い。
だが問題となるのは空間を捻じ曲げ元へ戻すということだ。
一面真っ白な空間ではどこからその魔法が現れるか分かりづらい。
移動中にリリスの魔法で周囲を囲むか?
それなら行けそうだが、その状態で空間の壁に当たった時どうなる?
壁は空間を隔ててるのだから、それが消えると出られるのか?
それとも繋ぐ壁が消えるから、この空間に取り残されるのか?
自分も似た魔法を使うが、自分のは同一空間が対象だ。
別空間だと変わるのか?今さらながら魔法についてしっかり調べなかったことを後悔した。
10分ほど経っただろうか?
トウヤは立ち上がった。
「リリス、脱出するよ。指示通りに魔法を使って」
「わかった」
リリスも立ち上がるとトウヤに抱きついた。
「何を思いついたか知らないが止めておけ。魔力の無駄遣いだ」
バーネットの声が響く。
「ふっ、あんた、意外といいやつなのかもしれないな」
「なに?」
「この空間の事を教えてくれたり、忠告してくれたり、とても大量虐殺したやつのセリフじゃないよな?」
「………」
「それにここに閉じ込めるだけなんて、争いたくないって言ってるようなもんだよな?」
「勝手に言ってろ」
「ああ、勝手にさせてもらう。あんたの印象も、脱出もな」
そう言うとトウヤはリリスを抱きかかえて駆で飛び出した。
「無駄な事を……」
バーネットは空間を操作し、トウヤ達を中央に戻そうとする。
「リリス、周囲に膜を!」
リリスは手を伸ばすと、周りに球状の膜を創り出す。
と言ってもこの膜は通常見ることは出来ない。
目を強の状態にすることで見れるリリスの魔法、崩れる石像の膜だ。
案の定、灰の砂が周囲に舞う。
「なぜだ!?なぜ戻らない?」
バーネットは生体兵器との一件で、リリスの魔法は生体を石にする魔法だと勘違いしている。
その勘違いを利用すれば中央に戻される心配はない。
そして一番の心配は。
「リリス、正面に拳くらいの穴を空けるんだ!」
トウヤの指示に従い、正面に穴を空ける。
「風打ち!第三座・貫!」
穴に向けて蹴り上げると、レーザーのような光が飛び出す。
貫はトウヤ達よりも早く駆け抜けていく。
(狙い通り!)
トウヤ達を移動させる効果はリリスの魔法で打消して移動を防ぐ、
空間の壁は速いスピードで進む砲撃が当たったら場所が特定できる。
場所がわかれば壁が繋いでいる空間を第九座・繋で繋げることで脱出。
狙いの手順が消化されるのを確認するうちに、貫が壁に当たり消滅した。
「リリス、正面を消して半円状に!」
素早く膜の形を変化させ、壁に触れる。
「風打ち!第九座・繋!」
元々壁が持つ二空間の情報を抜き取り、繋で人が通る穴にした。
そして急いで通り抜けると、抜けた時に膜に当たった影響でパリンと音を立てながら消えていった。
「単純、だが見事な方法だ」
脱出先の部屋にはバーネットがいた。
リリスは素早く膜をぶつけようとしたが
「待て!リリス!」
トウヤの制止で消した。
「なぜ殺さない?俺は黒だぞ?」
「あんた、本当に虐殺したのか?」
「!?…そう記録されてるだろ」
「ああ、だが記録が常に正しいとは限らないだろ?」
「…お前みたいなのがいたら、少しは違ったかもな」
「なんだって?」
「なんでもない、俺は動物使い。ここに動物はいないのでお手上げだ」
バーネットは両手を上げると、その場に座った。
「あんた、戦わないのか」
「俺の魔法は戦闘向きではない」
本当に戦闘の意思が無いように思える。
「なら、大人しく捕まっていてもらおうか」
「ああ」
トウヤは魔法で紐を創ると、バーネットの両腕を後ろ手に縛った。
「ここは、アークの中なのか?」
「ああ、閉じた空間の外を動かす力は俺には無いからな」
「どういうこと?」
リリスが疑問を口にした。
「空間操作魔法が使えなかったら、閉じ込めた空間を別の場所に移動するということが出来ないのだろう」
空間を仕切る壁には内側の空間情報と、外側の空間情報が存在する。
空間操作魔法はこの情報を書き換えることが出来るが、空間操作魔法でなければ書き換えは出来ない。
バーネットにはそのような能力は無い。だから空間を造った場所であるアーク内にいるというわけだ。
ちなみに空間を造ること自体は、アイテムを使うことで簡単に造れるらしい。
罪人を隔離する、荷物を保管するなど、魔法世界ではよく使われている。
「この部屋、制御室か?」
壁にいくつかの画面がある。
「トウヤ、これ」
リリスが指差す画面を見ると、リンシェン達が戦っていた。
「他も戦闘中か」
「ここ、ポーラがいる」
「なに!?」
さらに別画面を見るとポーラがいた。こちらも戦闘中のようだ。
「セレス達とファイゼンが見当たらない。
セレス達は空間に閉じ込められている可能性が高いがファイゼンはどこだ?」
「……」
「おい、あんた。知ってるなら教えてくれ」
「敵である俺になぜ聞く?知っていても教えるわけないだろ?」
確かにご尤もだ。
「どうするの?」
「加勢すべきだろうが、ファイゼンの救出が先だろう。みんな戦えるんだ、そう簡単にやられたりはしないさ」
「ふふっ」
バーネットは思わず笑ってしまった。
「なに?」
「いや、多少は頭が切れるようだが、所詮は子供。楽観視と信頼で大事なことを見逃す」
「なんだと?」
「こちらはそれぞれの魔道士に合わせた刺客を用意している。異常性が認められるおまえら。
クレアが危険視したセレスとリーシャ。そしてその他のオマケ。
それぞれこちらが有利になるようにしている。助けに行かないと大変なことになるぞ」
「トウヤ…危ないんじゃ…」
バーネットの指摘でリリスが不安そうにする。
「あんたの役目は、あくまでもクレアの元への援軍を阻止する事。ここで俺たちを足止めさせるつもりだろう」
「さあ、どうかな?」
冷静を装ったが、バーネットの指摘は尤もだ。
救援か、捜索か。どちらを先にすべきかの二択を迫られた。