休憩
去っていくエカテリーナの姿を見つめながら、サーシャは頬杖をつきながら思考を巡らせていた。婚約者である王子に相談、なんて愚問だろう消去法で選ばれたのが教員や事務員ではなくサーシャだというのが、なかなかクセのある人物が臨時に来たという事だ。裏金でも動いているのだろう。
「問題発生ですか?」
ルースの問いにサーシャはため息をつきながら答えた。
「はい、どうやら寺院関係者ではない人間が法術を教えているそうです。そんな報告きてないですよね?」
「きてないですねー」
「はぁ、面倒だからエリオットに投げようかと思います」
権力には権力をぶつけるのが一番だとサーシャは思っている。
「なるほど」
「それにしても、あの三人面白そうですよ」
話題を変えるべく、野次馬心でサーシャはニヤリと笑みを浮かべて言った。
「サーシャさん、聖職者が野次馬はやめた方が良いのでは?」
ルースが真面目な顔で返すとサーシャは指を三本立てて言った。
「三角関係はいつの世も楽しいではないですか」
「確かに」
「ルースが興味ないのであれば、私一人で観察しますけど」
両手で双眼鏡のように手で筒を作れば、円の中にルースが入り込んだ。
「興味がないなんてい一言も言ってないですよ〜」
「……」
「まぁ、先ほどの態度でどのような関係かは見えましたね。婚約者の方も混ぜるとますますご婦人が好きな小説のようになりそうですね〜」
「さすがルース!」
「後で調べておきますよ」
「お願いしますね」
面倒な仕事の息抜きにサーシャは学生たちの観察が楽しみになっていた。正しく目の前に青春ドラマが繰り広げられているのだから、それを見ずしてなんとする!という思いと、ただたんに野次馬心をくすぐられているだけともいう。
「それで、有益な情報はありましたか?」
ルースが本を指して聞けば、サーシャは肩をすくめて答えた。
「んー個人的に興味のある内容以外ないですねー。時代も違いましたし」
「なるほど、他にもご覧になりますか?」
「んー今日はここまでにしましょう、視線も感じますし。問題も起きましたからね」
「わかりました」
そういうと、気になる本だけ貸し出しの手続きをすると自分たちの屋敷に戻った。
エリオットは、寺院への報告も粗方済み、授業の準備とカリキュラムに目を通したり雑務に着手していた。手紙の束を開封しながら中身を確認しては、後で確認するものと、不要なものと箱に分けていく。
その中で一つエリオットの実家からの手紙が紛れていた。
「……相変わらず」
内容は季節の挨拶と近状報告だが、角度を変えるとインクの色が一部違う反射の仕方をしていた。エリオットは憂鬱な思いで、また封をして後で見る個人用の箱に入れた。
「エリオット頼もー!!」
ノックもなしに入ってきたのはサーシャとルースだ。
「ノックぐらいしたらどうですか?」
そう言いながら、エリオットはさりげなく先ほどの手紙の上に別の手紙を乗せた。
「学校の方で問題発生です」
「はぁ……なんです」
「我々が知らない間に、臨時の法術の教師が来ているそうです。しかもふざけた理論で落第をつけてるらしいです。知ってましたか?」
もちろんエリオットも知らない話だった。しかもこの学院での寺院関係者として地位は一番上なのはエリオットなのだ。
「それは由々しき事態ですね」
「はい、しかもそのお話を持ってきたのが公爵家のエカテリーナさんです」
「……それは益々面倒な」
「えぇ、教師は伯爵家なのにも関わらず大きな顔をしているそうです」
「なるほど」
サーシャが聞いた話を伝えるとエリオットは大きなため息を吐き出した。
エリオットが指先で机をコツコツと叩く音が部屋の中で響くなか、サーシャはどさりとソファに座ってエリオットの様子を眺めた。
エリオットの脳内では、学園の人間関係を考慮して誰から苦情を伝えていこうか、自分たちの予定と調整してと考えたところで、甘いものが欲しくなった。
「頭が痛い話ですよねー」
「えぇ、はぁ。甘いものが欲しいですね。ルース、ダリに頼んで甘いスイーツお願いしてください」
「わかりました」
ルースが出ていくと、サーシャはエリオットの方に近づいた。
「一応機密情報なので他国に流しちゃダメですよ」
ニッコリと微笑みながらサーシャはエリオットの個人用の手紙箱の中から一通の手紙をつまんで一番上に置きなおした。
「……相変わらず鼻が効きますね」
「面倒ごとは先回りして潰すのがモットーなんですよー」
「はぁ」
「この国がごたつくとご実家は嬉しいんでしょうが、ダメですよ。エリオットは今、寺院関係者、世界の平和と秩序を守る神使いです。神の御意志と反する行動は天罰がくだりますからね」
「貴方から真面目な説法を聞くことになるとは……」
「一応先輩として言わないといけないかなっと」
「はぁ……私も面倒なことは嫌いですよ。実家に話すことなんて何もありません」
「それは良かった」
サーシャは部屋の中にあるベルを鳴らして、台所と繋がっている筒の蓋を開けて、”お茶が欲しいよー”とその場所にいるであろうダリに伝えれば、返事が返ってきた。
「そういえば、捕まえた邪教徒はどうしたんですか?」
「もちろん、改心する様子もないので、始末しました」
「なるほど、残念ですね」
サーシャの言葉に、エリオットは肩を竦めるだけだった。エリオットにとって改心させる行為が面倒だと思っていた。裏切り者なのだから処罰するのは当たり前だという認識だ。だが、サーシャはなるべく改心できるのであれば、そうした方が良いという考えで、それを意外に思っていた。面倒ごとが嫌いで大雑把な性格だというのに、宗教的な事になると態度がガラリと変わるのだ。
エリオットには今だに理解できない行動に見えるのだった。
「はぁ、それで、法術の教師の件ですが、とりあえずラディエル教授を呼びましょうか。その次に事務長と推薦者の者を聞きださないと……この時間だとダイが空いてますね」
エリオットは部屋の中にある別の紐を引けば、ダイがすぐに駆けつけてきた。
「はい!なんでしょうか!」
「この手紙をラディエル教授に持って行ってください。時間に都合が良ければこちらにきてくださいと伝えてくださいね」
「わかりました!」
元気よく返事をしたダイは早足で部屋を出て行った。それと入れ違いにダリが甘い匂いをさせてカートを押して入ってきた。
「おうよ、ご希望のスイーツだぜ」
「わー!!甘いもの!!待ってました!!」
サーシャは手を叩いて喜びカートに駆け寄った。銀の丸い蓋を開けた中には焼きたてのチョコケーキが現れた。
「チョコですよチョコ!!」
「今日は調べ物が多いからな用意しといて正解だったぜ」
「流石、ダリですね」
エリオットも腰をあげて、ケーキを並べる机と移動した。
「んぅ〜! このふわっとしたムースのチョコと少し固めのチョコと完全にパリパリなチョコの層完璧すぎる!!ムースの中にある苺の甘酸っぱさもアクセントとなってしつこすぎず美味しい!!!」
サーシャの食レポを聞きながらダリは無骨な手で綺麗なティーセットにお茶を注いでいく。
「本当、美味しいですね。貴族の屋敷で働いててもおかしくない腕前」
「そんなに褒めるなよ。まぁ俺は凝り性だからな」
「流石ダリ! 夕飯は魚のムニエルがいいな!」
「ダリは素晴らしいですね。私はポークソテーがいいです」
「しれっと褒めながら違う夕飯を要求してくんな!!」




