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転生神子(てんせいじんご)  作者: siro


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知識の山

 大きな扉を開くと軋む音が良く響いた、中の空間が独特の静けさを持っているからかもしれない。ささやくような話し声とページをめくる音、そして調べ物をさがす足音が響くだけで、思わず扉もそっと閉めたくなる。

 サーシャとルースは、足音を立てずに図書館の中に入った。

 周りを見渡せば、書架が並ぶ隙間には小さな机や椅子が置かれたスペースが作られており、そこで生徒達が思い思いに調べ物をしたり勉強したりしている。

 天井高くまでぎっしりと詰められた本は、歴史と知識の重さを伝えるに十分だ。本独特の香りが充満する中、サーシャはまっすぐと進み、少しひらけた場所で立ち止まった。

 足元の床板には方位を示す木板が美しい柄として貼られている。


「どうやって攻めていきますか?」

 小声のルースの問いにサーシャは周りを見渡しながら杖をくるくる回した。

「祝詞に反応したところからですかねー。法術が埋め込まれたものは反応するんですよ。とくに、このように案内がある場所では、幸運ですね。 神慮めでたく νῶσις(グノーシス) φωτίζω(フォテーゾ)

 そう唱えると、足元の方位を示す板が3箇所淡く光ったのをサーシャは見逃さず、そちらの方向を見れば、書架の板が数カ所光っているが遠目からでも確認できた。

「おぉ、なんて唱えたんですか?」

「知識へ導けと唱えただけですよ。こういうのはシンプルなのがいいんです、アチアラ側にあるようですね」

 光った方向へと進むながルースはちらりと周りを確認しながら声を潜めながら聞いた。

「サーシャ殿は本当、なんでも使えるんですね」

「……なんでも使えるわけではないですよ」

「そうですか? 私が今まで護衛させていただいた神使いの中では一等抜きん出ているように見受けられます」

「初めて褒められましたね」

 くすりと笑いながら、サーシャは光った書架の前で立ち止まった。それを合図にルースが本を一冊とっては表紙をめくり、サーシャに手渡し、何も反応なければ元に戻した。


「いえいえ、本当ですよ」

「ルースさんは今日はおしゃべりですね」

「そうですか?このように静かな場所だからかもしれません」

 ルースはそう言いながらまた隣の本を手に取った。何度も同じ動作をしながら、サーシャが持った時にだけ反応した本は戻さずに脇に抱えていく。

 途中サーシャが持ちきれなくなると、ルースが半分を抱えてまた確認作業をしていく。

「一年ほどご一緒してとても不思議に思っていたんですよ」

「はぁ」

「サーシャさんの噂を聞いていたので」

「それは良くなさそうですね〜」

「問題児だという人もいれば、あれほど優秀なのになぜ上に上がらないのかと両極端な評価でした」

「……」

「私は、優秀だとこの一年思いました」

「それはありがとうございます。過剰評価な気もしますが」

「そうでしょうか? エリオスさんよりも優秀かと思いますよ。むしろなぜ彼が選ばれたのか疑問です」

「……彼はマナ量が多いです」

「マナ量だけ……ですよね」

「これは手厳しい」

「私も長命種なので、実は寺院には長く在籍してるんですよ」

「おっと……それはそれは」

 サーシャは思わずルースの顔を見てしまった。耳は普通だったから気づかなかったと思いながら、まさか若いだけだと思っていたルースが長命種とは驚きだった。

 長命種は見た目の年齢と実年齢が違う種族だ。同じ人間であっても寿命の長さが違う。古代種という人もいるくらい神に近い人々、もしくは神に愛された人々とも言われる種族だ。特徴は……。


「サーシャさんも長命種ですよね。耳がとんがっている」

 いつも髪の毛で隠している耳をルースは指差した。サーシャ自身も長命種だということだ。だからこそ、色々しっているのだ、寺院の内部から国々の歴史について。

「えぇ、そうです」

 気づいていないと思っていたのに、さすが暗殺が得意というだけあるとサーシャは思いながら本を持ち上げていった。

「そろそろ腕がきついので、ここら辺で机に移動しませんか?」

「そうですね」


 机に移動すれば、サーシャにしかできない作業となる。ルースは適当に本を一冊持ってきて読むふりをしながら警護だ。

「はぁー。面倒ですね」

「すいません。私には読めないので」

「わかってますよ」

 神使いにしか読めない目次の内容は、”ディスティー聖王の好物は何か?”とか879年の戦争は何か?などマニアックなものから歴史に触れる内容まで様々だ。それをときながらページを開けば、隠し通路の情報から当時の邪教の記録から裏切り者のリストと様々な内容が書かれていた。中には薬草の情報もあり、これは個人的に読みたいないとサーシャは思い横に置いた。


「サーシャ教授?」

 没頭していると後ろから声をかけられた。顔を上げればルースは大丈夫という表情をしていたのでサーシャは振り返り、返事をした。

「はい?」

 そこにいたのはエカテリーナと男子生徒と女子生徒だった。二人の腕には腕章があり、貴族の従僕と示す印があった。つまりエカテリーナの従者と侍女ということだろう。

「すみません。お調べ中に」

「いいですよ。どうかされましたか?」

「あの、法術についてご教授願えないかと」

「法術ですか?」

 まさかの話でサーシャは驚き思わず体ごと向きを変えて聞く姿勢を見せれば、エカテリーナは真剣な顔で頷いた。

「恥ずかしながら、才能がないらしく、補講を受けることになりました」

 サーシャはその言葉に思わず眉根を潜めてしまった。去年見た限りであれば、エカテリーナの法術には何も問題がなく、補講を受ける必要なんてないはずだった。

「わかりました。どうぞお座りになってください」

「ありがとうございます。アルベルト、スーリャ、下がって」

「「はい」」

 二人の従僕を下がらせたエカテリーナに、サーシャもルースに目配せをした。


「誰も近づけないようにしますね」

「お願いします」

「すいません」

 ルースの言葉にエカテリーナは申し訳なさそうにいった。サーシャは小さく法術を唱え、二人の会話が誰にも聞こえないようにすると、鋭い視線を感じた。

 横目で見れば、従僕のアルベルトがこちらを睨んでいる。面白いことにその青年に対して、彼の真横にいるスーリャは熱い視線を送っている。

 これが教師としてこの場所にいなければ、好奇心でエカテリーナに聞いてしまいたいくらいだった。だが、今は真剣に悩める生徒の話を聞かなければならない。


「音を遮断されたんですか?」

「わかりましたか?」

「はい、何か幕が降りたように感じました」

「ふむ、これを感じられるのであれば、補修を受ける必要を感じないのです。そもそもにエカテリーナさんの法術は上位に位置しているはずですが」

 彼女は熱心な信者の一族なのだ。なので、基礎は完璧でかつ祝福を感じやすい。補修を受ける理由がますますわからないサーシャだった。


「今臨時の教師が来ているんですが、彼の方法では才能がないということで多くの生徒が補修になりました」

「はい?」

 驚きの内容にサーシャは思わず口を開けてしまった。

「マナが少ないと」

「マナですか? 法術にマナは関係ありません。確かにマナを使うことで法術と同じような効果は得られますが、それは法術ではないです」

「そう、ですよね。ですがその教師が……伯爵家のもので……」

「つまり、エカテリーナさんの家の派閥ではない貴族ということですね」

「はい」


 その内容にサーシャは思わず額に手を当ててしまった。なんとういう面倒な事がこのタイミングで起きるのかと。本来なら、法術担当の教師が処理する内容だが、その教師の家格は男爵だ。伯爵の人間に注意は出来てもあまり効果がないのだろう。公爵家であるエカテリーナがこちらに相談するということは、面倒な家柄出身という事だ。

「なるほど……それは面倒そうですね。それにしても臨時の教師ですか、こちらに報告が来てないですね。わかりました、その補講はいつ行われますか?」

「今週末です」

「なるほど、こちらも出来る限り教師を説得してみますが、最悪力技で対応させていただきます」

「ち、力技ですか?」

「えぇ、私はあまり策略が得意ではないので、そういうのはエリオットが得意なんです」

「はぁ」

「ちなみに、なぜエリオットではなく私に相談されたんですか?」

「それは、一応婚約者が居る身なので、男性とは二人っきりになるのはまずいかと……あとアルベルトが煩いので」

 ちらりとエカテリーナが見た方向には熱心にこちらを見つめるアルベルトがいる。どうやらその熱視線の意味をエカテリーナ自身わかっている様子だった。ただ、困ったという様子に同じ思いではなさそうで、サーシャはますます興味を惹かれた。何よりも、アルベルトが男と二人っきりになるのはまずいと注意をする事自体おかしいだろうと、従者の域を超えているのではないだろうか、彼らがいれば二人っきりということにはならないのだ。ただただ、彼の嫉妬心からだろう。


「彼は幼馴染ですか? かなりカッコいいですね」

「えぇ、幼い時から従者として一緒にいます。スーリャも幼馴染です。父上の意向で顔で選ばれたとか言われていますが、実力は二人ともあるんですよ」

 なるほど、っとサーシャは思いながら好奇心の疼くまま質問を重ねた。

「おー三人とも幼馴染ですか。気心がしれて良いですね」

「そうですね。その分小言が多いですが、最近は……スーリャとアルベルトが早くくっついて欲しいんですけどね」

 エカテリーナの言葉で、彼に恋愛感情はなく、スーリャの思いを尊重しているのがわかったが、これはなかなか難しそうだ。


「エカテリーナさんは誰がお好きなんですか?」

「え? 私は……婚約者です」

 ニッコリと外向きの笑顔で答えた彼女に、サーシャも外向けの笑顔を向けた。

「そうですか。婚約者を好きになる事は大切ですね。この国でも、結婚したら恋愛は自由ですから」

「……サーシャ教授」

 サーシャの言葉にエカテリーナは一瞬顔の表情が揺らいだ。

「私も元貴族です。また何か困った事があればいつもでご相談を受けますよ。神はいつもあなたを見守っています」

 そう言ってサーシャはエカテリーナの両手を握った。


「……ありがとうございます」

 びくりと動いたエカテリーナの手にサーシャは気づかないふりをした。きっと彼女はまた自分に相談しに来るだろうと、そんな星の導きを感じたのだった。


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