サマーダンスパーティ 24H ???
今まで聞いたことのないアルベルトの声にエカテリーナが驚いて振り向けば、ふらりと立ち上がっているところだった。そして側にいたであろう男子生徒たちが床に倒れており、何が起きたのか周りの生徒たちもわかっていない様子だった。
「アルベルト?」
ゆらりと顔を上げたアルベルトは、エカテリーナの知るアルベルトの顔ではなかった。同じ顔だが眼光鋭く、雰囲気も公爵家の使用人らしく、貴族然としたような雰囲気が消え失せているのだ、思わずエカテリーナは心の中でこれは誰?っとつぶやいていた。まるで別人に入れ替わったようにしか見えなかった。
「エカテリーナ様から離れろゲス供がぁ!!」
アルベルトはどすの利いた声で叫ぶと同時に駆け寄ってきたと思った瞬間、エカテリーナを抑える男たちを殴り倒していた。見たこともない荒々しい動きに、エカテリーナは言葉を失った。
何より周りの人たちも同様だった。
「バカ王子が、お前らにエカテリーナ様を渡すわけがないだろうが! 婚約は王家と公爵家で交わされた契約なんだよ。王がこない事態でお前の暴挙を公爵家が許すわけないだろうがぁ!」
「……アルベルトやめなさい」
「エカテリーナ様、行きましょう。このような暴挙を許す学園側もわかっているのでしょうね!」
エカテリーナの制止も聞かずに、言いたいことだけ言い切ると、アルベルトはエカテリーナを抱き上げて足で扉を蹴り破り出て行った。
わけもわからぬまま、エカテリーナはアルベルトの手によって馬車に乗せられる王宮から脱出していた。これではいけない、こんな暴挙は許されない。ちゃんと手順を踏んで抗議をしなければならない、ジェモン王子がやったことは許されない行為であると同時に正当性を踏むのであればこちらも……そう考えていてもエカテリーナの体は震えて動けず、ただただ馬車に揺らされている状態だった。
「全部、夢だったらいいのに……」
馬鹿げた悪夢で、目が覚めればまだダンスパーティーが始まっていなくって、まだベッドの上で……そんなことを想像するも、外の景色は明らかに公爵領へと向かっているようだった。
猛スピードで駆け抜けていく馬車を止めるものは不思議と誰もいなかった。
「もう……いやだ」
思わずつぶやいてしまった言葉を思わず両手で抑えて止めるも、エカテリーナの心は雪崩が起きたように溢れてきてしまった。
最初は公爵家の跡取りとして、努力してきた。それが、第一王子が病気がちになると、第二王子の婚約者に選ばれ、跡取りとして外された。今度は王太子妃になるために、努力してきた。
そう、努力してきたのだ。
第一王子と結婚はできなくても、思い続けていた。それなのに、第二王子の婚約者に選ばれてしまった。それでも彼の近くで彼を支えられると思ったからこそ頑張れたのだ。公爵家の跡取りとして彼に仕えるのではなく、義妹として彼に支えようと思っていた。それなのに……。
「どうして……あのバカ王子のせいで」
家に着いたら、公爵である父に言おう。第二王子は無能だと。このままでは国はダメになると、いくらエカテリーナが頑張ろうとも瓦解してしまうと。
そんなことを考えてしまったからか、緊張の糸が切れたせいかもしれない、馬車の中で眠ってしまったエカテリーナは衝撃で目が覚めた。何か言い争いと共に、馬の嘶きが聞こえた。
「な、何が起きているの?」
カーテンを開ければ、山賊たちとアルベルトが戦っていた。
アルベルトは見たこともない動きで次々と山賊たちを倒すと、口悪く罵り馬車に近づいてきた。
「エカテリーナ様、すいません。ここからは徒歩で行きましょう」
「徒歩? それよりもここはどこ?」
「ここは、エルナダの村付近です」
「エルナダ?」
「まっすぐ行こうかと思っていましたが、危険と判断し迂回ルートにしました」
そう言いながらも、アルベルトから発する雰囲気は今までの彼と違い、別人のように見えた。その手を取りたくないと思うも、有無を言わさずアルベルトはエカテリーナの手を取って、山の中を歩き始めた。
「待ってちょうだい。連絡はちゃんとしたの?」
「連絡なんてしてしまったら、王子側にバレる。そんなミスするわけないだろう」
「は? それではどうやって関所を通るつもり? 公爵の印も持って来ていないのよ?!」
「山道を行けば良い」
「なっ!」
エカテリーナの格好は、明らかに山に入る格好ではない。パーティーに集積するために、靴は繊細なレースが施された絹の靴だ。パニエがふんだんに使われたドレス。
「良い加減にして!」
エカテリーナがアルベルトの手を振り払うと、今度はアルベルトが激昂した。
「時間との勝負なんだよ! 今は身の安全のために離れないといけない!」
「離れる?! まだ私たちの味方は王都にいるわ!」
言い返した瞬間、エカテリーナの頬をアルベルトが叩いた。
「現実を見ろ! あんたは国に見捨てられた! あのバカ王子のせいで! 助けてくれると思うのか?! 俺だったら助けられる! あんたを鍛え上げてあのバカ王子よりも強くしてやれる!」
(これは誰?)
エカテリーナは唖然としながら、叩かれた頬に触れた。そこは熱を持って晴れ、口の中では血の味が滲んでいた。
「今のあんたは俺にだってどうすることもできるんだぞ! 俺に従ってついてこい!」
今度は力強く手首を握られてしまい、振り解くことができなくなってしまった。エカテリーナは目の前にいる男は、完全に自身が知るアルベルトではなく、まったくの別人だと認識した。
エカテリーナは公爵令嬢だ。その令嬢に手をあげるなんて、従者がしていいものではない、その手首を切り落とされても文句は言えないのだ。だからこそ、アルベルトが手をあげるなんて暴挙はしない。
逆に、今の状況は先ほどの会場より最悪と言えた。




