サマーダンスパーティー24H エカテリーナ
「はぁ、王宮でもこんな感じなのね」
エカテリーナは大きなため息を扇子で隠した。生徒のダンスパーティーといっても小さな社交場だ。それなのに、婚約者であるジェモン王子はとうとう、エカテリーナのエスコートすらも拒絶し先に向かっていたのだ。
王がいる場所では嫌々ながらもエスコートし、一緒に来なくとも入り口で待って一緒に入場するくらいのマナーは守っていたのだが、王が出席しないといってもここは王城だ。
本来ならあってはならない事態だ。
王宮に使える使用人達も驚きを隠せていない様子でちらちらとエカテリーナを見ていた、それは本人も感じるほどだ。そのうち王の耳にも届くだろう。
エスコートの代役である従者のアルベルトはその視線を不快に思っていた。思わずエカテリーナの手に添えていた手を握りしめてしまうほど。
「エカテリーナ様」
「平気よ」
何かいう前にエカテリーナは微笑みを崩さないまま、アルベルトを制した。どうせ、注意しますとかいって騒ぐだけだろうと心の中で思いながら。
今日のダンスパーティーに王は来ない。一応学園が使用許可をもらって開催しているに過ぎないのだから、尚更だ。それでも、王子の好き放題さは、他の貴族にとって評価の対象になるだろう。それは同時に自分達にも言えているのだ。
このくらいでへこたれていたら、未来の王太子妃になんてなれない。そう思いながら、エカテリーナはホールに入場した。
開会式の言葉を学園長が宣言すれば、あとは出し物を決めている生徒以外は自由に楽しむことができる。
学園長の長くもなく短くもない話は、だれもちゃんと聞いておらず、皆そわそわしていた。踊るのが楽しみでしょうがないものもいれば、今夜好きな人にアプローチする人もいるのだ。
開会式が終われば、エカテリーナは社交として同級生や後輩達に軽い挨拶と雑談をしながら交流を深めていく。
軽く周りを見渡せば2階席では教師達が集まっているのが見えていた。サーシャとエリオットは神使いの正装姿できていて、それは去年と同じだ。
二人が並ぶと、神聖な気持ちになるとエカテリーナは思うのだ。まるでそこだけ空気が違う。
特にサーシャは格別だと思っている。あの神秘的な空気がすっと消えると、人々の中に紛れて追うのが難しくなるのだ。今もまさに、少し目を離した隙にエリオットの横から消えていた。
(サーシャ教授はきっと王かクリスティアン様の元に向かったんだわ。できればクリスティアン様を助けていただきたい……)
そう思いながら、曲調がかわりダンスの時間となった。
隣でパートナーを務めるアルベルトからの視線に、エカテリーナは思わずスーリャを探してしまう。彼女は侍女仲間と話に花を咲かせているようだ。邪魔をしてはまずいかと思い直し、仕方なしにアルベルトを見れば、やはりダンスを誘われてしまった。
「どうか今宵、私に無常の喜びと栄誉のダンスを」
「……よろこんで」
美しい動作で誘うアルベルトに周りの女子生徒からは感嘆の声が上がった。それがますますアルベルトの自信へとつながり、堂々としたエスコートになる。
(そりゃーそうよ。我が公爵家が呼んだ家庭教師が教えたんですもの。スーリャだって素敵なダンスを披露できるわ)
とってもお似合いの二人だとコソコソ話す生徒にエカテリーナは笑みを浮かべたまま心の中で毒づいた。
(やめてちょうだい。アルベルトがますます勘違いしてしまうでしょう。スーリャとアルベルトの二人の時に褒めて欲しいわ)
令嬢と従者、令嬢と騎士、常にそばにいる者との恋愛小説はどこの世にもあるもので、女子生徒の一部はやはりわがままな第二王子なんかより、エカテリーナを常に守り側に侍るアルベルトとの関係を疑うものも多い。
それは一種の願望でもある。
目の前にいる男にとっても。
「エカテリーナ様が今宵一番美しいです」
熱に浮かされたような瞳でエカテリーナをみるアルベルトに冷たく返した。
「スーリャの腕がいいから」
「いいえ、エカテリーナ様だからこそ」
「……ありがとう」
微笑みの仮面はもう慣れきっている。
ちらりと横目で見れば、エリオットが降りてきて生徒とダンスを踊っていた。彼は去年も卒業生に囲まれて踊っていたのだ。
結婚相手としては年上で相手としては悪くない、しかもヘッスクフェイブ国の貴族だ、いろいろきな臭い国ではあるが、裕福な国。
なによりも顔が良く、神使い。狙う女子生徒や夢見る女子生徒は多い。もちろん女教師も。
「すごいモテようですね」
アルベルトもエカテリーナの視線に気づいたようで、エリオットを見て呟いた。
「そうね、ダンス待ちが今年もできているわ。王子より人気よ」
エカテリーナが言うとアルベルトが楽しげに笑った。愛人をはべらかす前までは、第二王子ということでお近づきになるために女子生徒がそこそこダンス待ちをしていたのだが、今年は完全にいなくなっていた。
それもそうだ、エカテリーナへの対応を見ていれば、下手にお誘いを受けて、愛人のエイミーに絡まれて難癖をつけられたらたまったものではない。
エカテリーナにいじめられていると、人がいる場所で毎回訴えていると言う噂まで流れているのだから。
アルベルトとのダンスが終わると、他の男子生徒からダンスの誘いがきた。アルベルトは嫌そうな顔をするのを無視して、それに応えながら数人踊っては休憩をしていると、ふと違和感を感じた。
「アルベルト、スーリャは?」
「おかしいですね、いない」
側にいなくても見える範囲にいたはずのスーリャがホールからいなくなっていた。
心配になったエカテリーナはスーリャを探そうと立ち上がった瞬間、庭へと続く扉が勢いよく開いた。
「やぁ、楽しんでいるか?!」
そういって入ってきたのはジェモンとその取り巻きだった。
「「?」」
皆びっくりして固まった。何を突然言い出すのだろうかと思っている間に、王子の取り巻きたちがとららを締めて行ってしまったのだ。
その不思議な行動に、その場にいる生徒たちの半分は怖くなり一歩後ずさりした。
「君たちには証人になってもらおう」
ジェモン王子の言葉に、エカテリーナは嫌な予感がした。
エカテリーナはすぐさま、誰かを呼ぼうと隣の食事が置かれた部屋へと向かおうとするも王子の取り巻きに阻まれてしまった。
「エカテリーナ様はこちらへ」
「何の用? 邪魔よ、おどきなさい」
「いいえ、きていただきます」
エカテリーナを無視して、王子の取り巻きがエカテリーナの腕を掴んだ。
「貴様!!」
その様子にアルベルトは切れ、殴りかかろうとするも横から来た男に殴られ、よたった瞬間に周りの生徒たちにねじ伏せられた。
「何をするの?! 私の従者にそんなことをしてタダで済むと思っていて?!」
エカテリーナが叫ぶも、その生徒たちはエカテリーナ見つめる瞳は虚ろで人形のようだった。
「っ!?」
悲鳴を上げずに済んだが、その一瞬の怯みによってホールの中央へと投げ飛ばされてしまった。
周りからは小さな悲鳴が上がったが、誰も助けには来ない。
したたかに打った腕と脚、なによりもこのような屈辱は始めてで、エカテリーナは唖然としてしまった。なんとか周りを見れば一部の生徒はふらふらと頭を揺らして心ここに在らずといった様子。
その瞬間エカテリーナは気づいた。
(嵌められた)
どうやったかわからないが、どうみても異常な状態。エカテリーナと敵対派閥の人間は楽しげにこちらを見下ろし、虚ろな状態の生徒は、操り人形のように壁となり、まともな生徒は異常事態に逃げようとするも、扉を塞がれ出れない状態だ。
起き上がりアルベルトを見ると、抑えられた状態で、黒づくめの男が黒い棒で頭を叩き落とした瞬間だった。
「アルベルト!!」
「ぇかて……」
頭から血を流してアルベルトは床に倒れこんだ。
慌てて、アルベルトの元へと駆けようろとするも、近くに来た男子生徒によって、ねじ伏せられた。そして目の前にはジェモン王子が勝ち誇った顔で立っていた。
「どういうつもりです!! 王城でこのような暴挙!! ジェモン王子であろうとも許される行為ではありません!!」
エカテリーナは震える体を無視するように叫ぶも、抑えていた男子に無理やり頭を下に押し付けられた。男子達は伯爵家だ。エカテリーナよりも身分の低い人間に押さえつけられた屈辱でもがくも、男の力では抜け出すことも殴ることもできない腹ただしさと怒りで震えた。
「頭が高いぞ。エカテリーナ」
「教授がたも、静観してるつもりですか?!」
エカテリーナが叫ぶも、第二王子派の教授達しかいないこのばでは効き目はなかった。
(サーシャ教授も、エリオット教授もいない。公爵家の派閥の教授達もいないなんて、完全に作為的に離されたんだわ)
思わず奥歯を噛み締めた。ジェモンの余裕な表情を見る限り、すぐに戻ってこれない、もしくは、この状況がわからないようにしているのだろう。
それでも、このような問題を起こせばどうなるか。後々のことを予想すれば分かるはずだが、ジェモンは気にした様子もなく。ありもしない罪状をつらつらと語り始めた。
今まで我慢していた分、エカテリーナはジェモンを睨みつけた。婚約破棄をしたいのだろう、してもいいとさえ思っている。貴族の領分を忘れ、恋にうつつを抜かし、好き勝手に振る舞う王子などこちらから願い下げだ。
周りのまともな生徒達はその内容に慄いた。誰がみてもありえない罪状だ。
「エイミーを虐めた件も許せないが、邪教徒とつながっていたとは許されざる行為だ。これによって、婚約を破棄し、罪人として引っ捕らえる」
ジェモンの宣言に後ろにひっついていたエイミーは小さな悲鳴をあげた。
「そんな!エカテリーナ様謝ってください。そしたらジェモンも許してくれますわ!」
まるで悲劇のヒロインのようにエイミーは叫ぶが、エカテリーナはしっかりと見ていた。その口元が笑みを堪えきれていないのを。
「我が公爵家は、王に代々仕え、流転の女神を厚く信仰する一族です! そのような侮辱、例え嘘であろうと受け入れるわけにいきません! 我が一族は! おばあさまは神の信託を受けたこともあるのですよ! 寺院が認める星の序列に加わる信徒です!」
エカテリーナの言葉にジェモンは鼻で笑った。
「往生際が悪い。お前にはもううんざりだ」
その言葉と共に、生徒の一人が手錠を持ってきた。明らかにいきすぎた行為に、一部の生徒は扉から出ようとして揉め始めている。
「おかしいだろ! 王を呼んだほうがいい」
「出してくれよ!」
「エリオット教授を呼んだほうがいいわ」
「誰か王子達を止めろよ」
「無理だよ、周りは伯爵やら子爵が多いだぞ。僕たちが何か言ったら物理的に首が飛ぶだろっ! エカテリーナ様を膝まづかせてるんだぞあいつら」
この状況に怯え、抑止力となる人を呼ぼうとしてくれている様子に少し安心していた。この状況をもみ消されることはないだろうと思いながらも、逃げれる手立てが思いつかない状況にエカテリーナは焦っていた。
だがその時。
「エカテリーナ様に触れるな!!」




