学院
黒いローブを身にまとい、紳士服を着込む男子学生と、同じく黒いローブを羽織り、ロングスカートもしくはズボンを履く女子生徒。
皆同じ学園で、将来国のために、領地のために学ぶ貴族の生徒や一般市民の子供達だ。
大きな学園は元は王族の姫君の遊び場所として用意された屋敷、といっても一般人にとっては広大な敷地だ。元は姫君が滞在する本邸と使用人達の宿泊施設や馬車やら倉庫やら厩と……あるのだが、どれも屋敷のように大きいため、その全ては生徒達の寮と授業用の施設へと変貌している。
もちそん、この敷地内にはこの世界の唯一の宗教である寺院もあり、その中では今、神話が語られていた。
エリオットの落ち着いた声が講堂の中で響き、それに聞き惚れる女子生徒が多く見受けられた。むしろ、エリオットの授業だからこそ受けに来ている生徒もいるくらいだ。
「流転の女神は、全能の神ユピテル神と古代エリオストーレ国の女王との間に生まれました。女神が生まれた時、精霊達は喜び舞、花冠を女神に捧げたそうです。そして他の神々も、新しい女神の誕生に喜び古代エリオストーレ国を繁栄へと導きました。花が咲き乱れ、川には常に清んだ水が流れ、美しく芸術にあふれた都へと発展していく中で流転の女神はすくすくと育ちました。人々は、古代エリオストーレ国の次の女王は流転の女神になり、平和がずっと続くと思っていました。
ですが、夫であるユピテル神は世界を見守る神でもあります、常に側にいるわけではなくふらりと訪れるだけ、その寂しさのあまり女王は神の愛を裏切り、将軍ヤウダとの間に男子、リバリオンをもうけてしまいました。ユピテル神は怒るも、女王の話を聞き、最後は許しました。人と神の生の長さは違います。女王が寂しくないようにと、流転の女神を通して会話ができるようにするも。成長したリバリオンは女王を殺し、異父姉である流転の女神もころし、あまつさえその神たる肉体を食べてしまいました。
神々は怒り狂います。愛した幼い女神を人間が食べてしまったのですから、そして流転の女神を信仰していた民もリバリオンは虐殺していったのです。リバリオンは流転の女神を食したために、神の力が少し使えるようになってしまいました。その力によって人々は騙され、流転の女神を悪魔だったと言い放ったのです。
もちろん神々は真実を伝えますが、神の言葉を聞ける人は少なく、いくら否定してもリバリオンに賛同するものがたえなかったのです。神はとうとうリバリオンに賛同した民全員に呪いを施しました。その時になってやっと間違いに気づいた人々が神殿に駆けつけるも、他の神々は信じ付き従った信徒のみを連れ、この地を去った後でした。
その後、この世界は荒廃していきます。あんなに栄えていた古代エリオストーレ国は飢餓に見舞われ、花は咲かず、川は枯渇し、土地は痩せ細っていったのです。リバリオンを打ち倒そうとする人々ももちろんいました。ですが、彼は将軍の子、武芸に秀でており、また軍も持っていました。誰も彼に勝てるものがなく、人々は絶望の淵をさまよっている時、流転の女神を信仰していた民の生き残りの元に赤子が生まれました。
隠れ住む夫妻にはすぐにこの子供が特別な子だと気付きました。その夫妻は元貴族、流転の女神にもお会いしていたのです。夫妻の愛を受け、育った流転の女神は、世界の荒れように悲しそうに語りました。
”もうこの世界に神は誰もいない。このまま滅ぶしかない”
元に戻す方法はないのかと、夫妻が聞けば流転の女神は言いました。
”半分だけ神である私は人々の信仰によって支えられている。今この世界で私を信仰する民がどのくらいいるというのか、私が生まれ変われたのも、貴方が深い信仰を忘れずにいてくれたために転生できただけに過ぎない。手放された世界を正常に戻すには、信仰の力がなければ無理だ”
その言葉を聞き、夫妻は動き出しました。人々に流転の女神を思い出させ、信仰するように広めていきました。反リバリオン派は流転の女神を信仰せよと。流転の女神はその力によりリバリオンを打ち倒し世界を正常にもどしました。
そして、流転の女神が夫妻の篤い信仰心に感謝と信頼を持って、聖王の名を授けたのです。それが寺院の発祥です」
サーシャはビクリと肩を震わせて睡魔から目覚めた。うっかり目を開けたまま半分寝ていたのだ。講堂を見渡せば、女子生徒はうっとり、男子生徒は眠そうにしているのが半分といったところか。こんな話は子供の頃に何度も聞かされるのだ。
「すいませんね。新学期には必ずこの話をするようにと授業計画書に書かれているんです。では、そうですね質問時間にしましょうか。私達で答えられる範囲でお受けしますよ」
そうエリオットが語れば、元気よく女子生徒の一人が手を挙げた。
「はい、なんでしょう。ダミエニエルさん」
「はい、エリオット教授は神使いって本当ですか?」
ダミエニエルの質問に、眠そうな顔をしていた生徒達も興味津々で顔をあげた。
「はい、ちなみに。横にいるサーシャさんも神使いです」
「え! 副教授も?! どうして神使いなのに教授を」
「それは、数年に一度、どの職種の者も教授に選ばれるのです。上下関係なくです。ちなみにくじ引きで決まるのですよ」
エリオットの言葉に生徒達は驚きざわついていた。本当驚く内容だが事実なのだ。外に派遣できる人の名を書いた紙を箱に入れ、そこに聖王がみんなの前でとっていくのだ。
「お二人ともくじ引きで?!」
「いえ、私の場合は巻き込まれただけです」
「あははは、私の名前をくじ引き箱に入れ、自分の名前を箱から抜いた犯人でしたからね。」
「…バレてましたか」
二人のやりとりに生徒達は身を乗り出して手を挙げ始めた。
「神使いってどのようなことをされるんですか?」
「今みたいに皆さんに教えを説くのが主な仕事ですね」
エリオット模範的なざっくりとした回答をして逃げようとするも指名する前に他の生徒から質問が飛んできてしまった。
「はいはい! 法術がすごいと聞きました! それに汚れを払えるんですよね!」
「よくご存知ですね。はい、この世界は今や流転の女神お一人で廻されている状態。そのため、世界には淀みが発生し汚れが生まれやすいのです。それを払うのが我らの仕事の一部になります」
「はいはい! 法術がみたいです」
「皆さんが使うのと同じですよといっても、止まらなそうですね。サーシャさんよいですか?」
これは何かを見せるまで収集がつかなくなるし、見せなかったら神使いといえ何もできないと変な噂が立ってしまう。興奮した生徒達を見ながら、サーシャはため息をつきそうになるのをぐっとこらえて、外向けの笑顔を保ったまま、杖を持ち直した。
「はいはい、では皆さんも扱える浄化の法術を使いますね。信仰心が強ければ強いほど効果は強くでます」
くるくると杖を回し注目を集めてから。
「神慮めでたく 悪しきものを払いて 清き風を吹きたまえ」
教科書通りの綺麗な文言を唱え、杖を縦に突き立てれば、鈴の音のような軽やかな音と共に二人の後ろに作られた流転の女神の銅像が淡く光、爽やかな風が講堂内を吹き抜けていった。
「「わぁあああああああ!!!」」
「少し大げさでは?」
っとエリオットが小声で言ってきたが、サーシャの方も驚いていた。
「なんと、ここには信仰心の篤い生徒が数人いらっしゃいますね。流転の女神も喜んでおいでです」
ニッコリと微笑めば、生徒達の興奮度はまた上がった。
「なるほど、これほど強化されてしまいましたか」
ニッコリと微笑んだ表情のまま二人はこそこそと会話を続けていた。
「えぇ、珍しいですね……」
法術は基本体内のマナ量で力が決まる。だが、別の方法で強化することができるのだ、それが信仰心。神使いになれる基準は実はそこに重きが置かれていた。逆にいうと信仰心が強い者の横で法術を使えば、法術の内容によっては強化される。だからこそサーシャは小さい力で起こしたのだが、それが今起きたてしまった。
「もしや、我々がこちらに派遣されたのも神の導きかもしれませんね」
「その場合、何かがあるということですよ。仕事が増えますよ。異教徒狩りも大変なのに」
「まぁまぁ、それも我らの務め」
「はいはい」
サーシャは内心面倒だなっと思いながらも、喜ぶ生徒達が落ち着くのを待ってから授業が再開された。基本は宗教の歴史を教えるのだ。
法術の授業は、長年この学院に努める寺院のおじいさんが教えている。基礎の基礎だが、この様子だともしかしたらエリオット達も駆り出されそうな予感がしていた。