サマーダンスパーティー24H エリオット
サーシャにおいていかれたエリオットは、その後女性陣に囲まれたまま1階ホールに降り立っていた。
「エリオット教授、一曲お願いできます?」
「……喜んで」
そう言いながら手を離さない女性教諭にエリオットは”貴族向けの笑顔”とサーシャが称する顔でホールの中央へと向かった。
(こういう時、貴族という肩書きは邪魔ですね。サーシャのように一般人と名乗っておきたいです。そしたらマナー知らずで断れるんですが……)
そう心の中で思いながら、笑顔で貴族のマナーとしてダンスを踊れば、次は自分がっという女性教諭と女子生徒が獲物を狙うようにエリオットを目で追いかけていた。
壁に飾られた豪華な時計は既に、作戦開始時間をとうに過ぎており、サーシャが予想した通りエリオットはこの場での留学生の監視担当となってしまった。
本来は、王のもとにエリオットが行く予定だったのだが、やはり女性たちの包囲網を突破することは出来なかった。
(ダンスが終わるのが恐ろしいですね)
そう思いながらも、笑顔を絶やさずに軽く会話をしながら踊っていると、体にチクチクと視線が突き刺さった。
しかも、女教授は独り占めして恨まれないように、エリオットを女性陣の方に誘導しようとしている始末。
「お上手ですね」
「まぁ、エリオット教授も。流石き……貴族出身でしたわね。おほほ」
「えぇ」
思わず家名を言いそうになった女教授はごまかしながら褒めた。
一応寺院に所属した時点で、俗世とは縁がきれているという事になっているため、家名を名乗ってはいけないのだが、あくまで表向きのため、また婚姻もできるために、どこ出身なのかと調べるも者は多い。家が貴族であれば、何かあった時に継承権が持てるのだから尚更だ。
「去年は一緒に踊れませんでしたから、今年はなんとしてもと思ってましたの。来年も在籍されるか不明なんですよね?」
「えぇ、神のお導き次第です」
そう答えたタイミングで音楽が終わりの小節に入った。
「あぁ、残念もう終わりですわね」
「楽しいひと時でした」
「ふふふ、では」
そういうと、手が離れるも、近くにいた女子生徒に素早く手を取られてしまった。
「エリオット教授!」「エリオット教授!」「あっずるい!」「ちょっと!」「エリオット教授〜!」
周りの女子生徒たちと女教授達の争いはドレスの下で行われている様子。近づけなかった生徒達の悔しそうな声が隠しようもなく漏れていた。
「困りましたねぇ」
そう言いつつも、周りをちらりと見れば、人だかりの向こう側で、エカテリーナが従者と踊っているのが見えた。やはりジェモン王子はエスコートをせずに反対側の扉近くにいた。
「私と! 踊ってください!」
目の前の生徒の声で前を向き治れば、顔を赤らめている姿に思わずエリオットは苦笑しながらも、ダンスのお誘いの決まり文句を口にして、またダンスの輪の中に戻った。最高学年の生徒にとっては最後の思い出作りでもある。
学生時代にしか味わえない青春はエリオットにも覚えがあり、無下に断ることもできず。その後立て続けにおどり続けた。気づけば一時間くらいは時間が経っていた、流石にエリオット自身も汗をかくほど疲れてきていた。
何より踊りながら、周りにも気をつけないといけないのだから尚更だ。
くるくると回りながら、エカテリーナの侍女も確認しつつ、ジェモン王子がいなくなっていることに気づいた。
先ほどの踊りのときにいた場所にも、扉が開いて見える食事の場所にもいない様子に、違うホールに移動したのだろう。今日は3箇所ほど使えるようになっているのだ。ここはメインホールで庭園の中にあるパビリオンの場所と、庭を挟んだ反対側の建物にある、ここよりも小さめのホールが解放されているのだ。
「君はもう他のホールは回ったんですか?」
「はい、庭のパビリオンでは出し物をやっているんですよ。エリオット教授はまだ見られていないんですか?」
「えぇ、降りてきてから踊ってばかりで」
「でしたら、ぜひ見た方が良いと思います。留学生たちの母国の踊りを踊ってるので、大きな燭台に灯された舞台での踊りは素敵でした」
「なんと、それはぜひとも見たいですね」
女子生徒からもう一つのホールについても聞いてから、今度は他の生徒に手を取られる前に、逃げ出した。もちろん、上手く言いくるめて出てきたが、そのために数人の生徒たちが付いてくることになった。両腕を抑えられ、そのまま、庭園のパビリオンへと移動できるようになった。
王宮の庭園は広い、それでも明かりで灯されたパビリオンは白い石に明かりが反射されて眩く輝くように浮かび上がっているかのように、その存在を主張しているのですぐに見つけることができる。
白い石造りで作られたパビリオンは古代の神殿風につくられており、柱には飾り彫が施されていて豪華だ。
数段、白い石段を登ると、中が見渡せた。
すり鉢状に作られ、半円状に石段になっており、椅子がわりにもなっている。もう半分は舞台のために一番下は壇上が作られていて、見やすく。王族の趣味のための小さな劇場といったところだろうか。
そして、いま壇上では、話の通り、留学生たちが自国の踊りと音楽を披露していた。
「すごいですね!エリオット教授!」
エリオットの腕を掴んでいる生徒が指差した先には、留学生の男子生徒が華麗な足さばきで靴音をと鳴らしていた。
「次は、タックスイナ国の踊りらしいですよ」
「そうなんですか」
逆側の腕を掴んでいる女子生徒が小さなパンフレットを見ながら、エリオットに伝えた。どうやらリストがあるらしいが、それよりもエリオットはジェモンの王子を見つけ、そちらに意識を集中していた。
舞台の横でジェモン王子は、タックスイナ国の留学生を激励しているようにも見えた。ジェモン王子の横には愛人のエイミーが陣取っている。
「はぁ、エカテリーナ様でなくあんな小娘を……。エリオット教授は注意されないんですか?」
女子生徒もジェモン王子に気づき嫌悪感あらわに話し始めた。
「注意ですか?」
「そうですよ。婚約者であるエカテリーナ様をエスコートせずに失礼です。愛人は仕方ないとしても、最低限のマナーを守るべきです」
「お父様はジェモン王子と仲良くせよ、と仰るけど、あんなマナーのなってない方といたら、私の品がさがりそうで」
「うんうん」
「取り巻きと思われたら嫌です」
なかなか手厳しい意見にエリオットは、おやっと思っていた。彼女達は表立ってエカテリーナの派閥には入っていなかったからだ。
「確かに、私が見ても素行がよろしくないですね。私たちの授業を毛嫌いされてしまい、点数がつけられない状態ですから」
「え、点数がつかない?」
「王子だから免除ではなく?」
女子生徒達はエリオットの言葉に驚いていた。いくら気に入らない王子であろうと、やはり王子、免除されている部分が多いのだ。他の授業でも欠席が目立っている中、点数はつけられているのだ。
「寺院は王族と切り離された機関です。口出しはできないのですよ。なので、今期の法術と宗教の歴史に出ていないので0点です」
にっこりと微笑めば、女子生徒達は素早く目配せをしていた。きっと明日には全校生徒にも話が回るだろう。
そんな雑談に花を咲かせている中、タックスイナ国の留学生の三人が舞台上で演奏と踊りを披露し始めた。
(他の留学生は踊らないのか?)
エリオットが疑問に思いながら先ほどいた留学生達を見ると、数人王子達と一緒に席に座って説明しているものと、この場から去っていく者がいた。
どこに向かうのとかそちらに目を奪われていると、舞台上で大きな掛け声が上がるのと同時に、明かりが消えてしまった。
「「きゃー!!」」
「神慮めでたく φως!!」
エリオットは急いで明かりを灯す法術を唱え、パビリオンの中を明るくした。周りにいた女子生徒達の安否を確認してから、周りを見れば、一番下の席にいたはずの王子達はすでにおらず、舞台上にはタックスイナ国の留学生が倒れていた。
(マナを必要以上に使用した様子。しかも王子がいない、これは罠か?)
そう思っていても、エリオットは教授としてここにいるため、一応舞台上へと急いで向かった。
「大丈夫ですか?」
エリオットが声をかけるも、留学生達は反応がなく、周りの生徒達に担架を持ってくるように指示をした。
「どうして倒れられてるんでしょう?」
「マナが枯渇している……」
明かりを消すだけなら、そんなに消費する必要もないマナが無くなっているのにエリオットは嫌な予感がした。




