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神使いのお仕事

「我が弟は大丈夫でしょうか……」

 ウェンは弟の布カバンからこぼれ落ちた本を手に取ってしまったのが運の尽き。開いてしまったページが気になりうっかりと書いている内容を読んでウェンは呆然としていた。


「……ダメですね。重症かと思います。前々から変な子だと思っていましたが、これほどとは」

 そう冷静に返すのは横から覗き見したサーシャ。


「サーシャが女神? この子は大丈夫でしょうか。オブラートに包んで台風の目ですよ」

 モノクルを外して眉間をほぐしながらエリオットはため息をついた。

「周りをなぎ倒していく、良いですね!」

「褒めていません」

 ポジティブに受け取ったサーシャの言葉にエリオットは少しイラついて返した。


「いやー歩く爆弾の嬢ちゃんが女神かーきついな」

「失礼な! ダリは、そんなんだから酒場の女性に振られるんですよ。オーガのダリ!」

「あ"ぁ"?!」

「私が言ってるわけじゃないですよ。ダイが言っているんですから。子供は正直ですねー」


「はぁ……私は陰が薄いですか」

「隠密に適していて良いじゃないですか。サーシャのようなものが隠密に向いていないのと同じですよ」

 落ち込むルースに適当な慰めをするエリオット。大人たち四人は竜車の中で眠るダイの横で好き勝手騒いでいた。


「それにしても、こいつに文字を習わせてよかったな。面白い、定期的に見ようぜ」

「プライバシーの侵害ですよ。人の秘密を見るなんて!」

 エリオットが怒るもサーシャは笑顔でエリオットの肩に手を置いた。


「何を言っているんです? 今一緒にダイの手記を見ていた人間が? ん?」

「そうですよ。エリオットさん」

「カバンに入れておくのが悪りぃ!」


「私は弟が心配です。どうしたら矯正できるでしょうか……サーシャさんが麗しい女神? こんなに恐ろしい女性だというのに……弟には可愛いくて優しいしっかりとしたお嫁さんもらって幸せになってほしいです」

「こらこらこらー? ウェンさん? 軽く私をディスってない?」

「え? ディスってなんてないですよ?」


「真実を述べてるだけですね。」

「ちょっとエリオットさん、話し合いましょうか? 杖で」

「法具をそのように使ってはいけませんよ」

 エリオットが立ち上がれば、サーシャ達も立ち上がった。馬車の外に出れば、舗装された山道の途中だ。


「さてと、お遊びをこれくらいにして」


 街にたどり着けなかった人のための馬車の停留できる区画。周りには石壁が施されある程度の堤防を築いてくれるおかげで野生動物の被害を少なくできる。


「月が綺麗ね〜。よく見える」

 今、この区画にいるのはサーシャ達だけだった。石壁を登り、周りを見渡せば、深い森の先に遺跡が見える。


「はい、遺跡の石もよく見えますね」


「うっし、準備万端。ルースはどうだ?」

 ダリは剣を出して軽く振るうとルースに問いかけた。


「こちらも大丈夫です」

 ニッコリと微笑んだルースの手には針のように長い暗器を手にしていた。


「では、行ってらっしゃいませ」

 ウェンが帽子をとってお辞儀をすると、サーシャとダリ、ルースが闇が広がる森へと駆けて行った。


 エリオットは石壁の上を陣取り、足元に銃を並べ手には弓矢を構えた。


「さっそくお出ましですね」

 月明かりに照らされて現れたのは黒いオーラを身に纏った大きな翼を広げた獣が数頭。それらを弓矢で撃ち落としていく。


 暗い森に落とされた妖魔達の首をダリが剣で撥ね、ルースは頭部を突き刺していく。


「んー翼獅子ですか。この地域は生息地ではないですよね?」

 絶命した翼獅子をツンツンと杖でつつきながらサーシャは黒いオーラを祓った。


「そうですね。もっと南部の暖かい地域に生息します。きっと、あの遺跡に仕掛けられたのと同時に放たれたのかと」

「まぁ、まだマシなのは邪に乗っ取られて知能指数が落ちてることだな……まともな時の翼獅子の狩は面倒だ」


「あらら。巣ができていないと良いのですが」

 暗い森の中から突進してきた翼獅子に素早くサーシャは杖の末端に仕込んである刃物眉間を串刺しにした。


「んー邪を祓うだけにしたかったのですが……急ぎましょう」

「はい」

「おう」

 三人は急いで遺跡跡にたどり着くと朽ちた入り口から中に入っていった。


「神慮めでたく φως(フォス)

 サーシャがつぶやくと杖の先端の玉が淡く光周りを照らした。


「そういや、その玉で変質者の股間ぶっ放したんだっけか?」

「ん? はい。ちゃんと煮沸消毒しましたよ?」

 そう言いながらくるくる回してダリの顔に近づけると、慌ててダリは距離をとった。


「近づけなくて良いわ!」

「あの……その玉って神ノ木から採った樹脂が中に入った有難い杖なんですよね? 煮沸して平気なんでしょうか」

「あー樹脂は……平気です。だって、この杖は元々武器としての機能も備わっていますから、皆さん何故かありがたがって、使わないですけど。そもそも、そのために杖の部分は巨竜の牙を使用してるんですよ?」

「武器として扱っているのはサーシャさんだけですか?」

「んー……エリオット曰くそうらしいです」


 朽ちかけていた遺跡の通路は狭く特に罠もなく、そんな雑談をしている間に、遺跡の中心部にたどり着いていた。


「あーやっぱり、邪の香炉ですか……」

 サーシャが見つめる先には、魔法陣の中心にこの場所に不似合いな黒い香炉が置かれ、そこからは黒い煙がゆらゆらと立ち上り天井に開いた穴の上へと流れている。


「上にはネズミに昆虫?! うぇー嫌です」

「知性がないのが救いですね」

「だな。燃やすか」


 そうダリが言うのと同時に腰のベルトから術が書き込まれた棒を取り出した。

「神慮めでたく 展開せよ」

 ふっと息を吹きかけた瞬間、日が吹き出し天井の隙間にいた動物や昆虫を焼き殺していく。


「では、私はこっちを」

 サーシャは魔法陣を末端の刃物で刻むように裂きながら香炉を突き刺した。


「神慮めでたく ……」

 声に出さずに邪を祓う言葉を放つと香炉は青白い炎に飲まれ焼け朽ちた。


「邪教徒が最近増えてる気がしますね……」

 廃になったのを確認していたサーシャは、とっさに飛び去り隠し刀で何かを弾いた。


「鉢合わせみたいですね」

 飛んできた方を見れば、黒ずくめの男が弓抱えて逃げていくのが見えた。


「逃がしませんよー」

「サーシャさん! それは私の役目!」

 ルースが叫ぶも嬉々としてサーシャは男が逃げた方向へと駆け出していた。


 暗い通路を男は迷わず走り抜けていくのを、同じようにサーシャも追いかけていく。


「追いかけっこって童心に返った感じで楽しいですよね!」

 そう嬉々としながら声をかけるも、男からは舌打ちだけが返ってきた。


「あははは! つれない男はモテないっ…ですっよ!」

 そう言いながらサーシャは杖を男に向かって投げつけ、見事背中にヒットし、男は衝撃で通路に転げ落ちた。


「うぉ?!」

「神慮めでたく 戻れ!」

 そう叫ぶと杖は瞬時にサーシャの手元に戻ってくると、サーシャは走るスピードを落とさずに男との距離詰め、打撃距離に入った瞬間すかさず男に向かって杖を振り下ろした。


「くっそ」

 男は瞬時に転がりサーシャの攻撃を避け、飛び起きると脚に隠していたナイフを取り出すと切りつけた。


「わぉっ! 危ないですね」

 すかさず杖の柄で防ぐと、サーシャは男が似ていた方向に避けた。


「さぁ、どうします?」

「くそっ」

 男は諦め悪くサーシャに向かってナイフで切りつけていくも、それらを全て杖の柄で防いだり、サーシャからも杖の末端の仕込みナイフで突きかえした。


 朽ちかけている遺跡の通路ではこれ以上派手な動きがお互いできない状態。大きく振りかぶれば、先ほどの通路とは違いまた狭まってきている通路ではすぐに壁にぶつかってしまう。


「良い加減、諦めてくれませんかね?」

「……」

「ダメですか。では、お願いします」

「?」

 サーシャが笑みを浮かべて杖を回すと、男は急いで距離をとった。何をする気だと思った瞬間、男は背中に鋭い痛みを感じ、振り返ればそこには、薄目の男が立っていた。


「なっ?!」

 驚いたと同時に男の意識は暗闇に落ちてしまった。


「ありがとうございます。ルース、相変わらず即効性が高いですね」

 サーシャはお礼を言いながら、崩れ落ちた男の顎下に杖をあて、顔を上げさせた。ルースは男のマスクを剥ぎ取った顔は、一般市民のようだと思いながらも口に咥えさせて縛り上げていく。


「いえいえ、むしろ自分の仕事なので。暫くは目覚めませんので担ぎますね」

 軽々と成人男性を肩に持ち上げたルースにサーシャは手を叩いて聞いた。


「よろしくお願いします。組織を聞き出したいですが、できますかねぇ?」

「そうですねぇ、異教徒は皆、口が固いので今回もどこまでできるか」

「困りましたね。勝手に信仰するのは構わないのですが、人様に迷惑のかかる事は害悪……おっと、神使いの私がいってはいけませんね。聞かなかったことにしてください。世界に神は流転の神ただ一人です」

「ははは、承知しました」


 走り抜けてきた遺跡の壁をなんとなしに眺めつつ雑談を交えながら、二人は来た道を戻っていった。


「それにしても古い遺跡ですね。子供が遊んでる形跡もありますが」

「そうですね。チョークの後がありますね……あぁ、ここは狂気の神を祀っていた神殿なんですね」


「狂気の神?」

「はい、ほら、そこに葡萄と踊り狂う人の壁画が残ってますよ」


「おー」


「狂気の神の神殿だから、邪を振りまいても良いとでも思ったんですかねぇ。もう去った神だからといってこのような事に使われてはお怒りになるのに」

 呆れたようにサーシャは言いながら、カリカリと変な術が施されている場所は杖で削って壊していった。


「おう、おかえりよ。こっちは神殿内にいたやばいのは片付けたぜ」

 そういって出迎えたのは煤で少し汚れたダリだった。


「くさーい」

「当たり前だ、獣やら昆虫やら燃やしたからな!」

 サーシャは思わず鼻を指でつまみながら、周りを見渡した。炭とかした動物やら細かいものが地面と天井とあちこちにあった。


「てことで、浄化よろしく!」

「はーい」


 サーシャはポケットから大判のハンカチを取り出すと口元を覆ってから唱えた。

「神慮めでたく 汚れは浄化の輪廻へ 土に帰れ 風よ巻き起これ 息吹の灯火よ」

 サーシャが唱えると炭とかしていたものは崩れ落ち土の中に消えていった。

 そして風が吹き抜け悪臭が抜け、呼吸がしやすい空気へと変わっていった。


「相変わらずめちゃくちゃな術だな」

 ダリの言葉にサーシャは蹴りを入れるもサッと避けられてしまった。

「うるさい」

「流石、神使いです。習った言葉はあくまでも基礎だという事を実感いたしますね」

「ルースさん素敵!」

 ニッコリとルースが褒めるとサーシャは女の子らしいポーズでルースを褒めた。

「あぁ?」

 ダリは呆れたように声を出し、三人は巫山戯ながらも遺跡を後にした。


 戻ってくれば石壁の周りには動物たちの死骸が山盛りになっていた。


「あら、こっちも大変でしたね」

 サーシャは軽くジャンプして石壁の上に乗り、エリオットの横に並んだ。

「えぇ、結界を張ってましたから、中の被害はありませんよ。銃を使わざるおえませんでしたが」

 そういって手に持っていた銃を振った。


「あら、では明日の授業はお休みします?」

「まさか、そこまでマナを消費していませんよ。せいぜい三十発打っただけですから」

「んー相変わらずマナ貯蔵庫ですね。普通、十発打っただけで、皆さん枯渇してひぃひぃ言うのに」

 サーシャは呆れながらエリオットが持つ銃を見た。この銃は撃つ人間のマナを吸収し弾丸を生成しているのだ。

 つまりマナがあればあるほど打ち放題。逆になければ即終了でもある。


「致し方ありません。媒体を使わないとマナを放出できない体質なので」

「……いろんな道具が使えて楽しそうですがね」

 ちなみにサーシャのマナはエリオットほど貯蔵できないため媒体を使っても無駄に消費してしまうだけだった。


「犯人を捕まえたんですね。ではさっさと尋問部屋に運びましょうか」

「はい、エリオットさん」

「そうそう、遺跡調査もしたほうがいいかもしれないわ、こいつ奥に向かっていたから何かあるかも。そこまで深い追いしなかったから」

「わかりました。あとで派遣チームを編成し調査をさせましょう」



「はっ!! また寝ちゃった!」

 ダイは飛び起きて周りを見渡すと、横には縄で縛られた男とその横に座り込むダリとエリオット。そして揺れ動く竜車の中にいた。


「またやっちゃったー」

 頭を抱えるダイにダリは笑いながら頭を叩いた。


「よう、起きたか坊主」

「すいません。寝てしまって。もうお勤めは終わったんですか?」

「えぇ、遺跡の調査は終わりました。犯人も捉えたのでこれから学園に戻るところです。」

 ニッコリと微笑むエリオットも起こっている様子がなくダイはホッとした。だが、狭い荷台であるこの場所にサーシャの姿がなく(男が四人もいればぎゅうぎゅう詰めなのだが)思わず周りを見渡せば、帆の隙間からは護衛のルースが騎竜しているのが見えた。

 残る場所は……。


「サーシャさん」

 馭者の席と隔てる布を上げれば、そこにはサーシャの後ろ姿。横には兄であるウェンが手綱を操っている。その距離の近さに少し嫉妬してしまうのだった。ぐっすり眠らなければ自分が手綱を握って横にサーシャさんが座ってくれたかもしれないのにと。


「お疲れ様です。ダイ」

 にっこりと微笑むサーシャにダイは思わず嬉しそうに答えた。

「サーシャさんも、お疲れ様です!」


「ぐっすり眠っていたやつが何を言ってるんだ」

 元気に答えるダイにウェンは思わずため息を吐きながら、ちらりと後ろを振り返った。


「ご、ごめんなさい兄さん」

「わかっているならよろしい。学園に着いたら俺は犯人を地下に運ぶから、その間ダイは竜達の世話をするように」

「はい」


 ほどなくして学園に到着すると寺院関係者専用の館に入っていった。エントランスまで竜車が入り扉をしめることが可能な作りのため、人の出入りが把握しづらい様式になっていた。


 竜車はダイが、捉えた男はルースとウェンが担いで地下室に運んでいく。その後をエリオットがついていった。


 サーシャは杖をフリフリしながら館全体にかけていく。

「神慮めでたく 防音防音っと」

「相変わらず嬢ちゃんの法術はルール度外視だな」

 本来なら決まった文言でかけなければいけないのはダリですら知っている基本だ。それでもこのサーシャは思った言葉を使うだけで実は術が使えてしまうのだ。


「そうですか? 気持ちの問題だと思いますよ?」

 それが普通の人にはできないのだと、ダリは心の中で思いながら、スキップしながら進むサーシャの後をついていく。防音効果は確実に聞いており、杖の先からうっすらと見える光を境界線に音が阻まれていく。


「すげぇなー」

 光の内側に入ってステップを踏むサーシャの足音は、光の外側にいるダリの確認をしながら台所へと向かった。


「で、ですね。お腹が空きました!」

「だろうな。で、何をご所望で?」

「ふふふ、ダリシェフでは、肉料理をお願いします!」

 護衛騎士であるにも関わらずダリの料理の腕前はプロ並みのため、料理担当はいつもダリが多い。

 もちろん本人も料理好きなのもあるが、サーシャはシンプルな料理(焼く・煮る)しかできず、エリオットに関しては料理の仕方もわからないのだ。


「んーじゃー香草焼きにするかな。エリオットは肉嫌がるだろ?」

「そうですね。拷問の後に肉は食いたく無いとか言いますねー私は平気ですが」

「……本当お二人さん、中身が真逆だよなぁ」

「なんです? 私は女神と称えられるほどの乙女ですよ」

 胸を張ってサーシャが自慢げに言うと、ダリは大きく包丁を振って肉を切り落とした。


「それはダイだけだろうが……こわいねぇピュアな子は」

「何をいってるんです。ピュアな子だからこそ、変なフィルターが掛からず真実を見ているのですよ」


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