報告会
「つまり、馬車ごと移動したってこと?! 本当に?!」
サーシャ達がひと暴れした次の日の朝食の席で、サーシャは持っていたパンを落としてしまったし、他の人たちもルースの報告に一瞬固まるほどに驚きを禁じ得なかった。
「はい、今日の朝、さっそくトンネルをくまなく見てきました。法術を使った形跡はなく、馬車を隠せる場所も通路もありませんでしたね」
「つまり、魔道具で移動したと?」
ルースの言葉にエリオットが思わず重ねてきいてしまった。それに対しルースが頷くと、今度はダリが不思議そうに聞いた。
「そんなこと可能なのか? エリオットのマナでさえ、馬車ほどの大きさを移動させるマナは厳しいんじゃないか?」
「そういった魔道具は利用したことがないので不明ですが……。そもそも転移の魔道具は禁止されているはずです」
「そうよ! だってマナの消費がハンパないのよ? たしか、本一冊転移させるのに、直径1メートルの土地が枯れるわ。それを馬車サイズよ? あそこら辺いったい枯れ果てるわ! 法術では信仰力がかなり高くないと出来ないから。使ったら私にはすぐにわかるし!」
「何か効率の良い魔道具を作った者がいるとか、かぁ? 証拠隠滅されたんじゃねーか?」
「あんな暗闇では不可能ですよ。それに一応ざっくりと、消えた直後に確認しました」
「まさか! 神の領域に手を出した者がいるってこと?! 人間じゃないわよそんなやつ!」
「法術でなければ、魔道具としか考えられません。もしくは邪神のちからとかでしょうか? 一瞬で移動しましたから。私の探知の法術は完璧です」
「ありえない。あっちゃいけないことよ!」
サーシャはパンを口に詰め込むと真剣に考え始めた。法術や人と神の領域にたいして寺院関係者として見過ごせない。エリオットはまだ、この話に対して半信半疑だった。魔道具とかで転移ではなく、後をつけられていることに気づいて何かされたのでは?っと思っていると、ダリが口を開いた。
「効率がいい魔道具なら良いんじゃねーか?」
「経典には、神が許可した者以外は特殊な技術の使用を禁止しています。転移は法術に長けた者のみ。聖王が許可した寺院関係者しか使用ができません。世界に混乱を招くためだと言われていますが。実際は歪みが発生しやすくなるのを防ぐためだと言われています」
ダリの質問にエリオットはモノクルを拭きながら、昔習ったことを思い出しながら言った。
「歪み?」
「転移は結局、点と点を無理やりくっつけるのよ。魔道具はくっつける力をマナで補うわ。逆に法術は神や精霊の力を借りてくっつけるの。必要な力はどれも一緒よ。効率もクソもないわ」
そういってサーシャはお茶を飲み干すと立ち上がった。
「とりあえず、これは聖王に伝えるわ」
「それが良いでしょうね。私は、もう一度トンネルを捜索したほうがいいと思いますね」
「というと?」
「私の調査が不服ですか?」
ルースの言葉にエリオットが首を振った。
「いいえ。だからこそ怪しいと思います。わざわざ黒い馬車で出入りして怪しんでくださいと言っているような者ではないですか。そしてトンネルの中で消える。罠のような気がするんですよねー。念入りに作られた……」
「罠ですか……」
「えぇ」
その言葉にルースは眉根をひそめた。
「確かに、第一王子は守られてはいましたが。暗殺しようとしている者が多かったですね」
「えぇ、そして第二王子は密会。出来すぎていて気持ち悪いですね。それかこの国は、ば……おっと失礼」
「エリオットが言ったら、別の戦争が起きるからやめてちょうだい」
「はいはい」
次々出てくる問題にサーシャは頭を悩ませた。異動願いはできるだろうかと思いながらも、朝食をすませると、エリオットと一緒に聖堂に赴き、祈りを捧げおえれば、小部屋に入り聖王と連絡を取るべく、杖をふるった。
「神慮めでたく ……」
その後に続いた言葉は不可思議な音となって耳に残らない。
淡く部屋が輝くと、石の壁が水面のように揺らぎ別の場所を映し出した。
『あら、おはようございます。サーシャさん」』
映し出されたのは、気の強そうな女性だ。サーシャ達が着ている白い法衣と似ているが、刺繍が施された豪華なものを身にまとっている。
「おはようございます。聖王」
『いやだ、昔みたいに名前で呼んでよ〜』
「寝言は寝ていってください。だったら私を孤児院に戻してくれるのなら」
『それは却下です。優秀な子ウサギは立派な狼になったでしょ? あんまり増えすぎると怪しまれてしまいます』
「狼なんて育てた覚えはありませんが?」
『そうですか? 貴方が育てると優秀な寺院関係者が増えて良いのですが。なにぶん、他の国から怪しまれてしまうので、バランスが必要なんですよ』
「はぁー。それで、報告したいんですけどー」
『えぇ、なんでしょう』
「星持ちが一人減りました」
『あら、第一王子がなくなったの?』
「いいえ、第一王子はなんとか生きてます。第二王子の星がほぼ消えましたね」
『……へぇー。王族の特権が消えるなんて。それって』
「完全に違う神を崇めています。この国、結構腐敗が進んでるみたいです」
サーシャの言葉に聖王は嫌悪感をあらわにした。そして、サーシャがこれまでの内容を伝えきると、聖王の顔は厳しさを増した。
『根深いわね……。でも同時に強い星もいるわ。国自体を潰すわけにはいかない』
「そうですね」
『人員が足りないわね。ちょうど、浄化が終わった組みがあるから、そちらに行くようにさせます。それまでに、引きをお願いします』
「わかりました」
『魔道具の方は、嫌な噂を聞いたことがあるわ』
「嫌な噂ですか?」
『えぇ、魂を使った魔道具があるという噂よ。危険すぎて箝口令を引いてるわ』
「ぇ」
『他の神使いの報告で、それは武器だったらしいだけど。数人の魂を消失させて寺院を破壊してきた邪教徒がいたのよ。魔道具は即破壊したそうだけど……』
「確かに、人の魂をつかえば、転移できますね…」
恐ろしい魔道具の存在に、サーシャはふと、先日の偽の教師を思い出した。なぜマナの量を計らせたのか……。まさか燃料にするために? と嫌な想像をして打ち消した。曲がりなりにも、この学園は貴族も通うところだ。行方不明者が出れば捜索される。
たとえ一般人であっても優秀な人材だからこそ、捜索される。
「学園の周りのアジトは潰しきったので、しばらくは安全だとは思います。山の中の穢れも祓いましたし」
『そう?……私にはまだ安全になった気がしないでわ。嫌な予感は消えていない……』
そう言いながら聖王は目を閉じて祈りを捧げ始めた。
『まだ、ネズミ達がいるわ……黒いネズミが』
「はぁ……まだいますか。聖王の神託は当たりますからね」
再び目を開けた聖王の瞳は淡く光っている。
『神慮めでたく どうか、星持ちを助けてくださいね』
「……わかっているわ。聖王が望むのであれば」
『はい』
にっこりと微笑む聖王は手を振ると、映像が歪み元の壁に戻ってしまった。
そして、サーシャはぐったりと背中を壁に預けて大きなため息をついた。




