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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio tre 悪魔祓いの家系図
9/78

Albero genealogico dell'esorcismo. 悪魔祓いの家系図 I

「コンティ家は、中世の初期頃まで悪魔払い(エゾルチズモ)の家系だった」

 おもむろにアノニモは話し出した。

「聞いたことはないが」

「十世紀辺りまでの話ですから。その頃にもすでに、ほとんどやってはいなかったみたいですが」

 アノニモがそう説明する。

「家業のようなものとして表立ってやっていたのは、七世紀くらいまでですかね」

 アノニモがゆっくりと腰に手を当てる。

「もちろん、コンティ家のすべての者がやっていた訳ではありません。資質のある者とない者はいた」

「資質のある者が担っていた訳か」

「ええ」

 アノニモがうなずく。

「資質のある者にも二通りあって」

 アノニモは指を二本立てた。

「悪魔を直接(ほふ)る能力を持つ者と、悪魔を強引に従え使役する能力を持つ者」

 最近見た光景をランベルトは連想した。

 礼拝所でアノニモが呼び出した者たち。あれは何者だったのか。

「当時は為政者にも頼りにされていて、その功績で身分と所有地を(たまわ)ったわけですが」

 アノニモは緩く腕を組んだ。

「その後、教会が力を持ち始めたので、面倒な争いを避けてふつうの領主の家に移行していったわけですね」

 寝台のヘッドボードの上にある絵画をアノニモは見上げた。

「コンティの紋章がなぜ薔薇なのかと先ほど言いましたが」

 アノニモは言った。

「確かなことは私にも分かりませんが、おそらく殉教を表す薔薇の花を紋章にして、教会と対立する気はないと暗に示したのかと」

「それで」

 ランベルトは切り出した。

「その悪魔祓いの能力を持った者は、いま一族内にいるのか」

 アノニモはじっとこちらを見た。

「そこまでは分からないか?」

「まずはあなたが」

 ランベルトは不審に思いながら仮面の顔を見た。

「悪魔祓いなどやったことはない」

「資質のある者という意味です。女悪魔があなただけ(たぶら)かせずにいたでしょう?」

 アノニモが言う。

「そもそもあの者たちと会ったのは、礼拝所が初めてだが」

「あれ以前から何かしらの接触はしていたのだと思いますよ」

 アノニモは言った。

「それでどうにもならなかった。それどころか完全に正気を保ってお父上の説得まで始めたので、あなたを自分たちの世界に引きこんだ」

 アノニモざ指先で仮面の中心を抑える。

「私と会った、あの夢とやらです」

 ランベルトはいまだ受け入れ難い感覚で仮面の男を見た。

 一通りの信仰に関する教育はされていたが、実際には悪魔など想像上のものだと思っていた。

 先日の礼拝所での出来事がなかったら鼻で笑っていただろう。

「あなたに能力があるとしたら、屠る方の可能性が」

「なぜ分かる」

「使役する方の者は、代々押しの強い性格の者が多いみたいですから」

 ランベルトはつい目を丸くした。

 本当のことか、それとも突然の冗談か。

「……押しが弱くて悪かったな」

 ランベルトは眉をよせた。




 不意にアノニモは寝台に近づき、ランベルトを背中に(かば)う位置に立った。

 空気がぐらりと揺れる感覚。

 部屋の明度がやや落ちたように見える。

 壁に設えられた金縁の姿見の前に、長身の男性がいた。

 良家に仕える従者のような服装。

 胸に手を当て、深々と礼をしている。


「突然の入室、失礼いたします。コンティ家のランベルト(ぎみ)とお見受け致します」


 答えても良いのかと、ランベルトはアノニモを見上げた。

「貴殿は?」

 アノニモが静かな口調で応じる。

主人(あるじ)より、ランベルト(ぎみ)の居所の確認を仰せつかりました。従者のバルドヴィーノと申します」

「確認のみか」

 アノニモは尋ねた。

「確認のみでございます」

 バルドヴィーノが顔を上げる。

 整った精悍な顔立ちだ。

 色香のある切れ長の目。波打った長い灰髪を、後ろで一つに束ねていた。

 ふとおかしな感覚をランベルトは覚えた。


 この男と、どこかで会わなかったか。


「本当に確認だけか」

 アノニモが問う。

「そちらの仮面の御仁は、勘違いをなさっている」

 バルドヴィーノが微笑する。

「我々は、言われているほど残虐な方法など取らない。穏やかに、合理的な方法で目的の方とお近づきになるだけです」

「貴殿の仲間の女どもはもっと正直だったが」

「どの女どもでしょう?」

 バルドヴィーノは唇の端を上げた。

「ふざけるな。父をああまでしたのは……!」

「ランベルト」

 つい声を上げてしまったランベルトを遮るように、アノニモが目の前で白い手袋をつけた手を振る。

「こんな者の話をまともに聞くことはありません」

「ずいぶんですね」

 バルドヴィーノは苦笑した。

「こう言っては何だが、あなたはランベルト(ぎみ)に仕え始めてまだ間もないのでは」

 ランベルトは顔を上げた。

 ここの使用人の顔ぶれでも把握しているのか。それともただの当てずっぽうか。

「ランベルト(ぎみ)

 バルドヴィーノはこちらに目線を向けた。

「出会ったばかりの顔を隠した男が信用できますか?」

 バルドヴィーノは穏やかな笑みを浮かべた。

「もしかしたらその女どもとやらと共謀しているのは、そちらの仮面の御仁かもしれない」

「聞かないでください。精神からぐらつかせるのが彼らの手口の一つなんです」

 アノニモが言う。

「かといってランベルト(ぎみ)は、貴殿を信用しているのか?」

 バルドヴィーノはアノニモを見て口角を上げた。

「当然。私は契約者に対する愛情が違う」

 なぜか含み笑いをしながらアノニモは答えた。

 なぜそこで笑いながらなのだ。

 どこまで本気で会話をしているのかとランベルトは額に手を当てた。

 人の精神をぐらつかせるのが悪魔の手口なら、肝心な会話ほど撹乱(かくらん)するのがアノニモの手口ではないかと思う。


「バルドヴィーノと言ったか」


 ランベルトは口を挟んだ。

「あなたの主人は、私の居所だけを確認しろと言ったのか」

「おっしゃる通り」

「何のために」

「お気に召されているからではないでしょうか」

 ランベルトは恭しく対応する従者をじっと見た。 

「あなたの主人の名は?」

「今のところは差し控えさせていただきたく」

「人のことが言えないのでは?」

 アノニモが横から口を挟んだ。

「わたくしの主人は、いずれ改めて挨拶するつもりでおります」

「改めて? 私がすでに知っている人物なのか?」

「追求するのはやめましょう、ランベルト」

 アノニモが吐き捨てるように言う。

 顔のすべてが見えている訳ではないのに嫌悪の表情をしているのが何となく分かった。

「従者が仕えているのなら、この者の主人は男性です。気に入ったなどと如何(いかが)わしい」

「何事も例外はございます。主人は女性です」 

 バルドヴィーノは言った。

 アノニモは従者を睨むように見た。

「非常にお美しい方です」

 バルドヴィーノが続けてそう言う。

 ランベルトは眉をよせた。

 この台詞を、どこかで聞いた。

「いずれにしろ確認はできましたので」

 バルドヴィーノは一礼し、一、二歩後ろに引いた。

 そのまま姿見の中に溶けるように消える。

「ええと」

 ランベルトはその様子を眺めて呆けた。

 次々と非現実的なことが起きて、いちいち理解が追いつかない。

「……あれを撃てば良かったか?」

 アノニモは無言で自身の横のあたりの空間を見た。

 何も見えないが、アノニモの背後の空気が部分的に歪んだように感じられる。

「探れ」

 アノニモは見えない何かに命じた。





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