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Portami una botte di vino. 葡萄酒の樽を持ってこい II

「そういえば、父上が鏡だらけに改装したうちの礼拝所はどうなりました」

 不意に思い出しランベルトはそう尋ねた。

「とっくに片付けさせて、元の祭壇に戻したに決まっているだろう。教職に見られたら異端審問以前に恥ずかしすぎる」

 パトリツィオは眉を寄せた。おもむろに腕を組む。

 扉がノックされた。

 「出ろ」という風にパトリツィオが(あご)をしゃくる。

 兄が今でも生きていたら自分は従者のように使われていたかもしれんと思いつつ、ランベルトは従った。

 父の傍から離れ、扉の方に向かう。

 扉を開けると、執事が葡萄酒の入った酒瓶(カラッファ)を差し出した。

(たる)と言ったろう、執事」

 パトリツィオが父の寝台の横で声を張る。

「はっ」

 執事はそう返事をし、丁寧に一礼した。

「現在、当家は全館一斉清掃中でございまして、地下の貯蔵庫から樽を運び出せる手の空いた者はどうしても見つからず、こちらでご勘弁を」

 チッとパトリツィオは舌打ちした。

 つかつかと近づいて酒瓶(カラッファ)を受け取る。

「相変わらずだな、お前」

 パトリツィオは薄い瑠璃色の目を眇めた。

「あなた様こそ相変わらずで何より」

 ランベルトはぽかんとして二人のやり取りを見ていた。

 生前は兄の気の荒いところを、こうして執事が抑え込んでいたのか。

 知らなかったはずだと思った。




 酒瓶(カラッファ)の葡萄酒をちょろちょろと頬にかけると、父はややしてから顔を(しか)め、ぶっと口に流れたものを吹き出した。

 寝台の上で(うな)りながら腕を大きく振る。寝具に赤紫色の染みが付いた。

「起きんか、役立たず。全て解決したぞ」

 父の顔の真上に空になった酒瓶(カラッファ)を構え、パトリツィオは高圧的に言う。

「兄上、仮にも父上だぞ。もう少し……」

 困惑しながらランベルトは口を挟んだ。

 パトリツィオは、父の枕元に荒っぽく両手を付くと、いまだ酔いで恍惚となっている顔の上に覆い被さった。

「起きられては。情けなく不甲斐(ふがい)ない父上」

 父にグッと顔を近付け、声を荒らげる。

「丁寧に言えばいいというものでは」

「自分の息子も、まして家も守れん当主など、この扱いで結構」

 ふん、と鼻を鳴らしてから、パトリツィオは父から離れようとした。だが不意に父は目を開けると、両手をパトリツィオの首に伸ばし抱き寄せた。

 咄嗟のことにパトリツィオはバランスを崩した格好で寝具に手を付く。

「アンナ」

 パトリツィオに頬擦りしながら、父はご機嫌な表情でそう言った。

「……母上と間違えておられるのか」

 さすがに呆れながらランベルトはそう呟いた。

 チッとパトリツィオが舌打ちする。

「アンナ、わしが悪かった。戻って来てくれ」

(うるさ)い」

 父の腕を強引に振りほどきパトリツィオは起き上がった。

 不機嫌な表情で寝台から離れると、ランベルトの傍に歩み寄る。

「お前も、こんな当主になったら葡萄酒ぶっかけに来るからな」

 そう言い、くすんだ金髪を掻き上げる。宙を見上げ荒く溜め息を吐いた。

「この屋敷での怪異の際に逃げ出した使用人が、いくらか外で喋ったらしいので後で教会から何か聞かれるかもしれんが」

 おもむろにパトリツィオはそう切り出した。

「使用人達が慰労の宴会で酔ったようだという話で通せ。執事とは打ち合わせ済みだ」

 やや下を向き、パトリツィオはゆっくりと手袋を直す。

「屋敷内に残っていた遺体は埋葬済みだ。遺族には執事から弔慰金を渡した。今後も余計なことを言い触らしそうな者には、脅しをかけてある」

 そう言うと、パトリツィオは腰に手を当て宙を見上げた。

「まあ、後始末はこんなものか」

 後始末という言葉に、ランベルトは眉を寄せた。

 急激に強烈な寂しさが湧き上がる。

「冥界に戻られるのか、兄上」

「戻る。この件のために許可を得たのだからな」

 ずっといてくれという言葉をランベルトは呑み込んだ。

 不可能だろう。本来はもう違う世界の住人となってしまった人なのだ。

「兄上」

「ああそうだ」

 そう言い、パトリツィオは少し首を後ろに傾けランベルトと目を合わせた。

「お前から貰う報酬を伝えるのを忘れていた」

 え、と呟いて、ランベルトは目を見開いた。

「本気で報酬を取るつもりだったのか……」

「当たり前だ。無償で消滅の危険まで負っていられるか」

 ランベルトは横を向いた兄の顔を見詰めた。

 金子(きんす)や聖書の読み上げなどではないと以前答えていたが、一体何が欲しいのか。



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