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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio diciassette 禁断の恋の行方
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La fine dell'amore proibito. 禁断の恋の行方 II

「本当にパトリツィオか……」

 ガエターノは、詰め寄った顔を呆然と眺めた。

 (にわか)に気まずい気分にでもなったのか、パトリツィオは少しだけ身体を離し、小さく舌打ちした。

「……本当は、お前だけは会うつもりは無かった」

「避けられているのだろうとランベントには話していた」

 ガエターノは苦笑した。

「笑っている場合か」

 パトリツィオは声音を低く落とした。

「ランベントがもし命を落としていたら、即座にお前の寝室に首を掻っ切りに行くところだった」

 ガエターノは複雑な表情でパトリツィオを見ていた。

「それこそ、どこぞの外国の童謡張りにな」

「“ お前を寝台に案内する蝋燭(ろうそく)が来た、お前の首を掻っ切りに首斬り役人が来た ” か」

 僅かに肩を揺すり、ガエターノが笑う。

「幼少の頃、度々この童謡であなたに脅かされたな。懐かしい」

 歳が離れていたランベントに比べ、ガエターノの方がパトリツィオと接していた思い出は多い。

「そうなれば……クラリーチェは、わたしから解放されて晴れてどこぞの良い御家に嫁げるのかな」

 ガエターノは自嘲するように口の端を上げた。

「他にやりようはなかったのか」

 そう言ったパトリツィオの顔を、ガエターノは切なそうに眉を寄せ眺めた。

 何度も考えたのだと言いたげな表情だ。

 それこそ気が磨り減るほど考えて、道ならぬ想いを何度も否定しようとしたのだと。

 パトリツィオは目を眇めると、ランベントの方に向き直った。

 白い手袋を嵌めた手でガエターノを指す。

「ランベント、向こうに帰ったらお前の権限でこいつを一族追放にしろ」

 え、と呟きランベルトは叔父を見た。

 受け入れたかのように、ガエターノが微笑する。

「それくらいで済ませてくれるのか」

「兄上、権限があるのは、父う……」 

 (うるさ)い、とパトリツィオは弟の言葉を制止した。

「役立たずは無視しろ。お前が代行でいい。私が許す」

「許すとは……」

 こちらを現在の跡継ぎと認めておきながら、いざ重要な判断となるとこれなのだなとランベルトは顔を(しか)めた。

「ポンタッシェーヴェの所有地の管理は、今後は他の親戚に任せることにする。お前は遠方の土地に移住ということでいいな」

 厳しい口調でパトリツィオは言った。

「娘は、ランベルトが直接会い意思を確認する。お前に付いて行くという意志が本当なら、共に移住を許可する」

「……私が聞くのか?」

 困惑してランベルトは眉を寄せた。

 色恋沙汰に介入するのは苦手だ。ましてそれが、道ならぬ恋とあっては。

「当主の代行を務める立場は、お前の方だろう」

 すました顔でそう言うパトリツィオに、ランベルトは「は……」と気の抜けた返事を返してしまった。

 何か面倒なところだけ押し付けていないか。つい勘繰ってしまう。

「それでいいな」

 パトリツィオはぴしゃりとした口調で言い、話を強引に終わらせた。

 再びランベルトの手首を強く引く。分岐した廊下の片方を迷いなく選び、先に進んだ。

 相変わらずの暗さにランベルトはバランス感覚が定まらず、脚をやや(もつ)れさせて後に付いて行く。

 廊下には大きな窓が並んでいたが、外の薄暗い墨色の景色は、足元を照らす役には立たない。

 一定間隔で設えられた燭台には火が灯されてはいたが、ランベルトの目には殆ど助けにはならなかった。

 壁や床は石造りらしく、三人分の靴音がカツカツと響く。

「パトリツィオ」

 後ろを付いて来ながら、ガエターノは先頭のパトリツィオに呼び掛けた。

 微笑しているのかと取れる感じに、口調が微かに浮わついている。

「罰を受ける者が、何をへらへらと笑っているか」

 振り向かずパトリツィオはそう嗜めた。 

「馬鹿者が」

 背後で衣擦れの音がする。口元を抑えたのか。

「パトリツィオ」 

 ガエターノがもう一度呼び掛ける。

「……あなたが生きていたら、せめて相談できていた」

 無言でパトリツィオは前方を歩いていた。

「そうすれば、もう少し違う選択が出来たかもしれない」

 パトリツィオは特に何も答えなかった。

 敢えて無視しているのかもしれないが、ガエターノは構わずに続けた。

「こんな選択をしてしまう前に、一度あなたと話をさせて欲しかった」

 薄暗い視界にぼんやりと浮かんだ兄の背中をランベルトは眺めた。

 答えてはやらないのだろうか。

 代わりに何か声をかけてやろうと、叔父の方を振り向く。

「……馬鹿者」

 先にパトリツィオが言った。

「頼りにしてくれるのは嬉しいが、道ならぬ恋などに理解があるとでも思っているのか」

 内心では、死んで何も相談には乗れなかった自身の方を責めているのだろうか。酷く切ない口調にランベルトには感じられた。

 ガエターノが、ク、と短く笑う。

「少なくとも、私が知る人間の中で一番頭が固そうではない」

「何だそれは」

 不機嫌そうな声でパトリツィオはそう返した。

 ランベルトの手を引く。それ以降は何も言わず、無言でランベルトを先導した。

「ランベルト」

 背後からガエターノが小声で話しかけて来る。

「よくやった」

 ランベルトは叔父の方を振り向いた。確か大広間を出る際にも兄にそう言われたが。

「正直パトリツィオも殺戮は嫌だったと思うよ。それでもやむ無しと思っていたのだろうが、お前がお人好しな提案をしてくれたので最後は助かったと思う」

 暫くコツコツと靴音が響いた。長い廊下だ。どこまで続くのか。

「パトリツィオとダニエラ殿は似ているな。懸命に残酷なふりをしているところが」

「聞こえているぞ」

 先導をしながら、パトリツィオは低い声でそう言った。





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