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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio diciassette 禁断の恋の行方
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La fine dell'amore proibito. 禁断の恋の行方 I

 広間から続く長い廊下。ランベルトは早足で歩く兄に手を引かれ進んだ。

 廊下の燭台の火は灯っていたが、広間と同様に薄暗くてよく見えず、兄が手を引いてくれていなければ歩けていたかどうか怪しい。

 見上げると天井は非常に高いようだったが、細かい部分まではっきりと認識することは出来ない。

 カツカツと靴音を立て歩く兄の将校服の背中を、ランベルトはじっと見た。

「いいのか、兄上。今後永久に関わらずでは、ダニエラ殿の地位も、あの二人が本当に婚姻するかどうかも確認が出来ないのでは」

「そんなものは知らん。要するにあれは、お互いの面子(めんつ)を保つための合意だ。あとはこちらの害にならない部分なら無視して構わん」

 そうパトリツィオは言った。

「だから女王様も、途中から口を出さなかっただろう」

 ランベルトは兄に掴まれた手首を見下ろした。

 バルドヴィーノと兄が目線を交わし合ったように見えた辺りから話の向きが変わったように感じていた。あれが暗黙でのやり取りだったか。

「御家同士の揉め事など、最終的にはこんなものだ。よく覚えておけ」

 背中を向けたままパトリツィオは言った。

「……そうだな」

 複雑な心境でランベルトはそう返す。

 本来なら、現在の跡継ぎである自分がやらなければならなかったことだ。

 兄が人霊という形で来てくれていなければ、どこまでのことが出来たのか。

 不意にチッ、とパトリツィオは舌打ちする。

「またこんなことをやらされるとは」

 ランベントは兄の将校服の背中を見た。

「役立たずの父の代わりに、以前はこんな話し合いを何度もやった」

「……は」

 ランベントは兄の背中を凝視した。

「大半の交渉事は私が名代としてやっていた」

 ランベントは半ば呆然とした。

 父は、昔は中々の切れ者で通っていた時期もあったのだが、最近は切れ味が悪くなったとも(ささや)かれていた。

 期待していた長男を亡くし、力を落としたまま時が過ぎているのだろうなどと言われていたのだが。 

 あれは兄が作り上げていた評価だったのか。

「……本当の話か、兄上」

「冗談でこんな情けない親の話をするか」

 聞くのではなかった、とランベントは思った。

「あの役立たずが」

 パトリツィオが吐き捨てる。

 成程こういった話を聞けば、兄の父に対する終始の苛々(いらいら)も分からなくはないが。

「あちらに帰ったら、執事が何を言おうが腸詰めと一緒にぶら下げてやる」

「兄上、言うことが段々過激になっているのだが」

 ランベントは眉を寄せた。




 手首を引かれ、だいぶ歩いた。

 元いた大広間の扉は既に見えず、今歩いているのが城のどの位置なのかすら分からない。

 先程まで一定間隔で設置されていた燭台は、今は殆ど無い。

 飾りもなく殺風景な内装らしいのは、使用人用の通路か何かだからなのか、それとも単に古城だからなのか。

 絨毯(じゅうたん)も敷かれていない石の床に、早足で歩く靴音と、それにやっと付いて行く靴音が響いている。

 時折ガラスの無い明かり取りの窓から外が見えたが、墨色の空に黒い雲が渦巻く上空、それを枯れ枝のような木々が仰ぐ相変わらずの景色だ。

「どこまで行くのだ、兄上」

 暗くてよく見えもしない廊下をランベントは振り向いた。

「あちらの世界に戻れる場所だ」

「特定の場所があるのか……」

 以前、何も知らずここに連れ込まれていた時は、気が付いたら父の私室にいた。

 今回来た時はバルドヴィーノに手を引かれて来たが、あちらの世界とこちらの世界との境目を通った時の記憶が定かではない。

「私一人なら行き来は簡単だが、生身のお前はとなると」

 そういえば兄は霊体であったと改めてランベントは思った。

「お前は行き来する資質はあまり無いらしいな。行き来した際の記憶がところどころ消えたりしている」

 手を引かれながらランベントは無言で頷く。

「逆にガエターノは、その資質だけはあったらしい」

 そうパトリツィオは言った。

「ポンタッシェーヴェの所有地には、ここと繋がる場所がいくつかあるんだが」

 不意に、パトリツィオが前方を凝視した。

 一度立ち止まりかけまた歩き出す。

 何かあったのかとランベントは同じ方向を見たが、数歩先すら暗くてあまりよく見えない。

 やや速度を落とした感じで、パトリツィオは歩を進めた。

 コツ、と前方から誰かの靴音が聞こえる。

 暫くしてから、通路の分かれた辺りに誰かがいるのに気付いた。

 黒っぽい外套を羽織った長身の人物だ。

 近付くと、黒髪をきちんと整えた身形(みなり)の良い男性だと気付く。

「叔父上……?」

 明かり取りの窓からごく薄く射した光源の分からない光で、男性の口元の辺りが照らされた。

 

 叔父のガエターノだ。


「話は付いたようだな」

 何から言ったら良いのかという顔で、ガエターノは目を眇めた。

「貴様、ガエターノ」

 突然パトリツィオはつかつかと歩く速度を速めた。

 手を引っ張られ少々前につんのめりながら、ランベントは兄の後を追う。

「兄上、少しの間ならお手を離してくださっても結構だ」

「おいこら、ガエターノ」

 パトリツィオは手は離さず、そのままガエターノに詰め寄った。

「幼少の折に、夜の城門の抜け方やら、修道女と遊ぶ方法やら教えてやった恩も忘れて、よくもうちの胃腸の弱いのを危険な目に会わせてくれたな」

「だからその胃腸の弱いのとは何だ、兄上。気に入っているのか」

 つんのめってふらつき、ランベントは兄の服の袖を掴んだ。



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