Una coppia di demoni. 一組の悪魔 IV
女性をダンスに誘うような手の差し伸べ方に見えた。
引き続き何かの冗談をやっているのだろうか。ランベルトは困惑してじっと兄の手を見詰めた。
何をぐずぐずしているのかという風にパトリツィオは舌打ちした。ランベルトの前に一歩踏み込み、強引に手を取る。
強く手を引き、そのまま広間の出入口へと向かう。
やや前につんのめりそうになりながらランベルトは付いて行った。
振り向くと、ダニエラは玉座の前で腕を組み、相変わらず無表情でこちらを見ている。
「よくやった」
背中を向けたまま、不意にパトリツィオは小さな声で言った。
「兄上」
広間出入口の重厚な巨大扉の前まで来ると、パトリツィオは足を止めた。
すぐに扉を開けようとはせず、暫く宙を眺めている。
何気なくランベルトは、玉座の前にいる二人をもう一度見た。
バルドヴィーノが、いまだこちらに背中を向けていた。
兄の次の行動を彼は予測しているのではないかとなぜか直感的に思う。
不意に広間の奥から強烈な殺気のようなものを感じた。
「兄上」
将校服の背中をランベルトはもう一度見た。
パトリツィオはゆっくりと振り向き広間の奥の方を見やると、静かだが通る声で言った。
「以上、話し合いは終わりだ。この合意に反対する者は全て消せ」
広間中が赤い禍々しい空気に包まれた感覚を覚えた。奥の方から特に絞り出すような深紅のどんよりとしたものが漂っている。
はっとランベルトは諸侯たちの集まった場所を振り向いた。
相変わらず奥は灯りが届かず、やっと人の頭部のいくつかが認識できるだけだ。
複数の頭部が大きく揺れ、圧し殺した呻きが聞こえる。
骨を噛み砕くような音。
局地的に赤い気がいくつも弾けたかと思うと、異様な動物や植物の姿が天井に向けて伸び、細くなり消える。
「なん……?」
思わずランベルトは身を乗り出した。その腕をパトリツィオが掴む。
玉座の方を見やると、変わらず無表情で広間奥を見詰めるダニエラと、こちらに背を向け落ち着き払ったバルドヴィーノがいた。
「女王様は、案外政敵が多かったようで」
ククッと肩を揺らしてパトリツィオは笑った。不意に肩越しにランベルトの方を振り向く。
「使用人の仇はこれで収めろ」
ランベルトは横目で兄を見た。
決して、殺戮が好きという人ではない。出来うる限りは殺すなどしたくはない人だと思う。
だがこの人は、必要なら殺戮に対しての本能的な嫌悪感や罪悪感すら耐える覚悟でいるのか。
幼少の頃の自分が、兄に対して近寄りがたさを感じていたのは、あるいはこの覚悟の強さに圧倒されていたのか。
赤い禍々しい気は、時おり薄くなり強烈に濃くなりしながら広間奥に留まり続けていた。
骨を噛み砕くような音が切れ目なく続く。
甲高い音吐と、地を這うような低い音声とがひっきりなしに混じり合い、天井や壁の飾りに何かが当たっては小さな火花のようなものが散った。
しゅるしゅると無数の蔓のようなものが天井に伸び、伸びきったところで千切れて消える。
所々から暗い橙色の炎が上がっては、別の人影の頭上へと落ちた。
「兄上」
思わずランベルトは兄を振り向いた。
パトリツィオは、腕を掴んだ手に僅かに力を込めた。ランベルトの方は見ず、黙って戦況を伺うかのように広間奥を凝視している。
やがて、広間の奥が静まり返った。
何度かパトリツィオと共にいるのを見た厳つい火焔使いが、獣のような動きで奥からこちらへと向かって跳び跳ねた。
目の前に着地すると、パトリツィオに向かって頭を垂れ跪く。
「ご苦労」
続けてパトリツィオは静かな声で言った。
「退け」
人影の大半が一斉に姿を消した。
赤い気が、火を消した後の細い煙のように辺りをうっすらと漂っている。
「これで反対する者は無しだ」
パトリツィオは言った。
「全会一致と見做して、コンティ家とバルロッティ家の会合はこれで終了とする」
そう静かに言うと、パトリツィオは重厚な扉を開けた。
「今後は、合意の内容を遵守し永久に関わることなきよう」
「承知」
こちらに背を向けたまま、バルドヴィーノが淡々とした声で言った。