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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio sedici 一組の悪魔
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Una coppia di demoni. 一組の悪魔 III

「答えは? 女王様」

 パトリツィオはそう言い、改めてダニエラの首に回した腕をグッと上げた。

 ダニエラが歯を食い縛り顔を歪める。

 胸に咲いた巨大な薔薇が脈打つような動きを繰り返し、先程よりも更に痛々しく見える。今にも鮮血が滴ってきそうにランベルトには感じられた。

 ふとバルドヴィーノの方を見ると、微かに顔を(しか)めている。

「兄上、もう少し丁寧に扱ってあげてくれ」

「却下」

 静かな口調でパトリツィオは言った。

「手を緩めようものなら、この女王様はレースの扇をまたバサバサ振り回し始めるぞ」

 そうだろう、と言うようにパトリツィオはダニエラの顔を覗き込んだ。

 感情的になっている訳ではない。冷静に判断してそうしているのはよく分かる。

「だが」

「心配はご無用、ランベルト(ぎみ)

 (ひざ)を付いたままバルドヴィーノは言った。

「女王とて、この程度のことは覚悟しておられます」

 ランベルトは戸惑い従者の方を見た。

 本当にいいのかと聞いてみたくなる。内心は堪らなく心配なのでは。

 少し間を置いてから、バルドヴィーノは「されど」と潜めた声で続けた。

「されど、ご心配はありがたく思います。私は、あなたのような人であれば、ダニエラ様を託しても良いと本当に思っていた」

 何か切ない気持ちでランベルトは従者を見た。

 この人は、ダニエラとダニエラの統治する地のために、どれだけ自身の気持ちを抑えて来たのか。

 それが役割なのだと、ずっと自身に言い聞かせて来たのだろうか。

 パトリツィオがこちらを凝視し、目を眇めた。

 潜めた声であったが、聞こえただろうか。

 パトリツィオはクッと(のど)の奥を鳴らして笑うと、ダニエラの顔を覗き込んだ。

「油断ならない女は嫌いではないよ、女王様」

「わたしは貴様は嫌いだ。いちいち人を食った言動をしおって」

 ダニエラは赤い切れ長の目を細め、パトリツィオを横目で睨み付けた。

「成程。あの従者はとにもかくにも黙って(かしず)いてくれるでしょうな」

 パトリツィオは改めてダニエラの首に回した腕に力を込めた。

「もう一度聞く。答えは、女王様」

 ダニエラの耳元に、パトリツィオはゆっくりと顔を近付けた。

 艶っぽく囁いているかのような風情だ。

「私としては、不甲斐(ふがい)ない父は始めから居ないものとして、弟を実質の家長として支持したい。胃腸の弱い者であろうが、長の判断には出来うる限り沿うつもりだが」

「兄上」

 ランベルトは顔を(しか)めた。

「仰ってくれていることは嬉しいが、何だその、胃腸の弱い者というのは」

 構わずパトリツィオはダニエラの耳元で囁いた。

「お人好しならではの、中々妥当な案ではないかとは思うが? 女王様」

 言い終えると、パトリツィオはチラリと従者の方を見る。

 一瞬だけ、二人は目を合わせたようだった。

 バルドヴィーノは(ひざ)を付いたまま一礼のような仕草をした。

 ややしてから顔を上げ、真っ直ぐにダニエラを見る。

「女王陛下」

 改まった静かな口調でバルドヴィーノは言った。

「……受け入れましょう」

 広間の奥の諸侯達からざわめきが起こった。

 非難のような声もいくつか上がる。

 仮にダニエラが同意したとしても、今度は諸侯達と揉めることになるのではとランベルトは心配して後ろを振り向いた。

 ダニエラは沈黙していた。

 特に表情は変えず、黙ってパトリツィオに拘束されている。

「いずれにしろ、あなたのその負傷の程度では、このまま執務など続けられたらお命に関わる」

 バルドヴィーノは静かに言った。

 ダニエラの説得というよりも、奥でざわめく諸侯達に言い聞かせているように感じられる。

「暫くの間、私と大臣の何名かで執務を代行いたします。その後に後任を指名するなり何なりされれば」

 ダニエラは暫く従者の姿を見ていた。

 ややしてから目を合わせ、お互いに何かの意思の疎通をしたように見えた。

「良しなに」

 無表情でダニエラはそうとだけ言った。

 バルドヴィーノが、パトリツィオの方を見る。ダニエラに危害を加えるのだけは回避して貰えそうだと踏んだのか、ゆっくりと立ち上がった。

「これで宜しいか、兄君」

 苦笑してバルドヴィーノはそう言った。

「もう一つ」

 ダニエラの拘束は解かずにパトリツィオは口の端を上げた。

「貴殿ら婚姻されては」

 バルドヴィーノが無言で目を見開いた。

「あ……兄上、人の仲を取り持つ神経などあったのか」

「失礼だな、お前」

 パトリツィオは眉を寄せた。

「少なくともコンティは、この条件も呑んだものという認識で今後も考える。この女王様が今後、うちの胃腸の弱いのにいくら政略結婚を持ちかけようが、既婚の女王など即お断りということだ」

 パトリツィオは、ダニエラに顔を寄せ囁いた。

「話が長引かんで済む」

 そう言いダニエラに対しての(きつ)い拘束は解いたが、両腕をダニエラの肩に掛け、軽く抱き竦めるような態勢になった。

「相分かった」

 落ち着き払った態度でバルドヴィーノが答える。

 承諾した内容が本当に分かっているのだろうかと確認したくなる程の冷静さだった。

 公の場では、とことん私情を抑えるのに慣れている人なのか。

 そこが牴牾(もどか)しいなどとダニエラは思った時期は無かったのか。

 ダニエラはダニエラで、私情よりも統治者としての立場を徹底して優先すると決めた人なのか。

「では合意ということで」

 パトリツィオは抱き竦めていた腕を外し、ダニエラから離れた。

 離れる間際、ダニエラの背中を軽く従者の方に向けて突飛ばす。

 玉座の前の階段を降り、パトリツィオはカツカツと靴音を立て大股で広間の出入口へと向かう。

 ランベルトの前を横切りながら、白い手袋を嵌めた手を差し出した。


「来い、ランベルト。帰るぞ」



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