Una coppia di demoni. 一組の悪魔 II
バルドヴィーノは溜め息を吐いた。
やや目線を横に流してから、改めて捕らえられた女王を見る。
「まずは、女王はランベルト君の能力で負傷された身だ。解放していただきたい」
パトリツィオは暫く間を置いてから不可解な表情をした。
「こちらの目的は、この女王様を冥界にお連れすることなのだが? 負傷が酷くなろうが関係はない」
バルドヴィーノは目を眇めた。暫くパトリツィオの様子をじっと見ていたが、改めて真っ直ぐに見る位置に向き直る。
「わたしが身代わりになる。王族とは親戚筋だ。女王には幼少時からお仕えしている上、執務を常にお手伝いさせていただいている。身分としても立場としても、そう不足は無いだろう」
言い終えると、バルドヴィーノはご存分にと言わんばかりにその場に跪いた。
「女王にとっては、統治する上でそれなりのダメージになるであろうとの自負はある。そちらの世界に再び接触するとしても、いくらかは遅れるであろう」
バルドヴィーノは、俯いて静かに言葉を続けた。
「……こちら側の、弟君への狼藉の数々はお詫び申し上げる。家中の方々にもご心労をかけた」
「もう一人、私の元許嫁にも余計な食料費を使わせた訳だが」
パトリツィオは言った。
バルドヴィーノが顔を上げ、何のことやらという表情をする。
「……フランチェスカ殿のことは、この際いいだろう、兄上。話がややこしくなる」
「何だと、お前」
低音の声でパトリツィオは言った。
「自惚れるな!」
不意にダニエラが鋭い声を上げる。
パトリツィオの腕を掴んで少し前のめりになったが、再びグッと首を捕らえられ顔を顰める。
「お前がわたしの身代わりなど、従者風情が思い上がるな! お前など、居ようが居まいが何も変わらんわ!」
パトリツィオに押さえつけられながら、ダニエラは綺麗な長い黒髪を乱した。
兄上、とランベルトは口だけを動かし目配せをする。
初めて感情的なダニエラを見た気がした。兄の言っていた通り、そういうことかと思う。
「せめて手を離してやってくれ、兄う……」
「ああ、そういう、恋仲同士の美しい庇い合いはいいから」
当てられたのかパトリツィオは顔を歪ませた。
ダニエラの手首を掴み、パトリツィオは改めてグッと強く抑える。
「男を連れて行っても面白くないんだが、従者」
「そういう問題か、兄上!」
ランベルトは声を上げた。
「お前は黙っていろ!」
跪いた従者を、パトリツィオは真っ直ぐに見る。
「従者」
静かな声でパトリツィオは言った。
「統治する地を背負って、命をもって責任を負うのが、統べる者の役割では?」
そうパトリツィオは言った。
「貴殿の言う通り、こちらは使用人を犠牲にされた上、次期当主を何度も命の危険に晒された。その一連の件を、この女王様の命一つで手打ちにすると言っているのだ。身代わりなどという問題ではないのは分かるだろう」
跡継ぎ息子として、パトリツィオも当然のように責任の取り方を教育されていたのだろうとランベルトは思った。
ある程度の年齢になってから跡継ぎ教育を受け始めたランベルトとは違い、物心ついた時からこうと教えられていた兄は、一体どうやって幼心に受け止めて行ったのか。
そしてその教育を受け、家のために生きると決めていた覚悟を、活かせずに命を落としたことを、秘かに嘆いただろうか。
「馬鹿者と言われようが結構! たとえこの方が責任も取れん最低最悪の女王だと言われようが、私はこの方に生きていて欲しい」
バルドヴィーノは声を上げた。
広間奥の諸侯たちのいる場所から、ざわめきが聞こえる。
パトリツィオがそちらをチラリと見た。
ざわめきを背中で受け止めるかのように、バルドヴィーノはじっと膝を付いていた。
「最低最悪の女王は、どうせ生き延びたところで下の者達の反発を食らい殺される。結果は同じだ」
静かな口調でパトリツィオはそう答えた。
「それでも……!」
「兄上!」
ランベルトは声を上げた。
「ダニエラ殿が女王の座を降りるということでは駄目なのか、兄上」
ランベルトは一歩前に進み出た。
「そして、こちらの世界とは永久に行き来しないと約束していただく。それで手打ちというのは駄目か、兄上!」
パトリツィオは呆れた顔で弟を見下ろした。
有らん限りの揶揄する言葉が返って来るのを、ランベルトは覚悟した。
パトリツィオは、なぜかホッとしたようにも見える表情をすると、かなり間を置いてからバルドヴィーノの方を見た。
「どうする、従者」
そう言い鼻で笑う。
「お人好しの敵のトップが、妥協案を提示してくれたぞ」
俯いたままバルドヴィーノは沈黙していた。
「お前ごときに、そんなことを決められる謂れは……!」
将校服の袖を押し退けダニエラが身を乗り出したが、パトリツィオに再び首を強く取られ、くっと呻く。
少しずつ扱いの乱暴さが増していないかと感じ、ランベルトは複雑な心情でその様子を見た。
「うちの実質の家長は、いまだ父上だ、兄上」
「あんな使えんのは死んだことにしておけ」
真顔でそうパトリツィオが言う。
「事が収まったら、地下の葡萄酒の樽に浸け込んでやる」
生前には、いったい父とどんな関係性だったのだとランベルトは眉を寄せた。
問題があるようには見えていなかったのだが、子供だった自分が気付かなかっただけか。
「ランベルト君が父君の名代ということで、こちらは一向に構いません」
落ち着いた声でバルドヴィーノが言う。
「ほら敵もそう言っている」
パトリツィオは従者に向けて顎をしゃくった。