Finestra ci sono fantasma. 幽霊のいる窓 III
「話にならん」
ランベルトは早足で扉に向かうと、ノブを雑に回し廊下に出た。
「お供しましょうか」
アノニモは後をついて来る。
「何の意味があって」
「あらランベルト様」
やや特徴のあるソプラノの声がした。
鈴を鳴らすような高音と重厚さが混じったような、妖艶な感じのする声質。
長い黒髪をハーフアップに結い上げ、臙脂色のドレスを品よく着こなした令嬢が、侍女とともに歩みよった。
陶器の人形のように整った顔立ち、すべらかな肌。
「ダニエラ殿……」
ランベルトは呟いた。
会いたくはなかったと思う。
外見の造りは確かに信じられないほどに美しいのだが、この令嬢はどうしても何か違和感を覚える。
まがい物を見せられているような、どこかニセ物っぽいような。
「いや……」
ランベルトは口籠った。
「体調が優れないとお聞きしたのですが、もう大丈夫なのかしら」
ダニエラは目を細め微笑みかけた。
嘘などとっくに見抜いているのではと思えるような笑みだった。
「あなたこそ何故ここに。この階は当主一家と側近の私室くらいしか」
「こちらにいらっしゃるかと思いまして」
ダニエラは微笑して答えた。
本当にただ見当をつけて来ただけか。
始めから知っていてここに来たのでは。
ランベルトはそう思いいたり微かに寒気を覚えた。
先ほど窓からこの令嬢の様子を見ていた。
こちらを見上げた様子はなかったが、あのとき視線に気づいていたのか。
「わたくし嫌われているのかしら」
ダニエラが紅色のうすい唇を上げる。
困った子供をなだめるような表情だ。
「いや……というか」
「ランベルト様、医師殿もお待ちですし」
不意にアノニモが口を挟んだ。
「あまり長話をされては、また体調の方が」
ランベルトは仮面の顔を振り向いた。
霊と言っていた。
ダニエラに見えていると思って対応して良いのだろうか。
アノニモは令嬢に向けて軽く礼をした。
「申し訳ありませんがダニエラ殿、のちほど菓子など運ばせますので」
「結構」
ダニエラは高飛車な感じで応じた。
わずかにランベルトは目を眇めた。
付き人に対して無駄に傲慢な態度を取る人のようだと判断する。
出身家の考え方もあるのだろうが、やはり虫が好かない。
「あなたは従者かしら?」
ダニエラは見下すような表情でアノニモを見た。
「なぜ顔を隠しているの?」
アノニモが見えているのか。
特定の人にしか見えない訳ではないのだろうか。
アノニモは仮面を指先で押さえた。
「先日負傷し、大きな傷が残っておりまして」
「まあ」
ダニエラは妖しく微笑した。
「主人を守っての負傷なの?」
「いや……」とランベルトは曖昧な口調で口を挟んだ。
「僭越ながら、四人の暴漢に襲われた主の身代わりを務めさせていただきました」
アノニモは胸に手を当てた。
「それは忠義ね」
ダニエラは言った。
四人の暴漢というのは、あの女悪魔どものことか。
やや呆れてランベルトは仮面の顔を横目で見た。
その身代わりで、ずいぶんと長いあいだ濃厚な接吻をしていたなとどうでもいいことを思い出す。
「ですが見目の良さも従者の条件の一つでは。顔に傷が残った従者など、他の役割に回しては」
ダニエラが捨てる物の選別でもするかのように答える。
「あなたはずいぶんと……」
「ありがたいことに、屋敷内の身の回りのお世話であれば良いであろうと」
アノニモがそう答えた。
ほう、とダニエラが声を上げる。
「ずいぶんとお気に入りの従者なのですわね、ランベルト様」
ダニエラは、アノニモの仮面の顔をじっと見つめた。
非常に怖い目に見えた。
黒曜石のような黒い瞳が、一瞬だけ血の色に見えた気がした。