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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio sedici 一組の悪魔
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Una coppia di demoni. 一組の悪魔 I

 諸侯たちの集まった辺りで何が起こっているのか、ランベルトには暗すぎて認識が出来なかった。

 広間の奥はざわめきすらなく静まり返っている。

 従者や衛兵の何人かが、気になるのかそちらの方をチラリと見ては、前方に目線を戻した。

「おかしな真似はしないように」

 微笑してパトリツィオはそう言った。

「しませんよ。各諸侯に二名ずつ使役する者を付けるなどされては」

 バルドヴィーノは溜め息を吐いた。

 ランベルトは奥を振り向き、もう一度暗い窓際の方を見た。

 黒い影が(ひし)めき微かに動いている気がするが、あれは使役している者達か。

 肉眼には見えづらくても、感覚の方の目には赤い気が立ち昇っているように感じる。 

「お姿を消していたのは、この手配をなさるためか」

「それと、人形ではない本物の女王様に出て来ていただくためか」

 ダニエラの首に回した腕をパトリツィオはグッと締める。

 くっと小さく呻いて、ダニエラは将校服の袖を掴んだ。

「やっと本体に会えたな、女王様」

 パトリツィオは女王の耳元に顔を寄せた。

初めまして(ピアチェーレ)

 キッと睨み付けたダニエラに構わず、パトリツィオはゆっくりと顔を上げた。

「従者」

 そうバルドヴィーノに呼びかける。

「結局、残酷で殺戮好きなのが、この女王様の本性らしいな。他家の次期当主を肉片にして屋敷に送るなど、大した発想だ」

「お優しい面もあるのだ。貴殿になど分からん」

 バルドヴィーノは手を掛けたままだった剣の柄を離した。

「おかしいとは思っていた」

 抑えた声でバルドヴィーノは呟いた。

「悪魔使いが消えれば、使役されている者はその場で動きが止まると聞いていた。だが貴殿の消滅と同時に姿を消した」

「動けない芝居をさせるべきだったか」

 パトリツィオは口の端を上げた。身体を捩り懸命に抵抗するダニエラをぎっちりと抑え込んだまま、肩を揺らし笑う。

「どういうことだ、兄上!」

「おそらくは」

 階段下で声を上げたランベルトに、バルドヴィーノは代わりに答えた。

「あの場にいた全員に催眠をかけたのかと」

 バルドヴィーノは腕を組んだ。推測の正誤を確認するようにパトリツィオを見る。

「なにせ、催眠能力しか取り柄がないもので」

 パトリツィオが口角を上げ笑う。

 なっ……と呟いてランベルトは兄の不敵な表情を見た。

 あれだけ絶望し、それでも必死に意地を貫こうとした自身の悲愴感は何だったのだ。

「なぜ言ってくれなかった! 兄上!」

「お前は顔に出るからだ」

 ダニエラを抑え付けながら、パトリツィオはしれっと言い放った。

「消滅していないとのメッセージなら送っていたでしょう。あの果物の料理では」

 落ち着いた口調でバルドヴィーノがそう言う。

 え、と声を上げ、ランベルトは兄の姿を見た。部屋に運ばれた林檎のパイを思い出した途端、シナモンの香りが脳内をよぎる。

「あれを運んでいた女官達を城内で見た覚えが無かった。あちらの世界の料理などと珍しいものを、誰が指図したのかもとうとう分からなかった」

 バルドヴィーノは軽く眉を寄せた。

「やっと腑に落ちた。貴殿が使役している者達だったか」

「私が自身で潜入するよりはバレにくいからな」

 パトリツィオが肩を竦める。

「ごもっとも」

「あのパイはそういうことだったのか、兄上!」

「お前が気付かずに敵が先に気付いてどうする」

 パトリツィオは呆れたような声を上げた。

「情けない」

「女王陛下」

 兄弟の遣り取りには構わず、バルドヴィーノはダニエラに進言した。

「遺憾かとは存じますが、あまり抵抗などせず私に委ねてくださいませんか」

「どうする気だ、従者」

 腕をグッと上げパトリツィオが問う。

 ダニエラは反射的に再び将校服の腕を掴んだが、すぐに落ち着いた表情になり手を下ろした。

「今ならランベルトは能力を使えるぞ」

「貴殿にはその確証があるのか」

 バルドヴィーノは目を眇めた。

「コンティの悪魔払いは、常に二人一組で戦っていた。悪魔使いと心臓を破壊する者とは、一族の中の比較的近い血筋に、必ずどちらが欠けることなく生まれていた」

 広間の奥からは物音一つしない。時折、何かが動く気配だけは感じたが、パトリツィオの使役する者なのか。

 ランベルトは振り向かず、横目でそちらを伺った。

「つまり、どういうことなのかというと」

 パトリツィオの声が静かな広間内に響く。

「心臓を破壊する者は、どういう訳か一人の例外もなく、悪魔使いと組んだときのみ能力を発揮できていた」

 無言で目を見開き、ランベルトは兄の姿を見た。

「元々ギレーヌ一人の能力だったのが関係しているのかもしれないが」

「先程、急にランベルト(ぎみ)の能力が発動したのは、貴殿が来たからか」

 成程、とバルドヴィーノは呟いた。

 パトリツィオが、クッと口の端を上げる。

「消滅させなくて良かったな、従者。私がいなければ、ランベルトはただの胃腸の弱い者だ。説得しても全く意味は無かった」

「胃腸……?」

 兄の姿を見据えたまま、ランベルトは眉を寄せた。

「だが、居たところで、貴殿は協力してくださるのか」

「しない」

 静かだが、きっぱりとした口調でパトリツィオは言った。

「ランベルトが協力すると言っても、全力で止める」



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