Una coppia di demoni. 一組の悪魔 I
諸侯たちの集まった辺りで何が起こっているのか、ランベルトには暗すぎて認識が出来なかった。
広間の奥はざわめきすらなく静まり返っている。
従者や衛兵の何人かが、気になるのかそちらの方をチラリと見ては、前方に目線を戻した。
「おかしな真似はしないように」
微笑してパトリツィオはそう言った。
「しませんよ。各諸侯に二名ずつ使役する者を付けるなどされては」
バルドヴィーノは溜め息を吐いた。
ランベルトは奥を振り向き、もう一度暗い窓際の方を見た。
黒い影が犇めき微かに動いている気がするが、あれは使役している者達か。
肉眼には見えづらくても、感覚の方の目には赤い気が立ち昇っているように感じる。
「お姿を消していたのは、この手配をなさるためか」
「それと、人形ではない本物の女王様に出て来ていただくためか」
ダニエラの首に回した腕をパトリツィオはグッと締める。
くっと小さく呻いて、ダニエラは将校服の袖を掴んだ。
「やっと本体に会えたな、女王様」
パトリツィオは女王の耳元に顔を寄せた。
「初めまして」
キッと睨み付けたダニエラに構わず、パトリツィオはゆっくりと顔を上げた。
「従者」
そうバルドヴィーノに呼びかける。
「結局、残酷で殺戮好きなのが、この女王様の本性らしいな。他家の次期当主を肉片にして屋敷に送るなど、大した発想だ」
「お優しい面もあるのだ。貴殿になど分からん」
バルドヴィーノは手を掛けたままだった剣の柄を離した。
「おかしいとは思っていた」
抑えた声でバルドヴィーノは呟いた。
「悪魔使いが消えれば、使役されている者はその場で動きが止まると聞いていた。だが貴殿の消滅と同時に姿を消した」
「動けない芝居をさせるべきだったか」
パトリツィオは口の端を上げた。身体を捩り懸命に抵抗するダニエラをぎっちりと抑え込んだまま、肩を揺らし笑う。
「どういうことだ、兄上!」
「おそらくは」
階段下で声を上げたランベルトに、バルドヴィーノは代わりに答えた。
「あの場にいた全員に催眠をかけたのかと」
バルドヴィーノは腕を組んだ。推測の正誤を確認するようにパトリツィオを見る。
「なにせ、催眠能力しか取り柄がないもので」
パトリツィオが口角を上げ笑う。
なっ……と呟いてランベルトは兄の不敵な表情を見た。
あれだけ絶望し、それでも必死に意地を貫こうとした自身の悲愴感は何だったのだ。
「なぜ言ってくれなかった! 兄上!」
「お前は顔に出るからだ」
ダニエラを抑え付けながら、パトリツィオはしれっと言い放った。
「消滅していないとのメッセージなら送っていたでしょう。あの果物の料理では」
落ち着いた口調でバルドヴィーノがそう言う。
え、と声を上げ、ランベルトは兄の姿を見た。部屋に運ばれた林檎のパイを思い出した途端、シナモンの香りが脳内を過る。
「あれを運んでいた女官達を城内で見た覚えが無かった。あちらの世界の料理などと珍しいものを、誰が指図したのかもとうとう分からなかった」
バルドヴィーノは軽く眉を寄せた。
「やっと腑に落ちた。貴殿が使役している者達だったか」
「私が自身で潜入するよりはバレにくいからな」
パトリツィオが肩を竦める。
「ごもっとも」
「あのパイはそういうことだったのか、兄上!」
「お前が気付かずに敵が先に気付いてどうする」
パトリツィオは呆れたような声を上げた。
「情けない」
「女王陛下」
兄弟の遣り取りには構わず、バルドヴィーノはダニエラに進言した。
「遺憾かとは存じますが、あまり抵抗などせず私に委ねてくださいませんか」
「どうする気だ、従者」
腕をグッと上げパトリツィオが問う。
ダニエラは反射的に再び将校服の腕を掴んだが、すぐに落ち着いた表情になり手を下ろした。
「今ならランベルトは能力を使えるぞ」
「貴殿にはその確証があるのか」
バルドヴィーノは目を眇めた。
「コンティの悪魔払いは、常に二人一組で戦っていた。悪魔使いと心臓を破壊する者とは、一族の中の比較的近い血筋に、必ずどちらが欠けることなく生まれていた」
広間の奥からは物音一つしない。時折、何かが動く気配だけは感じたが、パトリツィオの使役する者なのか。
ランベルトは振り向かず、横目でそちらを伺った。
「つまり、どういうことなのかというと」
パトリツィオの声が静かな広間内に響く。
「心臓を破壊する者は、どういう訳か一人の例外もなく、悪魔使いと組んだときのみ能力を発揮できていた」
無言で目を見開き、ランベルトは兄の姿を見た。
「元々ギレーヌ一人の能力だったのが関係しているのかもしれないが」
「先程、急にランベルト君の能力が発動したのは、貴殿が来たからか」
成程、とバルドヴィーノは呟いた。
パトリツィオが、クッと口の端を上げる。
「消滅させなくて良かったな、従者。私がいなければ、ランベルトはただの胃腸の弱い者だ。説得しても全く意味は無かった」
「胃腸……?」
兄の姿を見据えたまま、ランベルトは眉を寄せた。
「だが、居たところで、貴殿は協力してくださるのか」
「しない」
静かだが、きっぱりとした口調でパトリツィオは言った。
「ランベルトが協力すると言っても、全力で止める」