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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio quindici 玉座の薔薇の女王
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Regina delle rose sul trono. 玉座の薔薇の女王 III

「やれ」

 ダニエラとは違う男性の声が響いた。

 取り囲んだ剣に(ことごと)く暗い橙色の炎が絡みつき、兵士達の態勢が乱れる。

 炎を振り払おうと兵士達は腕を振ったが、今度はその腕に次々と赤い蛇のような炎が絡み、兵士の何人かは堪らずに剣を落とす。

 ランベルトは戸惑い、慌ただしく周囲を見回した。

 兵士のうちの数人が何かに気付いたのか、天井の蝋燭(ろうそく)立てに向けて剣を投げつける。

 蝋燭立てからは大きな炎が吹き出し、剣は(まと)めて炎に呑み込まれた。黒い煤まみれになり、形を歪ませカシャンと赤い絨毯(じゅうたん)の上に落ちる。

 警告のように兵士の足元に細い炎が這い、周囲をぐるりと一周する。

 ランベルトは炎の這う様子を目で追った。

 ダニエラが黒い扇を開き、腕を伸ばして横に翳す。

 蛇のように這う炎が、階段を昇り玉座の足元に達した。

「誰ぞ、痴れ者が!」

 ダニエラの周囲に強い風が起こった。長い黒髪が、対抗する一匹の蛇のように強風になびく。

 胸に咲いた巨大な薔薇が、細いドレスの身体を引き裂こうとでもするかのように僅かに膨張した。

 ダニエラは痛みを堪え僅かに目を眇めたが、それでも堂々とした態度は変えず、靴のヒールをカツ、と鳴らして一歩前に踏み込んだ。

「ご無礼!」

 バルドヴィーノが剣の柄に手をかけながら短い階段を駆け上がる。

 しかし、炎は嘲りでもするかのように、二人の足元で途絶えた。

 広間は、いったん静まり返った。

 物の焦げた匂いが辺りに漂っている。

 奥の方に並んだ諸侯たちがやけに静かな気がして、ランベルトは眉を寄せた。ゆっくりと振り向き、兵士達の身体の隙間から奥の様子を窺うが、諸侯たちの並び立った辺りは、蝋燭立ての火が落とされたのか暗くて見えない。

 人影が先程よりも随分多い気がするが、気のせいか。

 バルドヴィーノが女王を庇う位置に立ち、何を思ったか微笑した。

「衛兵」

 落ち着いた口調でバルドヴィーノは言った。

「もう一度、ランベルト(ぎみ)を威嚇しろ」

 威嚇すれば、また何かが起こるのか。兵士達の戸惑った心理が動きのぎこちなさから推測できた。

 手近にいた兵士が、ランベルトと目を合わせる。

 何が起こっているのか判別が付かず戸惑ってはいたが、ランベルトは表情には表さず兵士を真っ直ぐに見据えた。

「殺すつもりで構わん。彼は女王に武器を向けた罪人だ」

 先程までランベルトを唯一はっきりと庇っていたバルドヴィーノが唐突に意見を変えたことに、兵士達は更に困惑したようだった。

 一人の兵士が、絨毯の上に落ちた煤けた剣を拾い上げランベルトの首に寄せて構える。

 先ほど熱せられた剣は、少しは冷めていたが、それでも首筋に熱は伝わった。

 ランベルトは唇を噛み締めた。

 銃を持って来ていたのを思い出し、前ポケットの方に手を動かす。

 隙をついて銃を取り出した。素早く安全装置を上げ、手近な兵士に向けて構える。

 途端に兵士のうちの何人かが、顔を歪め胸を抑えて前屈みになった。

「心臓だ。応急処置の出来る者を呼べ」

 バルドヴィーノは、階段下にいた他の従者に向けて言った。

「早く!」

 年若い従者が広間の出入口に走る。

 玉座とそこから延びる絨毯の周辺にいた者達が、ランベルトを避けるように後退った。

 階段を一段降り、バルドヴィーノはランベルトに向けて目を合わせて来た。

「……偶然かな」

 そう呟く。

 しばらくランベルトとじっと目を合わせていたが、ややしてから広間内を見回した。


「お姿を現しては」


 ランベルトの後方の辺りに向けてバルドヴィーノはそう言った。




 背後から靴音が聞こえる。

 徐々に近付き、ランベルトの横を白い将校服の人物が通りすぎた。

 通りすぎる間際、ランベルトの肩に、すっと手袋を嵌めた手を置き、すぐに前へと進み出る。

 姿勢の良い歩き姿で玉座に歩み寄る人物の後ろ姿を、ランベルトは目を見開いて凝視した。

 自身とよく似た背格好、後ろで結わえたダークブロンドの髪。

 バルドヴィーノは女王を庇う位置に立ったまま、その人物の顔をじっと見詰めた。

「やはり、消滅などされてはいなかったか」

 落ち着いた口調でそう言った言葉が、静まり返った広間に響く。

 ダニエラが(きつ)く眉を寄せ、黒いレースの扇を振り上げた。

 広間内に突風が起こり、ランベルトは腕で顔を覆う。

 黄色い薔薇の花弁が激しい風に乗って舞い、下降するときには刃物のように煌めいた。

「兄上!」

 咄嗟にランベルトは声を上げた。フリントロック銃の撃鉄に手を掛ける。

 将校服の人物が、僅かにこちらに顔を向けた。

 仮面は付けていなかった。口元が微笑していたように見える。

 紛れもなく、兄パトリツィオだった。

 刃物のように鋭利な薔薇の花弁が、パトリツィオの歩いていた辺りに突き刺さる。

 残像を残し、パトリツィオの姿は消えていた。

「兄上!」

 ランベルトがそう叫んだのと、玉座の周辺に細い炎が通ったのとは、ほぼ同時だった。

 バルドヴィーノが一瞬だけ身体を引く。ダニエラの立ち姿が不自然に大きく揺れた。

 バルドヴィーノは振り向いて舌打ちし、武器に手をかけながらも動作を止めた。

「動くな」

 ダニエラの背後から、男性の声がした。

 パトリツィオは女王の首に背後から腕を掛け、扇を持った手を掴み拘束していた。

「動くなよ、従者」

 パトリツィオは片眉を上げた。

「無礼な。陛下にお手を触れるなど」

「密着も出来んでいるから、護り切れないんだろうが。相変わらず不健康な間柄だな」

 パトリツィオは鼻で笑った。

「お集まりの諸侯の方々も動くな。動けば女王と共に即座に冥界にお連れする」

 パトリツィオの声が響いた。

 音がくぐもったように通りにくい広間だとランベルトは感じていたが、パトリツィオの声はなぜかよく通っていた。

 窓際にいた諸侯たちからは、吐息の音すら上がらない。

 先ほど人影が増えたように感じていたが、使役している者達に拘束でもさせているのか。

 広間の壁に沿って、ドレスの女性達が並び控えている。

 食事を運んで来ていた女官達だとランベルトは気付いた。



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