Regina delle rose sul trono. 玉座の薔薇の女王 I
「広間に」
城の客間に半ば軟禁状態で置かれて三日目。バルドヴィーノはダニエラの意向を告げに来た。
「もう少し時間を差し上げても宜しいのですが、その前にあなたに餓死されては堪りませんから」
バルドヴィーノが苦笑する。
窓際に腕を組んで立ち、ランベルトは女王の従者を睨み付けた。
空腹で少々怠かったが、意識して険しい表情を造る。
日に何度か出入りしている例の女官達の勧めで、結局水だけは飲んでいた。
誰の指示で来ているのかはいまだ分からないが、彼女達にはどこか好意的な雰囲気を感じていた。
今もカーテシーのような姿勢を取り、部屋の入り口付近の壁に沿って並び控えている。
バルドヴィーノは、女官達の方に向き直るとやや複雑な表情をした。
彼にもいまだ誰の指示か分からないのか。
城の使用人の指揮系統が一つではないのかと推察したが、自身には関係ない。
ランベルトは、立ったまま軽く交差した脚を組み直した。
「どうせ拒否しても出向くことになるのだろうが、私の考えは変わらない。貴殿らに協力する気はない」
「それならそれで、陛下と諸侯達の前でそう言えばいい。御身の安全は保証致します」
バルドヴィーノは言った。
「……貴殿一人が味方では心許ないな。武器を携帯しても宜しいか」
「ご自由に」
バルドヴィーノはそう答えた。意外に感じ、ランベルトは軽く目を見開いた。
「女王陛下に武器を向けないとだけ約束してくださるのなら」
そう言い、やや顔を逸らした従者の表情をランベルトは暫く眺めた。
「一つだけ良いか」
そうと尋ねると、バルドヴィーノはこちらを向いた。
「貴殿がダニエラ殿と恋仲という兄の見立ては合っているのか」
バルドヴィーノはちらりと目線を逸らした。ややしてから、はっと息を吐いて笑う。
「兄君は案外とロマンティストであられるな」
「合っているのか」
少々苛々とランベルトは問うた。
色恋に関しての話は苦手だ。遠回しに言われれば、かなりの確率で察することが出来ない。
「何のことはない。幼い折からお仕えしているので、それに近い感情を持った時期もあるというだけです」
ランベルトはじっと従者の表情を見た。
バルドヴィーノは再び横を向き、女官達の様子を眺める。
「今は?」
「今も何も。陛下はつい先日まであなたの元に嫁ぐご予定だったのですが」
バルドヴィーノは言った。
「あの婚姻は、誰が企んだものだったのだ」
「企んだ……」
そう言いバルドヴィーノは苦笑した。
「我らにしてみれば、必死の生き残りの策だったのですよ。企んだと言われるのは少々」
「素性まで偽っていたのだ。嫁がせるのは別の女でも良かったのでは。なぜ女王自ら」
「以前もお話ししたかと思いますが、種族全体の話ですからね。コンティには王家のご親戚という形になっていただいた方が協力して貰いやすいと考えた」
ランベルトは従者の様子をじっと見た。これは本心だろうか。
「ダニエラ殿と偽り、別の女を嫁がせることも出来たのでは」
「ああ、そういう意味ですか」
心なし俯き、バルドヴィーノは笑んだ。
「その女が気の毒でしょう。そういうのは嫌いなお人ですよ」
従者のふりをした兄と会った折には、随分と傲慢な物言いだったがとランベルトは思った。
それとも、あのとき既に彼女は、突然現れた仮面の人霊の目的に気付いたのだろうか。
「なぜ身代わりの人形など寄越していたのだ」
「それは、私をはじめ数人の側近が強くお勧めしました」
バルドヴィーノは言った。
「女王陛下ですよ。こちらの世界に居てすら、城からは滅多にお出になることはなく警護されている方だ。種族の者が何代にも渡って帰っていない世界を、無闇やたら歩かせる訳にはいかないでしょう」
目を伏せ気味にした従者の顔を、ランベルトはじっと見た。
こちらの世界では数少ない好意的に接して来る者とはいえ、ダニエラが本気で好いているなどと誑かしも言っていた者だ。
結局、彼女がどんな人なのかは自分で見極めるしか無いのか。
「広間だな」
ランベルトは言った。
読書机の椅子に掛けていた襟締を手に取る。
「お手伝いを」
バルドヴィーノは女官達にそう指示した。
「……ああ、それとも私がお手伝いした方が」
「結構。自分でできる」
ランベルトはそう言い、襟締を自身の首に掛けた。




