Avere una torta di mele. 林檎のパイを召し上がれ I
部屋の扉を静かに開け、数人の女性たちが食事を運ぶ。
仕立てのいいドレスを身に付け、仕草の品の良い様子は、女中ではなく女官か何かと思われた。
暖炉前のテーブルに綺麗にテーブルクロスを敷き、手際よく食器を並べ食事を取り分ける。
この部屋に通されてから、もう何度も見た光景だった。
気味の悪い程の待遇の良さにランベルトは嫌悪を感じた。
周囲の人間をあれだけの目に会わせておきながら、自分達にとって利益のある人間だと確証したら、この待遇とは。
「君らの主人に伝えろ。何度も言うが、協力する気はない」
窓際に立ったランベルトは、一番手近な女官に言った。
飴色の髪を綺麗に整えた女官は、無言で微笑だけを返した。
聞き流せとでも言いつけられているのか。
野菜を煮込んだ田舎風のスープの匂いが漂った。
酒はランベルトの方の世界の古代のものとほぼ同じとバルドヴィーノが言っていたが、スープは根菜の方が多いような印象だ。
こちらではそういった作物しか作れないということなのか。
食事を取り分け終えると、纏め役らしき女官が、どうぞという風に食事を手で指した。
「要らん」
ランベルトは言った。
「私もそれなりの家の者だ。敵陣で施しを受ける教育はされてはいない」
「大袈裟な方だ」
開け放たれた出入り口から、張りのある男性の声がした。
縦枠に手を付き、バルドヴィーノがこちらを覗いていた。
「こちらは敵のつもりはありませんよ。本来なら、女王陛下と婚姻していただいて王家のご親戚という形で緩やかに協力していただくつもりだった」
「あれだけの惨状を招いておいて何が」
ランベルトは吐き捨てた。
「兄君がいらっしゃらなければ、お屋敷のあれはダニエラ様とは何の関係もない怪異で済んだはずだった」
「兄が話を拗らせたような言い方をするな! 私とコンティを利用して事を進めようとしていたのに変わりは無いではないか!」
不意に目眩がして、ランベルトは出窓の下の縁部に手を付いた。
食べていないせいかと思いながらも、平静を装う。
ちらりとバルドヴィーノの様子を伺うと、目を伏せゆっくりと腕を組んだ。
「怒りっぽくなっていらっしゃるようだ。兄君のためにも、お食べになった方が良いのでは」
「何を……」
「兄君が消滅を覚悟してまで冥界からいらっしゃったのは、あなたを守るためだったはず。自身の消滅を苦にあなたに餓死されては、元も子もない」
ランベルトは唇を噛んだ。
兄の消滅すら利用されているような気がして、腹立たしかった。
この悔しさを、どうすれば解消できるのか。
せめてもの自分に出来る抵抗は何だ。空腹でそろそろ鈍くなりそうな頭で考える。
視線を感じて、ランベルトは何気なく目線を上げた。
先程の飴色の髪の女官が、こちらを見ていた。
目が合うと、にっこりと笑いかけてくる。
手にした皿を、一番のお勧め料理だという風に僅かに高く上げた。
パイのようだった。
周りに熱を通した林檎が飾り付けてある。
林檎のパイか、と思った。
バルドヴィーノがそちらを見る。
「果物の料理とは珍しい」
バルドヴィーノはそう言い微笑した。
「こちらでは、果物はあまり実らないもので」
兄と屋敷を抜け出す直前、二人で厨房に入り林檎を食べたことをランベルトは思い出した。
これなら食べられるかと兄が投げて寄越した。
あのとき兄だと気付いていれば。
ランベルトは再び激しい後悔の念に苛まれた。
あのとき、兄は林檎のパイの作り方を聞いてきた。
丸い林檎をどうやってパイにするのか、見当すら付けられない様子に、良家の跡継ぎ息子だったのだろうかと想像した。
「毒など入っていませんよ」
バルドヴィーノが言う。
彼の方を見ると、目が合った。
「我々は、古くから薬物の扱いは得意な種族ですからね。警戒するのは分かるが、誓って入れていない」
「何に誓っているんだ。貴殿たちの神か」
ランベルトは吐き捨てた。
「こちらの種族は、あなた方ほど強い信仰は無いですよ。そこがあなた方の宗教に目を付けられた原因でもあったでしょうが」
「兄は、あなた方が、こちらの人間を獲物の獣くらいにしか考えていないので、その性質を悪者に仕立てやすかったのだと言っていた」
「まあ、そんな背景もあったでしょうね」
特に感情も込めずバルドヴィーノは言った。
「あなた方をどう見ているかは、個別の差が大きいですよ。あなた方だって、異教徒に対しての考え方はそれぞれでしょう?」
バルドヴィーノは言った。
「ダニエラ殿はどうなのだ」
従者を真っ直ぐに見据えランベルトは言った。
「あの人は、下の者に対して随分冷酷な印象があるが」
おもむろに腕を組み、バルドヴィーノは宙を眺めた。
言葉を選んでいるのか暫く押し黙っていたが、ややしてから口を開く。
「あなた方に関しては、家庭教師に教わった内容と、こちらの記録でしか知らなかったと思いますよ」
「彼女は実際どんな人なのだ。私には、冷酷で殺戮の好きな人にしか見えていない」
「どうと言われても」
バルドヴィーノは苦笑した。
「貴殿とは、恋仲なのではないかと兄が言っていたが」
宙を眺めたまま、バルドヴィーノは再び押し黙った。
困惑したとも無視を決め込んだともつかない、読みにくい表情だった。




