Mani che muovono il cuore. 心臓を動かす手 I
通された部屋は、やや古典的な印象のある部屋だった。
中世初期の時代の私室のような感じか。
部屋中央に設置された大きめの寝台や長椅子は、見慣れたものとあまり変わらないが、読書机は華美な装飾の方が重視され、機能性はあまり無い感じだった。
主室の奥に、扉のない小部屋が二、三あるようだった。
そちらに監視の者でもいるのかとランベルトは様子を伺ったが、人のいるような気配は感じられない。
読書机の上にはシンプルな燭台が置かれ、寝台横の小振りのテーブルには、葡萄酒のようなものが入った酒瓶と、酒器が用意されていた。
「あなたの住む世界と同程度に明るい部屋を選びましたが、視界はどうです」
バルドヴィーノは言った。
言われてみれば、広間で感じた、灯りを点けていても視界の儘ならない感覚はない。
「牢獄ではないのか」
ランベルトは言った。
「あくまで貴賓として扱う方針です。そのくらいの節度はある。ご安心ください」
そうバルドヴィーノは言った。
「貴殿らの統治者に銃を向けたのだ。身分がどうであろうと、牢獄に入れるのが普通の判断であろう」
「兄君を亡くされた直後です。一時的に判断力を無くされるのは、よくあることだ」
そう言い、バルドヴィーノは酒器の置いてあるテーブルに近付いた。
「こちらの香草酒です。あなたの住む世界の古代の酒とほぼ同じものだ。少し飲まれては。落ち着けるかもしれない」
カッと頭に血が昇るのをランベルトは感じた。
横を向いていたバルドヴィーノの正装の襟を両手で掴み、強引に上向かせる。
「兄は貴殿らとの戦いで亡くしたのだ! 言ってみれば私は、貴殿らの捕虜であろう! 持て成すなど何の真似だ!」
襟を掴まれたまま、バルドヴィーノは冷静にランベルトの顔を見下ろした。
「一つお聞きしたい」
落ち着いた口調でバルドヴィーノは言った。
ランベルトはぎろりと睨み付けた。
どうせ宥めるためだけに、愚にも付かないことを聞いて来るのだろうと思った。
何だと言って聞き返す必要などない。
バルドヴィーノは、こちらをじっと見ていた。ややしてからランベルトの反応に構わず口を開く。
「兄君は、本当に消滅されたのか?」
ランベルトは目を見開いた。
「何を……?」
「あの方にしては、随分と簡単だった気がする。ランベルト君、何か打ち合わせ済みなのでは」
ランベルトは眉を寄せた。
真意を探ろうとするように、バルドヴィーノはじっと目を合わせて来た。
心地の悪さを感じ、ランベルトは正装の襟から手を離す。
これがコンティの屋敷の私室であれば、退室しろと言っているところだ。
ランベルトは従者に背中を向けた。
「……それは? 罪悪感があるとでも言いたいのか。どうにか逃れていると思いたいのだと」
「いいえ。ただ事実をお聞きしたいだけです」
バルドヴィーノは言った。
兄が消滅したことを話題にされるだけで、ザクザクと心を傷付けられる気がするのだ。
直前に能力に目覚めておきながら、なぜ助けられなかったのか。
あまつさえ、肝心な時にその能力は発動せず、仇すら取れなかったのだ。
自身の服の胸の辺りを掴み、ランベルトは激高した。
「消滅したのだ! 貴殿は見ていなかったのか!」
激しく声を上げる。
背後で、バルドヴィーノは暫く押し黙っていた。
ゆっくりと、腕組みを解いたような衣擦れの音がする。
「承知致しました。ランベルト君におかれては、一日も早く悲しみから立ち直られるようお祈り申し上げたい」
「白々しい」
ランベルトは吐き捨てた。




