表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio tredici 心臓を動かす手
60/78

Benvenuti negli incubi. 悪夢へようこそ V

「ランベルト(ぎみ)!」

 バルドヴィーノは玉座に駆け寄ると、ダニエラの方に手を伸ばした。

 広間の奥の激しくざわついた声が耳に入る。

 ダニエラは表情も変えず立ち上がり、黒いレースの扇で凪ぎ払うような仕草をした。

 風が、玉座とその周辺を覆うように唸る。

 バルドヴィーノがホッと息を吐き歩調を緩めた。

 カツンと音がし、固い床を金属が転がる。

 かなり時間を置いてから、自身の放った弾丸だとランベルトは気付いた。

 普通の人間の放った弾丸なら、魔力でどうにかなると以前バルドヴィーノが言っていた。

 弾かれたのか。

 兄と一緒のときに能力を発揮していたのは何だったのだ。

 カン、カン、と石の床を小さく叩いて転がる弾丸の音に、ランベルトは絶望した。

「ランベルト(ぎみ)

 バルドヴィーノがこちらに近付き、強く肩を掴んだ。

「いまだお力は不安定であられるようだ」

 バルドヴィーノは言った。

 ダニエラが扇を閉じ、ゆっくりと座る。

「失礼致します」

 バルドヴィーノは、ランベルトの手から拳銃を取り上げようとした。

「触るな!」

 ランベルトは声を上げた。

 やけに音の響きにくい広間であることに気付いた。

 上げた声が、柔らかい物に吸い込まれるように、広がり方が鈍い。

「処刑でも投獄でも好きにしたらいい。だが、兄が持って行けと言った拳銃だ。取り上げるのは許さん!」

 ランベルトは叫んだ。

 拳銃を持って行けと言った際、兄は火薬の薬包もと言った。

 自身が生きていた頃には、弾丸ではなく火薬を包みごと入れる銃がまだ使われていたと。

 そう昔の人物ではないのだと、あれで見当を付けていた。

 なぜあれで気付かなかったのだ。

 バルドヴィーノは軽く眉を寄せ、ランベルトの表情を見ていた。

 ややして振り返り、近くに控えた正装の者に声をかける。

「お部屋を用意して差し上げてくれ。少し休んで落ち着いていただこう」

「バルドヴィーノ殿!」

 広間の暗い一角から、年配の男性の声が上がった。

「何を丁重に持て成す理由がある! 女王陛下に武器を向けたのだぞ!」

 ざわざわと男性に賛同するような声が上がった。

 殺せ、と言っている声も混じっているのを、ランベルトは確実に聞き取った。

 命乞いなどするものか。唇を噛む。

 兄の仇が取れないのなら、せめて誇りだけでも見せ付けてやる。

 その強い思いで自身の精神を支えた。

「だが、諸侯の御方々!」

 傍らでバルドヴィーノが声を上げた。

「もしかしたら、種族を救える唯一の能力者かもしれないのだ!」

 ランベルトはおもむろに顔を上げた。

「……どういうことだ」

 庇うような位置に立った従者の、整った顔を凝視した。

出鱈目(でたらめ)だ!」

 そう声が上がった。

「忌み嫌われていた女が、自分を擁護するために書き残したにすぎない!」

 壮年の男性の声が上がる。 

「様々なご意見もおありでしょうが、試してからでも遅くはないはず!」

 感情的な声を上げ続ける広間奥の人々に向けて、バルドヴィーノはそう反論した。

「どういうことだ」

 掠れた声でランベルトはもう一度従者に向けて尋ねた。

「忌み嫌われていた女とは、ギレーヌか?」

「陛下」

 バルドヴィーノは、玉座の方を振り向いた。

 ダニエラの判断を求めているようだった。

 肘掛けに寄り添うように座ったダニエラは、ランベルトをじっと見詰めた。

 ゆっくりと目線を逸らし、バルドヴィーノに顔を向ける。

「良しなに」

 そうとだけ言った。

「ランベルト(ぎみ)

 軽くランベルトの背中を押し、バルドヴィーノは出入り口の方向へと促した。

「お部屋をご用意致します。話もそこで」

 従うべきかとランベルトは迷った。

 自身の命についてはもはや覚悟を決めているが、少しでもコンティを守る方法と、兄の仇が取れる方法を模索したい。

 ランベルトは振り向き、ダニエラの方を見た。

 黒い扇を(ひざ)の上に置き、ダニエラは無表情でこちらを見ていた。

 胸に咲いた巨大な黄色い薔薇が、細かい血管を花弁に這わせ脈打っていた。

 ふと、痛いのではないかとランベルトは思った。

 切れ間なく(さいな)む痛みに、実は懸命に耐えて威厳を保っているのではと思った。

 ただの推測に過ぎないのだが。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ