Benvenuti negli incubi. 悪夢へようこそ V
「ランベルト君!」
バルドヴィーノは玉座に駆け寄ると、ダニエラの方に手を伸ばした。
広間の奥の激しくざわついた声が耳に入る。
ダニエラは表情も変えず立ち上がり、黒いレースの扇で凪ぎ払うような仕草をした。
風が、玉座とその周辺を覆うように唸る。
バルドヴィーノがホッと息を吐き歩調を緩めた。
カツンと音がし、固い床を金属が転がる。
かなり時間を置いてから、自身の放った弾丸だとランベルトは気付いた。
普通の人間の放った弾丸なら、魔力でどうにかなると以前バルドヴィーノが言っていた。
弾かれたのか。
兄と一緒のときに能力を発揮していたのは何だったのだ。
カン、カン、と石の床を小さく叩いて転がる弾丸の音に、ランベルトは絶望した。
「ランベルト君」
バルドヴィーノがこちらに近付き、強く肩を掴んだ。
「いまだお力は不安定であられるようだ」
バルドヴィーノは言った。
ダニエラが扇を閉じ、ゆっくりと座る。
「失礼致します」
バルドヴィーノは、ランベルトの手から拳銃を取り上げようとした。
「触るな!」
ランベルトは声を上げた。
やけに音の響きにくい広間であることに気付いた。
上げた声が、柔らかい物に吸い込まれるように、広がり方が鈍い。
「処刑でも投獄でも好きにしたらいい。だが、兄が持って行けと言った拳銃だ。取り上げるのは許さん!」
ランベルトは叫んだ。
拳銃を持って行けと言った際、兄は火薬の薬包もと言った。
自身が生きていた頃には、弾丸ではなく火薬を包みごと入れる銃がまだ使われていたと。
そう昔の人物ではないのだと、あれで見当を付けていた。
なぜあれで気付かなかったのだ。
バルドヴィーノは軽く眉を寄せ、ランベルトの表情を見ていた。
ややして振り返り、近くに控えた正装の者に声をかける。
「お部屋を用意して差し上げてくれ。少し休んで落ち着いていただこう」
「バルドヴィーノ殿!」
広間の暗い一角から、年配の男性の声が上がった。
「何を丁重に持て成す理由がある! 女王陛下に武器を向けたのだぞ!」
ざわざわと男性に賛同するような声が上がった。
殺せ、と言っている声も混じっているのを、ランベルトは確実に聞き取った。
命乞いなどするものか。唇を噛む。
兄の仇が取れないのなら、せめて誇りだけでも見せ付けてやる。
その強い思いで自身の精神を支えた。
「だが、諸侯の御方々!」
傍らでバルドヴィーノが声を上げた。
「もしかしたら、種族を救える唯一の能力者かもしれないのだ!」
ランベルトはおもむろに顔を上げた。
「……どういうことだ」
庇うような位置に立った従者の、整った顔を凝視した。
「出鱈目だ!」
そう声が上がった。
「忌み嫌われていた女が、自分を擁護するために書き残したにすぎない!」
壮年の男性の声が上がる。
「様々なご意見もおありでしょうが、試してからでも遅くはないはず!」
感情的な声を上げ続ける広間奥の人々に向けて、バルドヴィーノはそう反論した。
「どういうことだ」
掠れた声でランベルトはもう一度従者に向けて尋ねた。
「忌み嫌われていた女とは、ギレーヌか?」
「陛下」
バルドヴィーノは、玉座の方を振り向いた。
ダニエラの判断を求めているようだった。
肘掛けに寄り添うように座ったダニエラは、ランベルトをじっと見詰めた。
ゆっくりと目線を逸らし、バルドヴィーノに顔を向ける。
「良しなに」
そうとだけ言った。
「ランベルト君」
軽くランベルトの背中を押し、バルドヴィーノは出入り口の方向へと促した。
「お部屋をご用意致します。話もそこで」
従うべきかとランベルトは迷った。
自身の命についてはもはや覚悟を決めているが、少しでもコンティを守る方法と、兄の仇が取れる方法を模索したい。
ランベルトは振り向き、ダニエラの方を見た。
黒い扇を膝の上に置き、ダニエラは無表情でこちらを見ていた。
胸に咲いた巨大な黄色い薔薇が、細かい血管を花弁に這わせ脈打っていた。
ふと、痛いのではないかとランベルトは思った。
切れ間なく苛む痛みに、実は懸命に耐えて威厳を保っているのではと思った。
ただの推測に過ぎないのだが。




