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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio tredici 心臓を動かす手
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Benvenuti negli incubi. 悪夢へようこそ IV

「もっと近くへ。どうぞ」

 ランベルトは従者の方を見た。

 従者が黙って頷く。

「ご自分の育った地をそんな風に言うのか」

 玉座に座ったダニエラに近付きながら、ランベルトは言った。

「かつて、あなたの先祖がそう言ったのだ」

 ダニエラは言った。

「自ら悪夢に突き進む愚かな種族と」

 ランベルトは、ダニエラの胸部の巨大な薔薇を見た。

 ドレスの飾りかと思っていたが、近付いてよく見ると生き生きとした生花のように見えた。

 血まで通っているように感じるのは、気のせいだろうか。

「わたくし達が複数の姿を持つのはご存知? ランベルト様」

 目線で察したのか、ダニエラは言った。

「兄から聞いた。あなた方は普段の姿とは別に異体を持つと」

「兄……」

 ダニエラは、白く細い手を口に当て、ククッと笑った。

(ようやく)くお気付きになりましたの」

 歯を噛み締め、ランベルトは睨み付けた。

「気付いて……?」

「気付いていらっしゃらなかったのは、ランベルト様くらいでは」

 ダニエラはそう言い、ゆっくりと脚を組んだ。

「兄君も不憫ですこと」

 玉座の両の肘掛けに腕を起き、堂々とした態度でダニエラは正面を向いた。

「せっかく冥界から弟君を護りに来たのに、思い出しても貰えないまま消滅するなど」

 ランベルトは唇を噛み、前ポケットに忍ばせた拳銃のグリップを握り締めた。

「今のコンティの跡継ぎは私だ。コンティに怨みがあるのなら、私だけで宜しかったろう」

「怨み」

 ダニエラは鼻で笑った。

「確かに七百年前の先祖は、コンティを怨みつつこちらの世界へ来たでしょうのう」

 ダニエラはそう言い、両手を組んだ。

「だが我々も、それから代替わりを重ねている。今は怨むというよりも、伝承上の忌み嫌うべき一族という感じか」

 ダニエラは言った。

「同族の心臓を破壊する能力と、同族殺しを仕掛ける能力をギレーヌから受け継いだ一族」

 ダニエラはドレスの下で脚を組み直した。

「怨むいうより、嫌悪感はある」

「その嫌悪する一族に婚姻話を持ち込んだのか」

「わたしは為政者だ。種族のためなら、嫌悪する者を伴侶にするなど大したことではない」

 唇を噛みランベルトは黙り込んだ。

 自身とて、身分のある家の者だ。

 婚姻が、家や財産や所有地を守るためのただの契約だという理屈は知っている。

 だがランベルト自身は、懇意の家と家との間で、幼少の頃から見知った者同士で結ばれる婚姻ばかりを見てきた。

 たまたまなのであろうが、決められた婚姻の相手とはいえ、そこそこに昵懇(じっこん)の者同士の婚姻ばかりが身近であった。

 そこに家や所有地を背負うという悲壮感は無かった。

 甘い質問をすると侮られただろうか。

「誤解されても仕方ないが、あなたの命を狙ったつもりはありませんわ、ランベルト様」

 ダニエラは赤い口角を上げ微笑んだ。

「……あなたに操られた死体に、何度も斧を振るわれたが?」

 ランベルトは声のトーンを落とす。

「あのくらいの極限状態に陥れば、能力を発揮していただけるかと思いましたの」

 肘掛けに頬杖を付き、ダニエラは言った。

「あの時点では、能力が有るか無いかも分からなかったではないか」

 そのために、あんな凄惨な騒ぎを起こし、兄を邪魔者として転生も叶わない状態に追い込んだのか。

 「悪魔」と呼ばれる種族の者にたびたび感じていた禍々しい雰囲気は、彼らのこういう感覚を感じ取ったものだったのだろうか。

 兄が言っていた通り、こちらを獲物の鳥や兎と同等に見ている心理が底にあるのか。 

「可能性は一番高いと思いましたわ。ギレーヌの直系の子孫、しかも近い血筋に悪魔使いがいる」

 凛と響く声でダニエラは言った。

「悪魔使いが何か関係が?」

「偶然かもしれないが、コンティでは悪魔使いと心臓を破壊する者は、近い血筋同士に必ずどちらが欠けることなく生まれていたようだ」

 ダニエラは言った。

「元々どちらもギレーヌの能力だったのが関係しているのかもしれんが」

「それで」

 懸命に怒りの感情を抑え、ランベルトは言った。

「心臓を破壊する能力は、あなた方にとって忌み嫌うものではないか。わざわざ開花させるように仕向けた理由は?」

 ランベルトは言った。前ポケットに入れた手で、フリントロック銃のグリップを強く握る。

「それは」

 (ひざ)を付き背後に控えていたバルドヴィーノが口を開いた。

「兄君を亡くしたあなたにお願いするのは、非常に心苦しいのですが」

「バルドヴィーノ殿!」

 広間の奥に集まった諸侯達から声が上がった。

「お願いなど! 同族殺しの一族の者であろう。我々と同じ血を引きながら、我らの同胞を無数に弑した」

 バルドヴィーノは声の上がった方を向いた。

 広間の奥を蠢く人影を眺めながら、ゆっくりと立ち上がる。

「ご説明したはずだ」

 バルドヴィーノは張りのある声を上げた。

「だが、女王陛下の心臓を破壊しかけたのも、その者と聞いた」

 広間の奥の人影から更に声が上がる。

 ランベルトは目を眇め、ダニエラの胸に生えた巨大な薔薇を見詰めた。

 こちらを見たダニエラと真っ直ぐに目を合わせる。

「否定も弁解もしない」

 ランベルトは言った。

「罰したかったら罰したらいい。だがこちらはもう、あなた方に如何(いか)なる譲歩もするつもりはない」

「……心臓の完全な破壊は(とど)めましたが、損傷を受けた部分が異体のままになってしまった」

 こちらを向き、バルドヴィーノが冷静な口調で言った。

 ランベルトは目を眇めた。つい普段の人への気遣いが顔を出し、治るのかと質問したくなる。

 だが唇を噛み言葉を呑み込んだ。

 これは兄の仇だ。

 ただ殺されるだけではない。兄は未来永劫、転生も叶わなくされた。

 改めて意を決し、ランベルトはダニエラを睨み付けた。

「ダニエラ殿」

 ランベルトは言った。

 何だ、と言うような高慢な態度でダニエラはこちらを見る。

 今まで何度か会っていた偽物のダニエラは、如何様(いかさま)くさくどこか薄っぺらい印象があった。

 いま目の前で玉座に座る女性は、高飛車で禍々しくはあるものの、為政者としての覚悟も懐の深さも同時に感じる。

 彼女なりに種族を守ろうとしたのであろうことは分かるが、だからといって兄にしたことを許し、兄が守ろうとしたコンティを彼らに好きにさせる訳にはいかない。

「ダニエラ殿!」

 ランベルトは前ポケットからフリントロック銃を取り出した。

 ダニエラに真っ直ぐ向ける。

「ランベルト(ぎみ)!」

 背後から止めようと駆けつける靴音がした。

 ランベルトは撃鉄を起こし、引き金を引いた。



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