Grim reaper di rose. 薔薇の死神 III
ランベルトは戸惑いながらも反射的に頷いた。
この件の完全な解決というと、やはりダニエラを死に追いやることしか無いのか。
出逢った折にアノニモが強引にさせた契約は、ダニエラの抹殺という内容だったと思い出した。
疑惑を持ち続けた相手とはいえ、彼女には彼女の事情があったのだとどうしても思ってしまうのは、やはり甘いのか。
「コンティ……」
バルドヴィーノは呟いた。
「やはり、真の悪魔は貴殿らだ」
「聞き飽きた」
アノニモは言った。
「別世界に居てまでも心臓を破壊するなど!」
「心臓を……?」
ランベルトは眉を寄せた。どういうことかとアノニモの方に目線を移す。
「勘違いするな。悪魔の心臓のみだ」
平然とアノニモは言った。
「そう。貴殿らの同族ともいえる我らのだ」
バルドヴィーノはそう言い、ランベルトの方を見た。
「ランベルト君、先程も申し上げた。我らはあなたと争う気はない。コンティの悪魔払いとは、どちらの能力にせよ残酷な同族殺しだ。そんなことをせずに手を組みませんか」
「女王様は、かなり意見が違っていたようだが?」
アノニモは唇の端を上げた。
「従者が懸命にランベルトを丸め込もうとしているのに、女王がついつい本音を漏らしてしまっているのか、それとも戦略の打ち合わせ不足なのか」
アノニモは肩を竦めた。
「一度戻って、寝台で打ち合わせをし直したらどうだ」
「貴殿はランベルト君にまで同族殺しをさせる気か! それで平気か!」
バルドヴィーノはアノニモに詰め寄った。
「弟君にまで……!」
「それ以上言うなよ、従者」
低く圧し殺した声でアノニモは言った。
「……まだ隠す気か」
バルドヴィーノが言ったその時だった。
「お退きください! バルドヴィーノ様!」
ハスキーな女の声が響いた。
アノニモの背後に深紅のドレスの人物が現れ、空中に舞う。
新たな骨細工の鎌を振り上げ、アノニモの頭上から一直線に振り下ろした。
深紅のドレスが、飛び散る血のように女の動きに合わせ靡く。
アノニモを守っていた女悪魔たちが一斉に構え、棒状の髪止めを髪から外し女に投げ付けた。
髪止めを何本も身に受け、女は蝋燭のような小さな炎になり消える。
「アノニモ!」
ランベルトは身を乗り出し叫んだ。
前方を守っていた二人の悪魔が振り返り、引き留めるようにランベルトの胸部を抑えた。
後ろ姿を見せたままのアノニモの姿が、縦に分割し歪む。
「アノニモ!」
ランベルトは再び叫んだ。
二人の悪魔を押し退けて駆け寄ろうとした。
「アノニモを……!」
助けてやってくれ、と二人の悪魔に懇願しようとした。
精悍で美しい顔と目が合う。
アノニモの命令しか聞かないのだったかと思い出した。
「だが、君達が忠誠を示す主人じゃないのか!」
ランベルトは絶叫した。
「アノニモ!」
なぜそこまでしてとランベルトは思った。
消滅し、転生することが叶わなくなるかもしれない危険を犯してまで、なぜ自分とコンティを守ってくれようとしたのか。
一体、真意は何だったのか。
先ほど拳銃を撃った際に、後ろで支えてくれたのを思い出した。
何度か香った、ハーブと小麦粉菓子の混じったような香りが、あのときも香っていたのを思い出した。
あの香りが後ろに寄り添ってくれていたので安心した。
あの香りのする者の指示に従えば、大丈夫という気がしたのだ。
ふと、ランベルトの脳裏に閃いたものがあった。
兄上。
パズルのピースが突如一致したかのように、ランベルトの頭の中で確証が浮かんだ。
あの香りは、兄のパトリツィオが身に付けていたものではなかったか。
「兄上……?」
ランベルトは呟いた。
なぜ思い出さなかったのだ。
あれは、兄なのか。
「アノニモ!」
ランベルトは絶叫した。
アノニモの姿は、上下に歪み消えようとしていた。
ランベルトは、手を思い切りアノニモの方に伸ばした。
引き留める二人の悪魔の手を振りほどこうと激しく身を捩らせる。
「兄上! パトリツィオ兄上!」
二人の悪魔に止められながら、ランベルトは駆け寄ろうとした。
なぜ思い出さなかったのだ。
あれだけ助けてくれたのに。
「パトリツィオ兄上!」
ランベルトは絶叫した。
消滅する寸前のアノニモが、一瞬だけこちらを向いた。
自身にそっくりの顔だった。
なぜ気付かなかった。
「兄上!」
ランベルトは再度絶叫した。
アノニモの姿が消滅すると同時に、使役していた悪魔達が全て姿を消す。
ランベルトは、呆然とアノニモの消えた辺りを眺めた。
バルドヴィーノが寝台の上に静かに鎌を置き、こちらに近付く。
「ランベルト君」
そう言いバルドヴィーノは膝を付いた。
「我らの住む世界へ、同道をお願いしたい」