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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio dodici 背後の鮮烈な薔薇
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Grim reaper di rose. 薔薇の死神 II

「何故。叔父上は、母上の実弟だ。コンティの当主になっていたかもしれない人ではないか」

 ランベルトは言った。

「ガエターノが、実の娘の婚姻の話をいつまでもしたがらないのは何故だと思う」

「え……クラリーチェ?」

 ガエターノの一人娘、従姉妹に当たる娘をランベルトは思い浮かべた。

 ここ数年は会っていないが、可愛らしく明るい性格という印象の娘だ。

 かなり早い時期に婚姻したガエターノは、クラリーチェといると、父子というより恋人同士のように見えた。

 親戚が集まる場所でも、常に二人で一緒にいたのを覚えている。

「何故コンティの誰も気付かなかった」

 強い(いら)つきを覚えているかのように、アノニモは声音を低くした。

「親戚との関わりの大半を絶ってしまった辺りで、おかしいと思わなかったのか」

 アノニモの言い様が、コンティの一族全員を責めているように感じられた。

「あれは、実の娘に懸想(けそう)している。どこにも嫁がせたくないから、娘を連れて(こも)った」

「なん……」

 ランベルトは、白い将校服の後ろ姿を見た。

 (にわか)には信じられない言葉だった。

 つい最近、屋敷の廊下で言葉を交わしたばかりの叔父と、以前は頻繁に会っていたクラリーチェの顔を思い浮かべた。

「なぜ誰も、ガエターノの本心を追及しなかった」

 アノニモは語気を強めた。

「……クラリーチェは?」

 頬を強張らせランベルトはそう尋ねた。

「さあな」

 アノニモは言った。

「父親の気持ちを承知しているのかどうかまでは知らん。普通なら、婚姻の話もしない父親をおかしいと思う頃だと思うが」

 父も母も、クラリーチェのことは懸念しつつも、叔父の行動については自由にさせてやれという姿勢だったことをランベルトは思い出した。

 他の親戚も、当主の弟にあまり面と向かって(うるさ)く言うつもりは無いようだった。

 それが、叔父にとって幸であったのか不幸であったのか。

「……相談くらいしてくれれば」

 ランベルトは呟いた。

「何も助言は出来なかったかもしれんが」

「馬鹿者」

 呆れたように言い、アノニモは前髪を掻き上げた。

「なぜある時期から、お前に娘を会わせなかったんだと思う」

 アノニモは言った。

「ガエターノにしてみれば、お前も娘を奪うかもしれない男の一人だったからだ」

 アノニモの目の辺りに、女悪魔の一人が手を添えた。

 何かを(ささや)いているかのように、アノニモは顔を少し下に向ける。

 何かの指示でもしているのか。

 次の瞬間、アノニモは何かを察知したかのように後ろに飛び退いた。

 アノニモを守っていたドレスの女悪魔たちが、一斉にスカートを上げ防御の姿勢を取る。

 ランベルトの前にいた二人の悪魔も再び剣を構えた。

 天井近くに大きな鷲が現れ、凄まじい速さでアノニモの周辺を旋回する。

 長身の男性の姿に変わると、床に降り立つが早いか、素早い動きで骨細工の鎌を拾った。

 バルドヴィーノだった。

「来るとは思ったが、随分とタイムラグがあったな」

 アノニモは言った。

「女王様と寝室は一緒ではないのか」

「貴様!」

 バルドヴィーノは、剣を振るのに似た構えで鎌を振るった。

「私とあの方は、そんな汚れた間柄ではない!」

「……不健康だな、貴殿ら」

 身を(かわ)して寝台の上に乗り、アノニモは言った。

「先程の弾丸で女王はどうなった。何かしらのダメージがあったのでは?」

「指図したのは、やはり貴様か!」

 バルドヴィーノは鎌を片手にアノニモを追い、寝台に乗った。

「撃ったのはランベルトだが」

 アノニモは言った。

「おい……」

 ランベルトは顔を(しか)めた。

 確かにそうだが、身を呈して守ってくれるかと思いきや、今度は矛先をこちらに向けさせるとは。こういう所がアノニモは本心が分からない。

 バルドヴィーノが、こちらを振り向きじっと見詰める。

 ランベルトは、拳銃のグリップを静かに握り直した。

 拳銃で、取りあえずの対抗は出来るということか。

 先ほど弾丸が消えたのは、どういう理屈で何が起こったのか。

 あの銃撃でここには居ないダニエラが何らかのダメージを受けたというのは、普通ならばあり得ないことだと思うのだが。

 詳細を尋ねたいと思い、ついランベルトはアノニモの方を見たが、悠長に質問などしている場合ではなさそうだ。

「ランベルト(ぎみ)

 バルドヴィーノは固い声で言った。

「改めて申し上げます。あなたと争う気はない。我らの側に味方してくれる訳にはいきませんか」

「何の戯れだ、従者」

 アノニモが口を挟んだ。

「貴様、とっくに分かっていたのだろう。ランベルト(ぎみ)がコンティの能力を確かにお持ちだと」

「分かったのは、つい先刻だ」

 アノニモは肩を竦めた。

「嘘を吐け! それならば、咄嗟にあんな指示など」

「ではこうしよう。ランベルトと貴殿と、トレードではどうだ」

 寝台を踏みつけ、身体をやや上下させながらアノニモは言った。

「おい……」

 ランベルトは顔を歪めた。

 また何を言い出すのだ、この男は。

「貴様……」

「女王様にその旨お伝えしろ」

 アノニモは言った。

「生きていればな」

「えっ……」

 剣を構える二人の悪魔の背後で、ランベルトは目を見開いた。

「生きて……?」

 そこまでのことをしてしまったのかと、焦りと罪悪感とで複雑な気分になった。

「アノニ……」

「滅多なことを言うな! お命は取りとめた!」

 バルドヴィーノが声を上げる。

「それは残念」

 アノニモは肩を竦めた。

「ランベルト、解決はまだ先延ばしだ」



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