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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio dodici 背後の鮮烈な薔薇
51/78

La rose vivido dietro. 背後の鮮烈な薔薇 I

 深紅のドレスの女が天井近くに舞い上がり、ダニエラに渡したものと同様の骨細工の鎌を頭上に振り上げた。

 アノニモが振り向く。

 すんでの所でアノニモの使役する女悪魔たちが一斉にドレスの裾を持ち上げて盾にし、攻撃を防いだ。

 女悪魔たちがアノニモを取り囲むようにして構える。

 長身の男の悪魔が躍り出て、深紅のドレスの女に向けて(むち)を振るった。

 鎌が弾き飛ばされ、回転して床を這う。

 続けて男の悪魔は鞭を振るうと、女の利き手を捕らえた。

「やれ」

 アノニモは言った。

 鞭を通して、暗い橙色の焔が女を襲う。

 深紅のドレスが縮むように小さくなり、女の姿は小さな蝋燭(ろうそく)の火のような姿になり消えた。

「さて」

 アノニモは侍女に守られたままのダニエラを見た。

 呼び出した者が命を落としたにも関わらず、美しい顔には何の表情も無かった。

「膠着状態か」

 アノニモは言った。

 ランベルトは従者二人の手を振り解こうと身を(よじ)った。

 助けられて逃げて、それでいいのか。

 アノニモがどんなつもりでここまでしてくれるのかは知らないが、転生も叶わなくなるかもしれない瀬戸際で守ってくれているのだ。

「アノニモ!」

「……何だ」

 アノニモはうんざりとした声で返答した。

「私には能力があるのか無いのか、お前は知っているのか!」

「お前などには無い。さっさと退室しろ」

 アノニモは言った。

「屠る方の能力かもしれんと以前言っていなかったか」

「かもしれんと言っただけだ」

 構える女悪魔たちの後ろで、アノニモはダニエラを真っ直ぐに見据えていた。

 両脇をがっちりと抑える二人の悪魔を懸命に引き剥がそうとしながら、ランベルトは声を上げた。

「何らかの能力があるなら何とかする! 出来るなら今度は、私がお前を助ける!」

「こんな闘いには関わらんでいい。終わったのちには忘れろ」

 そうアノニモは言った。

「そんな訳にはいくか!」

「聞こえんのか馬鹿者!」

 ランベルトの上げた声に、更に被せるような激しい口調で、アノニモは言った。

「切り刻め!」

 ダニエラが声を上げた。

 床に落ちた鎌を、ダニエラの侍女のひとりが拾った。そのまま立ち上がり女悪魔たちを押し退けるようにしてアノニモを襲う。

 アノニモは首を傾け避けた。

「やれ!」

 鎌を持った侍女から火柱が上がり、天井に届く勢いで燃え立つ。

 燃えたまま立ち尽くした侍女は、ややしてから焦げた陶器の残骸になり床に散らばった。

 ダニエラが、ククッと(のど)を鳴らし笑う。

 何を意味した笑いだろうかと、ランベルトは視線をあちらこちらに動かした。

 アノニモが、目の辺りを軽く抑えていた。

 ダークブロンドの髪の毛先が水滴のように崩れて見えたが、すぐに収まる。

「仮面が切られてしまったようだな、亡霊」

 赤い唇の端を上げダニエラが言った。

 ランベルトは目を見開いた。

 いま駆け寄れば、アノニモの素顔が見られる。

 素性が分かるかもしれない。

 だが、次の瞬間にそんな場合ではないと思い直した。

 自身の存在すら賭けて守ってくれようとしているアノニモに対して、いま考えるべきことではないだろうと思った。

「いや……」

 目元の辺りに指先を当て、アノニモは言った。

「霊体なので、仮面をまた出すくらい造作もないのだが」

「そうだろうな。だが」

 ダニエラは言った。

 空中に、密陀僧(マシコート)色の薔薇がいくつも湧いて出た。

 呼応するように床に転がった鎌がふわりと浮かぶ。

 薔薇は新たな侍女の姿になり、そのうち一体の侍女が鎌を手に取った。

「切り刻め! 顔を隠す暇など与えるな!」

 ダニエラは声を上げた。

「首だけ残してランベルトにお前の顔を見せ、驚く顔を眺めてやるわ!」

「いちいち趣味が悪いな、女王様」

 アノニモは目元を抑えていた手を髪に移動させ、前髪を掻き上げた。

 侍女たちが二手に分かれ、一方がランベルトに襲いかかって来た。両腕を掴んでいた二人の悪魔が、ランベルトの前に立ち塞がり身構える。

 侍女は縄のように手を長く伸ばし、ランベルトの顔を掴もうとした。二人の悪魔が薙ぎ払う。

 白い骨細工の鎌が勢いよく振り下ろされるのが視界の端に見え、ランベルトはアノニモの方に目を向けた。

 途端に侍女の腕が長く伸び、ランベルトの短い髪を掴む。ランベルトは力尽くで引き剥がした。

 従者姿の悪魔の一方が、ランベルトに身体を寄せ背中に庇う。

「アノニモ!」

 ランベルトは声を上げた。

 白い鎌を避けながら、アノニモは僅かにこちらに顔を向けた。

「だからさっさと逃げろと言っているだろうが、馬鹿者!」

 女悪魔たちが攻撃を防ぐのとほぼ同時に、アノニモは寝台の上に(ひざ)で乗った。

 枕の下を探る。

 寝る時に念のため置いていたフリントロック式銃を取り出すと、ランベルトの方に放り投げて寄越(よこ)した。

 回転し床を這う拳銃を、ランベルトは即座に拾った。

「足を引っ張る気がないなら、取りあえずそれでやれ!」

 アノニモは言った。

 咄嗟にランベルトは、籠めていた弾丸と銃の状態を確かめた。

 襲いかかる侍女に銃を向ける。

 侍女の密陀僧(マシコート)色の瞳と目が合った。

 顔に照準を当てる。だが躊躇し銃口を逸らした。

「相手は人形だ! 女中の死体とは違う!」

 女悪魔たちとともに鎌を防ぎながら、アノニモは声を上げた。

 伸びた侍女の腕がランベルトの肩を掴み、羽織った服をがっちりと握る。

 従者姿の二人の悪魔が、ランベルトから引き剥がし(ひじ)から捻り切った。

 カシャン、と音を立て侍女の陶器の腕が床に落ちる。細い指を蜘蛛(くも)のように動かして床を這い、暫くして粉々に割れた。

 床には、他の侍女の腕と思われる破片が散らばっていた。

 二人の悪魔が、ランベルトにぴったりと張り付くようにして背中に庇う。

 腰から長剣を抜くと、揃って構えた。



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