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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio undici 鎌のような月
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La regina è una bambola. その女王は人形 II

「ダニエラ殿、もういいだろう。取引をしよう。こちらも譲歩できる部分があれば提案させていただく」

 ランベルトは言った。

 従者姿の悪魔二人が強めに腕を引いたが、それでも踏み留まった。

「まだいたのか、馬鹿者」

 アノニモはこちらを振り向きもせず言った。

「女王様と大人の漫才をやっている間に逃げろ」

「ダニエラ殿!」

「何度言わせる」

 アノニモはこちらを振り向き首を少し伸ばすと、両脇の従者姿の悪魔に対し言った。

「一、二発ひっぱたいても構わん。連れて行け」

 従者姿の悪魔二人は頷いた。

「アノニモ!」

「……何だ」

 (うるさ)そうにアノニモはそう返事をした。

「名を言ったら言うことを聞いてやる」

 アノニモは再びこちらを振り向き、じっと見た。

 暫くして向こうを向く。

「却下」

 短くそう言った。

 従者姿の悪魔がグイッとランベルトの両腕を掴み、強引に連れ出そうとする。

「何が却下だ!」

 後ろ歩きのようにして引きずられながら、ランベルトは声を上げた。

 ダニエラが甲高い声で笑う。

「教えて上げたら良いではないか。兄う……」

「手を狙え!」

 アノニモが声を上げた。

 髪の長い長身の男が躍り出た。

 手にした(むち)を大きく振ると、ダニエラの手を打ち付けた。

 短く悲鳴を上げダニエラが鎌を床に落とす。

 カランカランと音を立てて、白い骨細工の鎌が床で跳ねた。

「無礼者が!」

 ダニエラの背後の空間が歪んだ。

 人形の手が何本も現れ、ずるずると伸びて鞭を持った男に一斉に襲いかかる。

「やれ!」

 アノニモが声を上げた。

 人形の手に暗い橙色の焔が絡み、蛇行するように這って一斉に焼き尽くした。

「息を吐く暇など与えるな! 顔に少々傷を付けても構わん!」

 アノニモは鞭を持った男に指示した。

 男は長い髪を背中で大きく揺らし、鞭を持った手を真横に振った。

 凄まじい速さでダニエラに向かった鞭の切っ先が、床からゆるりと立ち上がった侍女姿の人形の手に絡められる。

 するりと人形の手から抜けた鞭を、男が巧みに手元に戻す。

 同じような姿の人形が更に二体ほど床から這い出て、ダニエラを囲むようにして構えた。

「女王様」

 アノニモが口の端を上げた。

「それで、その体は本物か」

「えっ……」

 部屋の出入り口近くまで引きずられていたランベルトは、両脇をがっちりと掴む二人に抵抗しながら目を見開いた。

「まだいたのか」

 アノニモがこちらを向き眉間に皺を寄せる。

「本物かって……」

「以前お会いしていたのは、偽物の人形だったようだが。女王様」

 ダニエラは無言だった。

 自身よりも背の高い侍女たちの後ろで、表情もなく真っ直ぐアノニモを見ていた。

「あの従者が素直に帰ったところを見ると、偽物かな」

 アノニモは肩を揺らし含み笑いをした。

「従者なら先ほど助けに入っていたではないか」

 ランベルトは言った。

「よく思い出してみろ。女王様に対するセクハラ発言を止めに来ただけだ」

 ランベルトは抵抗する動きを止めた。

 侍女たちの華奢な肩から顔を覗かせるダニエラをじっと見る。

「だからか、ダニエラ殿」

 ランベルトは言った。

「以前から、あなたと会うたびに何か紛い物のような雰囲気を感じて違和感があった」

 アノニモが再びこちらを見た。

「なぜそれをさっさと言わん」

「いや……気のせいかと思って」

「お陰で無駄なお人形遊びをしてしまったではないか」

 アノニモは嫌そうに言った。

 ククッと(のど)の奥を鳴らしダニエラが笑う。

「コンティの悪魔払いの素質を持っている可能性は、やはりありそうだな、ランベルト」

「さてな」

 アノニモは言った。

「感性が鋭いだけで、実践的な能力を持たない者は、かつてのコンティ家にもいた」

「お前は、実はとっくに分かっているのでは?」

 ダニエラは赤い目を細めた。

「コンティのもう一つの能力が何か、ランベルトには言っていないのでは。むしろランベルトがその能力に気付かないまま全て終わることを望んでいる」

「どこからの推測なのか。気のせいですよ、女王様」

 アノニモは肩を竦めた。

「亡霊、お前の死因は何だ」

 アノニモに真っ直ぐ視線を向け、ダニエラは鋭い声でそう言った。

「ランベルト様」

 ダニエラはランベルトの方に視線を向けた。

「兄上様の死因は何でした?」

「え……兄?」

「若くしてお亡くなりになったそうですけど、病で臥せっている姿など御覧になりました?」

 目を見開き、ランベルトはダニエラを凝視した。

 確かに見た覚えは無かった。

 兄は危篤だと急に聞かされ、部屋に近付かないよう言われた気がする。

 死因は何だったか。

 当時ははっきりとは聞かなかった。

 兄の死後だいぶ経ってからも、両親と屋敷の者たちの嘆く様を見て聞きそびれたままだった。

「何の関係がある?」

 アノニモが口を挟んだ。

「私の死因とランベルト様の兄君の死因と、何か関係が?」

「何ともまあ、白々しい(とぼ)けぶりを」

 ダニエラは目を伏せ、口元に白い手を当てた。

「ランベルト様」

 ダニエラは言った。

「こういうことはお考えになりません? ご自分の能力が、知らぬ間に兄上様を死に至らしめた可能性があるのではないかと」

「何を言っている」

 アノニモが怒気を含んだ声で言った。

「ではなぜ、兄上様はランベルト様を助けにいらっしゃらないのでしょう。このような素性不明の怪しげな霊が来るくらいなら、兄上様がいらっしゃる方が自然ではありませんこと?」

 チッとアノニモが舌打ちをした。

「いや兄は」

 そうランベルトは言いかけた。

 兄に疎まれていたのではないかとは何となく思い続けていたが、それでも弟の命や家が関わるようなことを、むざむざと知らん振りする人だっただろうか。

「多分、何か事情がおありなのだと」

 ランベルトは言った。

「事情」

 ククッとダニエラは(のど)を鳴らし笑った。

「どんなご事情なのでしょう?」

「冥界の理屈は分からんが、何か来られない事情があるのだと思う」

 ダニエラは鼻で笑った。

「まあ、ランベルト様お優しい」

「無駄な撹乱(かくらん)はやめたらどうだ、女王様」

 アノニモは言った。

「そちらの精神的な揺さぶりには引っ掛からんよう教えてある」

「ほう」

 侍女たちの後ろで、ダニエラはゆっくりと腕を組んだようだった。

「素性の分かるこちらよりも、素性不明の霊を信用したのか」

 ダニエラは言った。

「何と愚かなの。ランベルト様」

 ダニエラは哀れむような表情をした。

「相手は、催眠の魔力を使うような者ですのよ。ご自分が催眠に掛けられて、信用したと思い込まされているとは考えませんの?」

「えっ……」

 両腕を従者姿の悪魔に引かれながら、ランベルトは目を見開いた。

「くだらな過ぎる。さっさとランベルトを連れ出せ」

 アノニモは二人の悪魔に命令した。



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