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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio due 死者の部屋
5/78

Finestra ci sono fantasma. 幽霊のいる窓 I

 私室の窓からは、芝生を敷き詰めた広大な庭が見下ろせる。

 庭の所々に植えられた薔薇の木に、ここ数日小さなつぼみがつき始めていた。

 門の前に停まった馬車の屋形から、臙脂(えんじ)色のドレスを着た令嬢が降りるのが見える。

 侍女をともない、幅のある中央の通路をこちらへ向かう。

 ランベルトはその様子を窓から見下ろしていた。

 扉がノックされた。

 入室した執事が一礼する。

「ダニエラ・バルロッティ嬢がいらしております」

「申し訳ないが会う気はない。あちらにもそう伝えてくれ」

 ランベルトそう告げた。

「しかし、婚約者ではありませんか」

「承知していない」

「お父上が決められたことです」

 執事が言う。

「ではその父がまともな状態になってから改めて決めてくれ」

 ランベルトはそう返した。

 父の様子は相変わらずだ。

 礼拝所には以前ほど行かなくなったものの、私室でグラスを散らかしぼんやりとしているか寝ている。

 女たちがいなくなれば元に戻ると単純に思っていたが、そういう訳ではないようだ。

「正気ではない状態で決めた結婚話など、有効なのか」

 ランベルトはそう問うた。

 執事が答えにくそうに眉をよせる。

「正気を失った(あるじ)が取り仕切っている御家というのも実際はままありますので」

「家さえ何とか運営出来ていれば良いという訳か」

「わたくしの立場では、仰る通りと言うしか」

 ランベルトはダークブロンドの髪を掻き上げた。

「……令嬢には、体調が優れないのでと伝えてくれ」

 執事は一礼し退室した。

 扉が閉まる。

 ふと横を見るとアノニモが立っていた。

 ランベルトが驚いて肩を揺らすと、アノニモは胸に手を当て一礼した。

「突然現れるな」

「霊ってこういうものですよ」

 アノニモは微笑した。

「仮面で顔を隠しているのは、何か意味があるのか」

「びっくりされそうなくらい可愛らしい顔をしているので」

 何の冗談なのか。ランベルトは眉をよせた。

「悪魔というものもいまだ信じ難いが」

 ランベルトは窓に背を向けた。

「あの女悪魔どもは、なぜお前と私を間違えたのだ」

 アノニモが窓の(さん)に手をかけて庭を見る。

「あれがダニエラ・バルロッティ嬢ですか」

 話を逸らしたのだろうか。

 アノニモの様子を眺めながら、ランベルトはそう勘ぐった。

 誰かとそっくりに化けられるとか眩惑の術でも使えるとか、そういう答えを予想していたのだが。

 違うのか。 

 窓の外を見るアノニモをじっと見つめる。

 仮面の穴から覗く目の色は、明るい瑠璃(るり)色らしい。

「こんな話をするのも何だが」

 おもむろにランベルトは切り出した。

「あの契約書の “抹殺” というのは冗談だろう?」

 アノニモは無言でこちらを向いた。

「バルロッティ家にどんな思惑があるかは分からんが、彼女はただ言いなりで輿入れさせられるだけの令嬢だ。殺すまでは」

「しかし、バルロッティ家とは」

 ランベルトの言葉を無視してアノニモは呟いた。

「そんな御家、聞いたことありました?」 

「ない」

 ランベルトは答えた。

「それがまず不可解なのだ。聞いたこともない家のに、家の者はみな由緒正しい大貴族家と認識している」

 それともう一つ、とランベルトは付け加えた。

「うちの所有地のひとつが、いつの間にかバルロッティ家のものということになっていた」

「どこの所有地ですか」

「ポンタッシェーヴェのものだ」

 ああ……とアノニモは宙を見上げた。

「うちがそこの所有地を手に入れるために、バルロッティ家との婚姻関係が必要なのだとか」

「頓珍漢な話ですな」

 アノニモは言った。

「あれは元からうちの所有地だったのではと言っても、誰にも通じん」

「ご親戚一同?」

「ここ最近会った範囲の親戚だが」

 そうランベルトは答えた。

「関係の書類などは」

「どれも見つからない」

 ランベルトは軽く溜め息をついた。

「自分の方がおかしいのかと思い始めていたところだ」

 こんな素性の定かではない者に何を話しているのかとランベルトは思ったが、さしあたって相談する相手もいない。

 アノニモは、ゆっくりと腕を組んだ。

「あそこは確かにコンティ家の所有地ですよ。七世紀も前の先祖が功績で(たまわ)ったものだ」 

「……なぜ詳しい」

 ランベルトは眉を寄せた。

「契約者に関する情報ですから」

 アノニモが肩を揺らして笑う。

「バルロッティ家についても調べたのだが。数年ほど遡った辺りで、突如なんの記録も見つからなくなる」

 アノニモは窓の縦枠に背中を預けた。やや顔をうつむかせ、仮面を押さえる。

「バルロッティ家がどんな家なのか、全くの不明だ」

 ランベルトは宙を眺めた。

「侯爵家ということは、王家か大公家に連なるはずだと思うのだが……」

「とはいえ、あなたはコンティが身分を賜った経緯もご存知ないのでは?」

 アノニモが言う。

「普通に軍功か何かではないのか?」

「コンティの紋章がなぜ薔薇なのか、考えたことはありませんか」

「それが関係しているとでも?」

 ランベルトは軽く眉をよせた。

「いえ。直接的にはさほど」

「……何なんだ」

 どうにも会話の調子を外す男だとランベルトは思った。

 真面目に話す気があまり無いのだろうか。

「コンティと何度も婚姻しているロドリーニ家は。何も言っては来ませんか」

「始めは言って来ていたが、最近は音沙汰なしだ」

「音沙汰なし……」

 アノニモは宙を見上げた。

「生きていますかね」

「物騒なことを言うな」

 ランベルトは顔をしかめた。



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