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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio undici 鎌のような月
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La regina è una bambola. その女王は人形 I

 ダニエラは上体を大きく捻ると、骨細工のような鎌を横に振った。

 さほど早い動きではなかったが、動きに合わせて低い風切り音が響く。

 音源のよく分からない唸るような声が、風切り音の後を追うように耳に届いた。

「鎌がなぜか似合うな、女王様」

 アノニモは口の端を上げた。

「悪魔などより、死神と名乗った方が良いのでは」

「黙りや」

 ダニエラは(きつ)く眉を寄せた。

「まずは散り散りになって消え失せろ、亡霊」

 長いストレートの黒髪が宙に舞い、ばさりと右肩に落ちた。

「ダニエラ殿!」

 ランベルトは声を上げた。

「あなた方の事情は分かった。話し合い、別の方法を模索出来ないのか」

「前に言ったことを理解していないんですか、ランベルト。獲物の鳥や兎と話し合い譲歩する人間がいますか?」

「だが」

 ランベルトは食い下がった。

「婚姻を申し込んできた相手ということで、少しでも分かり合えるような気がしているんですか?」

 アノニモは革靴の音をさせ再びダニエラに近付いた。

「ここではっきり言ったらどうだ、女王様」

 先程と同様にダニエラの間近に近付くと、アノニモは美しい顔を見下ろした。

「あの従者と恋仲だと」

「え……」

 ランベルトは目を見開いた。

 こちらを向き、アノニモは呆れたような口調で続けた。

「何をショックを受けているか」

「受けていない」

 眉を寄せランベルトは言った。

「本当か、ダニエラ殿」

 アノニモが放って寄越した部屋着を羽織り、ランベルトは寝台の端に腰掛けた。

「ならばなぜ、こちらと強引に婚姻など」

「種族全体のために、好きでもない男の所に嫁ごうと決めた心根は立派だが」

 アノニモは言った。

悪足掻(わるあが)きはやめて、潔く滅びたらどうだ」

「黙れ。いずれにしろ死者であるお前に、生者のことなど関係ない」

 ダニエラは赤い目で睨み付けた。

「死者であっても、契約というものは存在する。こちらには契約者を守る義務がある」

 アノニモは言った。

 ダニエラが上体を反らし気味にし甲高い声で笑う。

「それは、戯れで言っているのか」

 赤い唇の端を上げ、アノニモの顔を見上げた。

「お前の言う契約など、ランベルトの傍にいる理由を作るための適当なものではないか」

 ランベルトはアノニモの顔を見上げた。

 本当かと聞こうとした。

 だが、「悪魔」が精神からぐらつかせるのに長けた種族だとアノニモが言っていたのを思い出した。

「いや……」

 ランベルトは口籠った。

「少しはお利口さんになってきたようですね、ランベルト」

 目を合わせアノニモは言った。

「私の方を信じていれば、少なくとも悪いようにはしない」

 ランベルトは仮面の顔をじっと見上げた。

 だから、一体誰なのだと思った。

 別の世界に連れ込まれた自分を手間を掛けて探し、悪魔たちから守り、ずっと傍にいた。

 素になったときの口調と、香りに覚えがあった。

 自分と同じようなダークブロンドの髪と、悪魔使いの能力は、コンティの血筋の者に間違いないだろうと思うのだが。

「アノニモ」

 ランベルトは言った。

「何ですか?」

 アノニモはそう言い、腰に手を当てた。

「この非常時に、下らない質問はやめてくださいね」

 何でこう、時折こちらの考えを先読みしたようなことを言うのか。

 自分のことをよく知っている人物なのか。

「私を信じて、指示に従ってください」

 アノニモは言った。

「危なくなったら、私には一切構わず逃げてください」

 部屋の空気が、濃くどろりとした感じに変化した気がした。

 視界が赤く染まり、部屋中がぐらりと傾いたような錯覚を覚える。

 脳の奥が、軽く平衡感覚を狂わされたような感覚に陥った。

 目の前の風景が、絵画か何かのように実感の無い景色に感じる。

「アノニモ」

 自分の五感に自信が持てなくなるような感覚だった。

 不安になり、ランベルトは思わずアノニモの名を呼んだ。

「ほら、立って」

 腕を掴まれ、寝台から立たされる。

 いつの間にかアノニモがすぐ傍に来ていたことに気付いた。

 低く唸るような風切り音がした。

 白い骨を寄せ集めた鎌が、空中を滑るように迫るのが目に入った。

「アノニモ!」

 ランベルトから手を離すと、アノニモは後退り鎌を避けた。

「出ろ」

 アノニモは空間に向かいそう言った。

 更にぐらりと空間が揺れる。

 様々なドレスを着た女悪魔たちが、アノニモの盾になるような位置に膝を付き姿を現した。

 長く美しい髪を綺麗に結い上げ、上流階級の婦人のような品の良いドレスに身を包んだ女達が(ひざまづ)く様は、宮廷内の光景を見ているようだった。

「よいな」

 アノニモは女悪魔たちに向かい、堂々と声を上げた。

「お前たちの種族がどうあれ、忠義を示すべき主人は私だ」

 女悪魔たちは無言で頷いた。

「女王を冥界にお連れしろ!」

 女悪魔たちは一斉に顔を上げ、ダニエラに赤い目を向けた。

 ダニエラは迎え撃つように女悪魔たちを睨み付け、骨細工の鎌を構えた。

「コンティの悪魔使い! この真の悪魔が!」

 ダニエラは声を上げた。

 鎌を後ろに引き、勢いを付けて振り下ろした。

 アノニモが上体を反らし避ける。

 鋭い風切り音と共に空間に切れ目が入った。

 唸るような音を立て、切れ目に向かって強い引力が働く。

 切れ目の向こう側から、暴風の吹き荒れるような音と、噛み砕くような音が続いた。

 霊を破壊する異空間だろうかとランベルトは思った。

 アノニモが、そちらを真っ直ぐに見たまま眉間に皺を寄せる。

 ダークブロンドの髪が、切れ目に引き摺られるように(なび)いていた。

 髪の先端が、水滴が零れるように崩れて見えるのは気のせいか。

「ダニエラ殿!」

 ランベルトは声を上げた。

 ダニエラはアノニモと睨み合ったままだった。

「やめてくれ! 目的は私のはずだ!」

 アノニモの使役する女悪魔たちが、アノニモの前に立ち塞がった。

 それぞれに片手でドレスの裾を広げアノニモをガードする。

 色鮮やかで優雅な光景ではあるが、スカート部分で受け止めている力は凄まじい。

「貴様ら! こんな男に(たぶら)かされおって!」

「いい男だからな」

 アノニモは口の端を上げた。

 こんな時まで悪ふざけを持ち込むか、とランベルトは(にわか)に困惑した。

 ダニエラの言う通り、アノニモのこういった言動のお陰で怪異と危険な目に会いながらも、あまり動揺せずにいられた。

 誰なのかも分からないまま、随分頼ってしまっていたが。

 将校服の背中を見た。

 いつの間にか、ランベルトを庇うように目の前に立っていた。

「逃げろ、ランベルト」

 こちらの方に僅かに顔を向け、アノニモは言った。

「いや……お前の方が危ないのでは」

「私がやられたら、いずれにしろお前の身が危ない」

 アノニモは言った。

「コンティを頼む」

 小さな声で、そう続けたように聞こえた。

 ランベルトの両脇に、従者姿の美しい若者が現れ膝を付いた。

 アノニモの使役する悪魔だ。

 従者姿の悪魔たちは、すっと立ち上がると、こちらへ、という風にランベルトを促した。

「命に代えてもランベルトを護れ」

 向こうを向いたままアノニモは言った。

 悪魔二人が無言で頷く。

「アノニモ」

 将校服の背中に向けてランベルトは言った。

 従者姿の悪魔はランベルトの腕を掴み、やや強引に促した。

 横につんのめるようにしてアノニモから引き離されながら、ランベルトは言った。

「何故そこまでしてくれる」

 アノニモは振り向かず、ダニエラと睨み合うようにしていた。

「アノニモ」

(うるさ)い」

 アノニモは言った。

「ともかくお前は生き延びろ」

 鎌を構えたダニエラが、フッと笑い赤い唇の端を上げた。

「ランベルトまで殺す訳がなかろう。我らの大事な道具だ」

「滅亡するご予定の種族は黙ってて貰おう」

 緊張しつつも嘲るような口調でアノニモは言った。

「黙りや。まずその仮面から剥ぎ取ってやるわ!」

 両手で持った鎌を、ダニエラは右下から左上へと大きく振った。

 アノニモの使役する女悪魔たちが、一斉にドレスの裾を上げ防御する。

 ドレスに衝撃波が当たり、そこから歪んだ空間が細く立ち昇り消えた。

 女悪魔たちは怯むことなく体勢を立て直す。

「冥界に通じる能力を持つ者達で固めたか」

 ダニエラは呟いた。

「小賢しい」

 憎々しげにそうと続け、鎌を構え直した。

「どういう訳か、冥界に関する能力は女の方が強い者が多い。こちらの人間もそちらの種族も、それは同じらしいな」

 アノニモは言った。腕を組み、唇の端を上げる。

「彼女らなら冥界の少々奥にも連れて行けるので、いろいろと世話をして貰っていますよ、女王様」

 アノニモは(のど)の奥を鳴らし笑った。

「いやらしい」

 鋭い目で睨み付けダニエラは言った。

「我が種族の女を、妾か何かのように扱うなど!」

「そこまでは言っていないだろう、女王様。何を想像している」

 アノニモは肩を竦めた。



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