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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio dieci あなたの香りがする
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Camera con guerriero. 戦士のいる部屋 I

 鏡を抜け、パトリツィオは現世のコンティ家に出向いた。

 三階の大広間を横切り、扉をすり抜けて吹き抜けの回廊に出る。

 幅の広い階段を降り、赤い絨毯(じゅうたん)の敷かれた階段ホールをつかつかと進んだ。

 夜が明けたばかりの時間帯だった。

 突き当たりの大きな窓から外が見えた。

 雨が降りそうに曇っていた。窓から射す陽光は薄く、すっきりとしない。

 呑気な鶏の鳴き声が庭から聞こえていたが、屋敷の中は廃墟のように静かだった。

 所々にべたべたと付いた赤い跡が、起こったことの凄惨さを表している。

 屋敷の中を進むにつれて、転がる死体に出くわす率が高くなった。

 夜の暗い屋敷内では、当然全ての死体は見えていなかった。

 今見回すと、あそこにもここにもあったのかという感じだ。

 ランベルトを連れ出すのは、夜のうちで正解だったと思った。

 明るい自然光の下でこの光景を見て、今度は苺ジャムも食えんなどと言われたら面倒すぎる。

 パトリツィオは二階の廊下に進んだ。

 生前の自身の私室の前を通りすぎると、父の私室の扉をノックした。

「私だ」

 中からは、物音ひとつしなかった。

 特に返事を待たず、パトリツィオは扉を開けた。

 室内は薄暗かった。

 ランベルトの部屋よりもやや広い室内は、乾いた葡萄酒や熟しすぎた果物の匂いが漂い、所々に割れたグラスが散乱していた。

 数日前よりも更に荒れているな、とパトリツィオは片眉を上げた。

 部屋の薄暗さが気になり窓を見ると、カーテンが閉まったままだった。

 開けてやろうかと室内に踏み出す。

 突如、顔の横を鋭い刃物が突き抜けた。

「化け物め! この槍を受けてみよ!」

 訓練された動きで物陰から出現し、勇ましく一本槍を構えていたのは、コンティ家の執事だった。

 身に付けた正装は、何日か着た切りだったと見えて、所々が汚れ皺が寄っている。

 パトリツィオは腕を組み、無言で年老いた顔を見た。

 執事が目を見開いた。

「……私だ」

「パトリツィオ様」

「私だと言って入室したのに」

 パトリツィオは言った。

 本当なら扉をすり抜けられるところを、わざわざノックまでしたのだ。

「ご無礼致しました。旦那様を守らねばと思うあまり」

 執事は槍を持ち変えると深く礼をした。

「役立たずの父の護衛、ご苦労だった」

 パトリツィオは言った。

 顔を上げ、やや離れた場所を見る。

 従者のような正装をした悪魔が二人、(ひざ)を付き部屋の隅に控えていた。

 俯いた顔は双方とも若く、やや幼さの残る感じだ。

「ご説明を聞いていたとはいえ、悪魔と呼ばれる者どもとは。少々落ち着きませんでしたな」

 執事の表情には、僅かに嫌悪が見て取れた。

「なるべく抵抗のなさそうな外見の者を選んだんだが」

 パトリツィオは腕を緩く組んだ。 

 部屋の奥の寝台から、何やら寝言のようなものが聞こえた。

 役立たずはあそこかと察し、パトリツィオは片眉を上げた。

「薔薇の山が贈られてきた件以来だな」

 パトリツィオは言った。

「正確に言うと、薔薇が到着する前日か」

「いやいや……」

 執事は槍を杖のように使い、傍らの長椅子に腰かけた。

「突然、わたしの寝室に御出になられたときには、驚きましたぞ」

 執事は言った。

「霊など見たのは、さすがに初めてでしたからな」

「仮面を付けて出たのに、よく私だと分かったな」

「それはもう」

 執事は目許を綻ばせた。

「始めは、まさかと思いましたが」

「ランベルトはいまだ気付かんようだ」

 窓の方を眺めパトリツィオは言った。

 死んだ頃と変わらない、明るい煉瓦色の街並みがカーテンの隙間から見えた。

「薄情な弟だ」

「お歳も離れておりますし、あまりご一緒したことが無かったからでしょう」

 執事は言った。

「ご一緒しているときは、あいつは大抵寝ていたのだ」

 パトリツィオは腕を組むと、軽く眉を寄せた。

「なぜ、お顔を隠して名前も無いなどと」

「今さらコンティの者の前に出る気などなかった。接触せずに済むのなら、そうするつもりだった」

 パトリツィオはそう言った。

「数ヵ月前から様子を見ていたのだが、どうにも冥界からでは効率が悪すぎて」

 それに、とパトリツィオは続けた。

「ランベルトには嫌われていた気がしていた」

「嫌ってはいなかったようですが、近寄り難いお人だとは思っていたようですね」

 身体を屈ませ執事は言った。

「あれの前では、完璧でストイックな跡継ぎを演じていたからな」

 パトリツィオは小さく含み笑いをした。

「まあ、跡継ぎ息子として家を背負うつもりでいるのに、今さら死んだ方が出しゃばって来たら立場が無いだろうと」

 パトリツィオは言った。

 軽く肩を竦めてから、抑えた口調で言った。

「あの薔薇については、大変な思いをさせた。何かは仕込んでいるだろうと思って忠告に来たが、あれほどの惨状を仕掛けるとは」

 ええ、と呟いて、執事は息を吐いた。

「あれを花瓶に活けていた女中や、女中たちに弑された者たちは可哀想なことをしましたが」

 執事はそう言い、窓の方を振り向いた。

「何人かは、この部屋に(かくま)い、窓から外に逃がしましたが」

「そうか」



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