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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio nove 鏡の中は薔薇で埋まり
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Lo specchio è pieno di rose. 鏡の中は薔薇で埋まり III

 ダニエラは勝ち誇った笑みを浮かべた。

 パトリツィオに使役される悪魔の動きが、ゆっくりと止まったのを目で確認し、侍女たちに戻るよう目で指示する。

 赤みがかった黄色いドレスを(まと)った侍女たちは、ダニエラを囲むようにして床に膝を付き控えた。

「冥界に戻って、管理者の男色の相手でもしているがいいわ」

 ダニエラは大ホールの中を見回した。

 パトリツィオの姿がどこにも無いのを確かめると、唇の端を上げた。

「この世に残った弟など、死者のお前には、もう関係ないであろう?」

 パトリツィオが指揮を取っていた辺りに向けて、ダニエラは言った。

「まして生前の生家の行く末など。ここはもうお前の世界ではない。出しゃばるな」

 パトリツィオが使役する悪魔たちは、動かなかった。

 ダニエラは上目遣いで確認すると、そちらに背を向けた。

「悪魔使いに(たぶら)かされた不届き者どもは、のちほどゆっくり始末しようか」

 おおそうだ、とダニエラは唇の端を上げた。

「ランベルトに始末させようか」

 上体をやや傾けて、控えた侍女の一人を見た。

「ランベルトの能力を確かめるには、ちょうどいいな。そう思わんか」

 侍女は答えなかった。

 陶磁器で造られた表情のない顔を、ほんの僅かだけ上下させた。

「兄が使役していた者どもに、弟を襲わせるのか」

 ダニエラは、黒い手袋の手を唇に当て、肩を揺らして笑った。

「遊びとしても、まあまあ面白いな。催眠(イプノティズモ)を使える者は、配下にいたか?」

 ダニエラは、おもむろに指先を唇に当てた。

「そういえば、ポンタッシェーヴェのあの者は、悪魔使いの能力は持ち合わせてはいないのだろうか」

 緩く腕を組み、(かしず)く侍女たちの間を一、二歩進む。

「一族の者同士で能力比べをやらせるか? どう思う」

 無表情の侍女たちを見渡しながらそう言い、ダニエラは含み笑いをした。

「実の娘に懸想(けそう)して自棄(やけ)になり、我らに手を貸すなど。あれも哀れな男だな」

 しんと静かになった大ホール内に、ダニエラの高く通る声とヒールの足音だけが響き渡った。

「まあ、人質と一族乗っ取りの足掛かりなら、懸想(けそう)する相手がいるよりお人好しで扱いやすい者の方が」

 傍らにいた侍女の顔を屈んで覗き込むと、ダニエラは言った。

「もちろん、ランベルトは可愛い。あの童顔は、小動物のようで意地悪をしてみたくなる。あれが夫でわたしは構わん」

 上体を起こし、ダニエラは続けた。

「しかし不思議なものだ。同じ顔をしていても、可愛い者と憎たらしさしか感じない者とがいるのだな。何が違うのか」

 うっとダニエラは呻いた。

 パトリツィオは、ダニエラの背後に出没すると、将校服の腕を細い首に回し固定した。

 頭部を強引に上向かされ、ダニエラは唇を噛み睨み付けた。

「お前……」

「あんなので消滅する訳がないでしょう。除霊とかやったことは無いですか?」

「離しや!」

 ダニエラは細い両手で将校服の腕を掴み、引き剥がそうとした。

「後ろからとは卑怯な!」

「同じようなことを自分もやったばかりではないか」

 パトリツィオは肩を揺らして笑った。

「さっさと立ち去れば良いものを。いつまでも侍女相手に女子バナなんかしているから」

 細い首を腕で締め上げながら、パトリツィオはダニエラの手首を捕らえ、ぎっちりと掴んだ。

「さて」

 ダニエラの滑らかな頬に鼻先を近付ける。

「一族乗っ取りとは?」

「離さんか」

「うちの胃腸の弱いのは人質か。まあ、そのくらいの見当は付けていたが」

 ギリ、とパトリツィオは、ダニエラの首を上に締め上げた。

「乗っ取ってどうする。こちらの社会に影響力を持ちたいのなら、大公家でも乗っ取った方が」

「離さんか!」

 ダニエラは全身を(よじ)り抵抗した。

「まあ、下手したら、義理の兄妹になっていたかもしれないのだ。仲良くしましょうか」

「なぜお前なんかと!」

 周囲に控えていたダニエラの侍女たちが、一斉に顔を上げた。

 攻撃の隙を伺って、じり、と(ひざ)を動かす。

「動くな」

 パトリツィオは言った。

「女王を(くび)り殺されたいか」

 ダニエラの頭部を更に上向かせる。

 うっとダニエラは呻いた。

「さあ、女王様」

 ダニエラの耳元で、囁くようにパトリツィオは言った。

「素直に白状してくれれば、苦しませるのだけは勘弁して差し上げるが」

 ダニエラは横目でこちらを見ると、紅い唇の端を上げた。

「いずれにしろ殺す気ではないか」

「それもそうだ」

 パトリツィオは目を細めた。

「命を奪うことに罪悪感はないのか」

「死者にそれを言われても」

 パトリツィオは苦笑した。

「貴様らの神は、禁じているのでは」

「うちの神は、異教徒は例外ですよ。ご存知なかったか」



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