表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio sette 悪魔とされた別の人類
31/78

Un altro essere umano demonizzato. 悪魔とされた別の人類 II

「ところで」

 暗い廊下を進みながらランベルトは切り出した。

 前を歩く悪魔の灯す松明とアノニモの持つ手燭とで、周囲のごく狭い範囲は照らされていたが、少し離れた範囲となると何も見えない。

 顔を僅かに後ろに向け、ランベルトは背後の白い将校服を確かめた。

「先ほども聞いたが、調理の心得は無いのだな」

「ありません」

 アノニモは言った。

「私もだ」

「そうでしょうね」

 穏やかな口調でアノニモは言った。

「どうするのだ。調理の出来ない者が、揃って無人の厨房に行くなどして」

「材料くらいはあるでしょう」

 アノニモは言った。

「あの者もいますし」

 アノニモは、前方を先導するように歩く、厳つい男性の悪魔を指差した。

「あの者が調理を?」

 いいえ、とアノニモは答えた。

「あの者に焼かせれば、大体は食べられる感じになるのでは」

 ランベルトは不意に俯き口を抑えた。

 今度こそ、焼いた死体を口に突っ込まれるような感じのものを連想をした。

「三日経っているのだろう? 材料は傷んでいるのでは」

 ランベルトは言った。

 アノニモは暫く黙り込んだ。

 背後から、薄い絨毯に吸い込まれた不明瞭な靴音がしていた。

「ああ……」

 ややしてから、少々間の抜けた声を上げる。

「そういえば。そういうの聞いたことあります」

 ランベルトは脱力した。

 これは完全に調理などしたことない者の台詞だと思った。

 材料を手にしたことすら無さそうだ。

 自分もそうだが。

 何となく万能そうに見えていたアノニモだが、この方面は、まるで駄目なのだとよく分かった。

「大丈夫です。この屋敷の厨房の場所は知っています」

 背後でアノニモは言った。

「何故そんなことだけ知っている……」

「行ったことは無いのですが」

「うちの先祖か何かなのか? お前は」

 ランベルトは言った。

 僅かに後ろを向く。

「同じことを何度も聞くようだが。この屋敷が建って以降の代の……」

「足元、危ないですよ」

 やや下を向いてアノニモは言った。

「せめて素性を教えられない理由を言ってくれ」

 ランベルトは言った。

 アノニモは暫く押し黙った。

 仮面の顔が手燭の灯りで照らされる。

 口元を微笑の形にし、ややしておもむろに言った。

「私は死んだ者ですよ。事が全て解決したら、冥界に戻り二度と会わない。覚えていない方がいい」

「完全に忘れるのは、無理では?」

 ランベルトは軽く眉を寄せた。

「それでも、誰なのか分からない方が、印象には残りにくい」

「そんなものか」

 そう言い、ランベルトは前を向いた。

「そんなものです。すぐには無理でも、今後何十年と生きていたら、誰だか分からない死者の記憶など薄れます」

「お前は、忘れて欲しいのか」

 ランベルトは言った。

「忘れた方がいい」

「では、なぜ私の目の前に来た」

 アノニモの答えはなかった。

 暫く待ったが、何も聞こえて来なかった。

 居なくなったのかと思い、ランベルトは後ろを振り返った。

 振り返った瞬間、アノニモが背中で突進して来た。

 将校服の背中と壁との間にきつく挟まれる。

「なん……?」

 結わえられたダークブロンドの髪が、鼻の横で揺れた。

 アノニモは激しく片腕を動かすと、何者かの襲撃を退けたようだった。

 深く獣のような息を吐き、長身の影が数歩向こうに飛び退く。

 死臭がした。

「持っていてください」

 アノニモは振り向くと、ランベルトに手燭を手渡した。

「あ……ああ」

「ぐずぐずするな! やれ!」

 松明を灯していた男性の悪魔にアノニモは命じた。

 悪魔は、手にしていた松明をそのまま膨張させ、長身の影に向かって放った。

 天井まで照らされた廊下の一角で、身を翻す長身の姿が見えた。

 長い影を引き、暗い廊下の向こうに走り消える。

「追え!」

 アノニモは悪魔に命じた。

「いや……追うまではしなくても良いのでは」

「そのまま、お父上のお部屋まで行ったとしたら?」

「あ……」

 ランベルトは、父の部屋の方向を見た。

「ほら、あなたもさっさと身罷(みまか)って欲しいと思っている」

「思っていない」

 まあ……と言ってアノニモは仮面を押さえた。

「お父上の所まで行くかどうかは、あの女の目的次第でしょうが」

「あの女……」

 ランベルトは口に手を当てた。

「ダニエラ・バルロッティのことです」

「分かっている」

 廊下のずっと先の方で、赤い光が激しく揺れながら、床と天井を照らし消えた。

 黒い何かの破片が宙を舞ったように見えた。

 暫くしてから、男性の悪魔はゆっくりとした足取りでこちらに戻る。

「この状況を、どこかで見ているのではないですかね」

 アノニモは周辺を見回し言った。

「見ているのか?」

「死体があなたを襲うタイミングが、何となく意図的な感じがしませんか?」

 アノニモは言った。

「ただ殺すだけというより、一定の間隔でちょっかいを出すように来ているというような」

 ランベルトは、暗闇に映える白い将校服を見た。

 ふと、壁の上方を見上げる。

 先程の私室の前の廊下と違い、やけに暗い感じがしていたのは、窓が無いせいかと今頃になり気付いた。

 私室前の廊下では射し込んでいた月明かりが、ここには無い。

「あなたが眠ったままでいる間は、三日間、部屋に入る死体は一体もいなかった。なのに目覚めた途端に、順番に襲いに来た」

 アノニモは、白い手袋の手で指を一本立て言った。

 ゆっくりとその指を二本にする。

「あの従者と話している最中は、襲って来る死体は一体も無かった」

 手を下ろし、肩を竦める。

「たまたまですかね」

「意図的だとしたら、何故そんなこと」

「さあ。女心に疎いもので」

 アノニモは言った。

「……ということは、女中が持った斧は、あの女の趣味か」

 (あご)に手を当て、アノニモはそう呟いた。

「先日の礼拝所の下品な女悪魔たちといい、あの種族の女は、趣味で木樵(きこり)でもやるんですかねえ」

「見ているのなら、話し合いを呼び掛けられないだろうか」

 ランベルトは言った。

「……どんな」

「まずは結婚話の正式なお断りを」

「そんなの、あとにしなさい」

 アノニモは言った。

「こんな状況を作り出しているような相手と話し合いですか?」

 アノニモは、仮面の上に覗き見える眉間に皺を寄せた。

「分かっているんですか。あなたは、あの女に殺されかけた。その上、屋敷を死体だらけにされたんですよ」

 声のトーンを落とし、アノニモは吐き捨てるように言った。

「正式なお断りも何も、あったものではない」

 そう言いながら、アノニモは手をこちらに差し出した。

 何、という風にランベルトは仮面の顔を見たが、手燭のことだと気付き手渡した。

「既に死体になった者を気の毒の何のと言っている暇があったら、私が契約を遂行できるよう、協力でもしなさい」

「契約……」

 手燭の小さな灯りを眺めながらランベルトは呟いた。

「……ダニエラ殿の抹殺か」

「そうですよ」

 アノニモは言った。

「お前は、あのときからダニエラ殿が何者か知っていたのか」

「知っていたから契約を申し出たんです」

 こちらに戻った悪魔に向けて(あご)をしゃくり、アノニモは再び厨房までの廊下を照らすよう促した。

「なぜ知っていた」

「それは」

 ランベルトの背中を押しながら、アノニモは歩を進める。

「そこから遠回しに私の素性を探ろうとしていませんか?」

「……思い付かなかったが」

 ランベルトは言った。

「そういえば、対価とは何だ」

「それは後で」

 背後でアノニモはそう言った。

「払い切れないような物ではないだろうな」

「払えそうな方だから、契約を申し出たと言ったでしょう」

「何が欲しい」

 羽織った外套の合わせを押さえ、ランベルトは言った。

「コンティの財産か?」

「前にも言いましたよ。霊がどこでお金を使うんですか」

「生前の、何らかの名誉の回復か」

「特に生前の黒歴史などありませんねえ」

 絨毯(じゅうたん)に音の殆どを吸い込まれた鈍い靴音が響く。

「墓か? それとも神父の聖書の読み上げが欲しいとか」

「どちらも間に合っています」

「そういえば、お前の墓はどこだ」

 ランベルトは後ろを振り向いた。

「ほら、上手いこと素性を探ろうとしている」

「していない」

 ランベルトは眉を寄せた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ