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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio sette 悪魔とされた別の人類
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Un altro essere umano demonizzato. 悪魔とされた別の人類 I

 厨房に向かって狭い廊下を行くと、鼻孔に重苦しい腐臭が滑り込んできた。

 使用人しか使わない廊下だ。

 当主一家の普段使う廊下とは違い、豪華な燭台や飾りは無い。

 所々に蝋燭(ろうそく)立ては取り付けてあるが、シンプルなものだ。

 もちろん今日は、ここも蝋燭の灯りなどない。

 足元を見回す。

 すぐ周囲には死体は無いようだったが、廊下の先の方に細身の人物と思われる身体が横たわるのが見えた。

「……どんな様子だった」

 ランベルトは言った。

 手燭を手に後ろをついてきたアノニモが、やや間を置いてから答えた。

「詳細にご説明しますか?」

「いや……」

 軽く口を手で覆い、ランベルトは口籠った。

「……聞く義務はあるのだろうと思う」

「どれだけ詳しくお聞きしたいか、レベルを示してください」

「レベルって……」

 ランベルトは口を覆いながら眉を寄せた。

「皆、逃げ惑ったのか?」

「はい」

 アノニモは言った。

「泣いていた者は」

「そうですね。家族のある者が」

 ランベルトは俯き、暫く黙っていた。

 暗い廊下は、下に敷いてある薄い絨毯に足音が吸い込まれ、ぼそぼそとはっきりとしない足音がする。

「……逃げた者は」

「それは先程も聞いていましたよ」

「何人だ」

「正確にはまだ」

 下を向き、ランベルトは手の上で松明を灯す厳つい悪魔の先導に付いて行った。

 暫く歩くと、先程から目に入っていた死体らしきものの横に差し掛かった。

 どんよりと鼻孔に入る濃い腐臭で、間近に寄らなくても死体であることが分かる。

 松明と手燭の灯りでは細かい容姿までは確認できないが、長身の男性のようだった。

「……ギレーヌとかいう人だが」

「はい」

 アノニモは返事をした。

「ギレーヌというのは、外国の名だな」

「今のフランスに当たる土地の名前です」

 背後でアノニモは言った。

「その人は、フランスの方から来た人だったのか」

「元々コンティの先祖がそちらの出だとは知りませんでしたか」

「知らなかった」

 ランベルトは言った。

「悪魔というか別の種族の人間たちは、フランスにもいたのか」

「人間の住む所には、ほぼ同じように居たんじゃないですかね。最後に残った土地のひとつがポンタッシェーヴェなんです」

「……それなら、やはり彼らにも言い分はあるのでは」

「ランベルト」

 やや厳しめの口調になりアノニモは言った。

「追いやられたのには、それなりの理由もあるんですよ」

 ランベルトは、目線を背後の方に向けた。

「ある時期まではそれなり共存していたのに、徐々に対立していったのは、何も単純な縄張り争いだけではないですよ」

「では何が」

「言ったでしょう。彼らは精神からぐらつかせるのが手口だとも、(はかりごと)に長けていたとも」

 アノニモは言った。

「教会が力を付けていく際に「悪魔」として絶対的な悪者に仕立て上げられたのは確かですが、そもそもの元ネタを提供していたのは彼らですよ」

 元ネタ、と復唱してランベルトは眉を寄せた。

「その言い方だと、コンティが教会のそういう思惑を知りつつ協力したような背景が透けて見える気もするんだが」

 ランベルトは言った。

 まあ……と言ってアノニモは間を置いた。

「コンティとて、何も万能の一族ではない。生き延びるために、どちらに付くのかが大事なのは、いつの時代も一緒ですよ」

「お前はそれを、どこで知った」

 ランベルトは言った。

「バルドヴィーノが言ったように、冥界で先祖のギレーヌから聞いたのか」

「ギレーヌはとっくに転生しています」

 アノニモは言った。

 えっ、と声を上げ、ランベルトは後ろを振り返った。

 手燭を持ったアノニモの姿が、振り返った瞬間だけ、半透明に透けていた気がした。

「え……」

 もう一度、そう呟き立ち止まる。

「何ですか?」

 アノニモの姿は、すぐにいつものはっきりとした姿になっていた。

「いま姿が……」

「増えてでもいましたか?」

「いや半透明に」

「霊なのですから、それが本来でしょう」

 アノニモは言った。

「私の見ていない所ではそうなのか?」

「こちらに霊として出現するには、冥界とのいろいろな規約がありまして」

 アノニモは、ランベルトの肩に手を掛け、元通り前を向かせた。

 厨房へ向けて歩を進めるよう促す。

「……そういうものなのか」

 背後に目線を向けランベルトは言った。

 手燭の灯りがきちんと付いて来ているのを目で確かめた。

「その冥界の管理者というのが、非常に色好みの両刀使いの御仁で」

「は?」

 ランベルトは困惑し、眉を寄せた。

「将校服の良家の青年が好みだとか言うので、許可が降りる際にはヒヤヒヤもので」

「あ?」

「あなたも死んだ際には気をつけるように」

 ランベルトは眉をよせた。

 何だそれは。

 また何かをはぐらかされたのだろうか。

 困惑しながらランベルトは廊下を進んだ。





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