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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio uno 悪意のいる礼拝所
3/78

Cappella ci sono malizia. 悪意のいる礼拝所 II


「はい、そこまで」


 若い男の声が割って入った。

 やや離れた場所から近づいて来る靴音。

 ぐらりと気が遠くなり、ランベルトは姿勢を崩した。何か柔らかいものに受け止められる。

「ランベルト」

 頬をパシパシと叩かれる。

「ランベルト」

 さらに強く叩かれた。

 ランベルトは、うっすらと目を開けた。

 マスカレードマスクのような仮面をつけた男が覗き込んでいる。

「……あの下品な女は」

 ランベルトはそう尋ねた。

「あなたも下品だと思いましたか」

 仮面の男が言う。

「私も何て誘い方をするのかと」

「いや、そういう問題ではない。父は」

 ランベルトは父の方に手を伸ばした。

「いまだ寝ていらっしゃいますよ」

 先程から姿勢すら変えず寝ている父の姿が目に入った。

 意識がはっきりして来ると、片膝(かたひざ)をついた男に上半身を抱き起こされるようにしていることに気づく。

 白い将校服に手袋。

 それなりの家の者のようだ。

「 “悪意” は、取りあえず引いたようですねえ」

「というか貴殿は?」

 ランベルトは男から離れた。座り直して背中を丸める。

「アノニモとお呼びくださいと言ったでしょう」

 アノニモは、ランベルトの目の前に羊皮紙を差し出した。

 夢に出てきた契約書と同じに見える。

 捺印の部分に火が灯り、羊皮紙は燃え上がるようにして手品のように消えた。

「……あれは夢では」

 ランベルトは眉をよせた。

夢魔(インクボ)か?」

「あんな変質者みたいなのと一緒にしないでください」

 アノニモがそう答える。

「契約者の身はお守りせねばと思い、参上致しました」

「……そういうものなのか」

「私の独自のオプションです」

 いちいち調子の狂う男だとランベルトは思った。

「悪魔が人を守るのか」

「ですから、人の霊と申し上げているでしょう」

 アノニモが面倒そうに言う。

「契約した以上、対価をもらう前に死なれては困りますから」

「対価」

 ゆっくりと上半身をひねり、ランベルトは男の方を向いた。

「対価とは何だ。金か」

「霊がどこでお金を使うんですか」

「他に何がある」

 ランベルトはそう問うた。

 ややしてから怪訝に思い眉を寄せる。

「そもそもあれは、夢の中の話では」

「あそこは夢の中ではありませんよ。別の世界です」

 アノニモが淡々と言う。

「地獄か煉獄とでも言いたいのか」

「それより(たち)が悪い所ですねえ。あなたが行くには」

 アノニモは肩を揺らして笑った。

「あの世界に紛れたあなたを探すのは、少々手間がかかった」

「探すのに手間がかかったのなら、無視して放って置けば良かったのでは?」

「欲しい対価がもらえそうな方だったので」

 アノニモが微笑する。

「だからその対価とは」

 祭壇の前に立てられた鏡が、振動し(ひず)んだ。

 何が原因の振動かと、ランベルトは周囲を見る。

「こちらへ」

 アノニモは立ち上がり、ランベルトの腕を引いた。

 そのまま真っ直ぐ別の鏡に向かって進もうとする。

「ちょっ、ちょっと待て」

 ランベルトは腕を振り、つかんだ手を振り払おうとした。

「早くしなさい」

 アノニモが子供を叱りつけるような口調で言う。

「鏡に貼りつけとでも言うのか!」

「言っていません」

 グイッとアノニモはランベルトの腕を引いた。

「鏡の中にいなさい」

 反論しようとしたが、アノニモに強引に腕を引かれ鏡の中に引きずり込まれる。

 鏡の外と中との境界線を通り抜けた瞬間、やはり夢を見ているのだとランベルトは思った。

 自分は父を連れ戻しに礼拝所に来て、また倒れてしまったのか。

 慣れない執務で疲労でも溜まっていたのか。

 誰か家の者が様子を見に来てくれればいいが。


 鏡の中は、コンティ家の屋敷の書斎にそっくりの室内だった。

 周囲をランベルトは見回した。

 壁に沿って並ぶ背の高い書棚と、扉の正面に設えてある書き物机。

 客人を迎える時のためのテーブルと肘掛け椅子。

「奇妙な夢だな」

 ランベルトは呟いた。

「別に夢と思っていてもいいですが」

 アノニモは言った。

「私がいいと言うまで、ここから出ないでください」

 アノニモの背後に、鏡の形をした入り口があった。

 向こう側には、先程までいた礼拝所が見える。

 祭壇の鏡の前には、いつの間に現れたのかマリーツィアの他に三人の女がいた。

 どの女も胸元の大きく開いた淫りがましいドレスを着込んでいた。

 毒々しい濃い化粧に、艶っぽい目付き。

 紅い唇の端を上げ、如何(いかが)わしい笑みを浮かべながら辺りを見回していた。

「出ておいでなさい、ランベルト(ぎみ)。皆で遊んで差し上げましてよ」

 マリーツィアが声を上げていた。

「父を(たぶら)かした女どもだ」

 ランベルトは不快に眉を寄せた。

「ちなみにお母上はどうしておられる」

「先立って気が触れられ、田舎で療養中だ」

「何とまあ、親御(おやご)さまおふたり揃って頼りのない」

 アノニモは肩を竦めた。

「お前に関係ない」

 ムッとしながらランベルトは言った。

「それにしても揃いも揃ってあの出で立ちは何だ、ふしだらな」

「ああいうのを悪魔と言うんですよ」

 アノニモは子供に教えるように言った。

「悪魔は大袈裟だと思うが。ただの淫らな女どもだ」

「あれは本物の悪魔です」

 手袋を嵌めた手で、アノニモは仮面を軽く押さえた。

(たぶら)かしているのは父ひとりだ。大勢の人間を誑かしている訳ではない」

「なに悪魔の擁護をしているのですか、あなたは」

 アノニモは言った。

「あれは本物だと言っているでしょう」



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