C'è un diavolo in pianerottolo. 踊り場に悪魔がいる IV
「今すぐその整った造形の口を裂かれたいかな」
脅すような低音の声でアノニモは言った。
「ランベルト君に知られるのが、そんなに嫌か」
僅かに口の端を上げバルドヴィーノは言った。
「よほど嫌われてでもおられ……」
グイッとアノニモは、バルドヴィーノの後ろ髪を掴み上を向かせた。
「余計だ」
「いや……落ち着け」
ランベルトはゆっくりと階段を昇ると、両手を出しアノニモを制した。
「落ち着いていますよ」
アノニモはそう言うと、指先で仮面を直した。
「バルドヴィーノとやら」
ランベルトは踠く悪魔に声をかけた。
「貴殿の主人は、ダニエラ殿ということで宜しいのか」
「如何にも」
バルドヴィーノは言った。
「ダニエラ殿は、何者なのだ」
「言っているでしょう。悪魔どもの女首領だと」
アノニモが口を挟んだ。
「盗賊か何かのような言い方をするな! 我々の統治女王を務めるお方だ!」
踠きながらバルドヴィーノは声を張り上げた。
「その女王陛下がなぜこんなことを」
「女首領でいいでしょう、ランベルト」
アノニモはそっぽを向くようにして口を挟んだ。
「ランベルト君、あなたを手に入れるためです」
バルドヴィーノは言った。
「ダニエラ様は、本当にあなたを好いていらっしゃるのです」
ククッと喉を鳴らしアノニモは肩を竦めた。
「こうも早々に矛盾したことを言われるとは」
アノニモは言った。
「あの薔薇に仕込まれた毒のせいで、ランベルトまで死に至らしめるところだった。何が好いているのか」
「ダニエラ様は、あなたが同族の者を使ってランベルト君を助けることも予測しておられた」
バルドヴィーノは、顔を上げアノニモを見た。
「それは、女首領自身に聞いたことかな?」
「女王陛下だ!」
バルドヴィーノは声を上げた。
「アノニモ」
ランベルトは制止する意味で手を挙げた。
「話が進まんので、取りあえず女王陛下で統一してくれないか」
「殺されるところだったのは、あなた自身ですよ。ランベルト」
「そうだが……」
ランベルトは言った。
いまだこの状況に対して、現実感が無いのも確かだった。
殺されそうになったというのに、全くピンと来ていない。
「ちなみに、その女王陛下とやらは、どこでランベルトを見初めたと言うのだ」
アノニモは苛々と「女王陛下」を強調した。
「ランベルト君がポンタッシェーヴェを訪れた折り、お見掛けしたと」
「またポンタッシェーヴェか」
アノニモは眉間に皺を寄せ、前髪を掻き上げた。
「ただ見掛けただけか。仮にも女王が、一目惚れをしたなどとそこら辺の小娘のようなことを言うのか」
「賢いお方です。コンティと我々が手を組めば、むしろ大きな可能性が生まれるのではないかとお考えになったのです」
「うちの一族の者と悪魔どもの混血など、それこそおぞましい」
吐き捨てるようにアノニモは言った。
「うちの……?」
ランベルトは顔を上げ、アノニモを見た。
アノニモは横を向き、バルドヴィーノを睨み付けていた。
「やはり、お前はうちの一族の……?」
「あなたの代弁をしてあげただけです」
苛々とした口調でアノニモは言った。
クッ、とバルドヴィーノが喉を鳴らし笑う。
「そうは言うが、そもそもコンティはギレーヌの子孫に当たるのでは」
アノニモを真っ直ぐに見上げ、バルドヴィーノは言った。
「身分を賜る以前に、出自不明の女が一族内にいたというだけだ。ギレーヌが子を産んだ記録はない」
アノニモは言った。
「ですが、コンティの悪魔払いの能力は、明らかにギレーヌの血では」
「ちょっと待て」
ランベルトは右手を挙げ割って入った。
「ギレーヌとは」
「コンティの先祖に当たる方に嫁いだ、我々の種族の女です」
ゆっくりと、言い含めるような口調でバルドヴィーノは言った。
「つまりコンティの悪魔払いの能力と、我々の魔力とは、同じものです」
おもむろにバルドヴィーノは顔を上げ、ランベルトと目を合わせた。
「殺害など企むはずはない。争うなど無駄だと思いませんか?」
「そこまで」
鋭い声でアノニモは言った。
音の反響のしやすい無人の階段ホールに、ひときわ声が響いた。
ランベルトの肩を抱くと、アノニモはその場から離れさせた。
「精神からぐらつかせるのが、この者達の手口だと言ったでしょう。ランベルト、聞かなくて結構です」




