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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio sei 踊り場に悪魔がいる
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C'è un diavolo in pianerottolo. 踊り場に悪魔がいる I

「では政略結婚というのは」

「新枕の折に取って食おうとでもしたのか……」

 (あご)に手を当てアノニモは言った。

「……食うのか」

「ある意味」

 ランベルトと目を合わせアノニモは言った。

「どんな意味だ」

「子供みたいな質問しないでください」

 困惑し、ランベルトは眉を寄せた。

「まあ、冗談はともかく」

 アノニモはダークブロンドの前髪を掻き上げた。

「……冗談なのか」

「ここまでは冗談です」

 アノニモは言った。

「コンティと対立してきた悪魔どもの女王が、コンティを一族ごと騙して跡継ぎ息子との婚姻を画策した。もうこれだけで怪しいでしょう?」

 アノニモは軽く身を屈ませ、階段を一段降りた。

「コンティの内部に入り込んで、血の殲滅を謀るつもりだったと思うしか」


「不粋な方ですねえ」


 突如、階段の踊り場から声がした。

 低く色気のある男性の声だった。

 アノニモが真後ろを向き、ランベルトを背中に庇う。

 踊り場の大きな肖像画を背に立つ人物がいた。

 手燭の灯りに薄く照らされ、微かに衣擦れの音をさせた。

 長身で、バランスの良い体型に正装。

 客間に現れた悪魔、バルドヴィーノだった。

「夜分に失礼致します」

「取り込み中なのだが」

 アノニモは言った。

「さほど長居は致しません」

 バルドヴィーノはそう言い、滑らかな曲線を描く手摺(てすり)に手を掛け、二、三歩降りてきた。

「こんなタイミングで現れて宜しいのか。貴殿の主人が誰か、ばれてしまった」

 アノニモは、ランベルトを庇うようにゆっくりと片腕を横に広げた。

「主人は、いずれ改めてご挨拶するつもりでいるとお伝えしたでしょう。構いませんよ」

 バルドヴィーノは緩く腕を組んだ。

「先日の、居所の確認とは結局どういうつもりで?」

 アノニモは言った。

「せっかく会いに来たのに避けられてしまいましたから。往診とやらが本当かどうか確かめて来いと」

(たち)の悪い付きまといのようですねえ」

 アノニモは軽く肩を竦めた。

「本音から体調不良をご心配なさったのですよ」

 バルドヴィーノは微笑した。

「あなたこそ、分かっていたなら、なぜ私の主人が男性に決まっているなどという意地悪を」

「あれは本気でそう思っていましたよ。従者などが出て来たので」

 アノニモは言った。

「食えないお人だ」

「男に食われる趣味は無いので」

「ここ数日で、随分と急激にランベルト(ぎみ)の信頼を得たようで」

 バルドヴィーノは、ゆっくりと階段を一段降りた。

「言ったでしょう。愛情が違うと」

 アノニモはそう言った。

 言葉は(おど)けているようだったが、バルドヴィーノが動くたびに、背中に庇ったランベルトの方に腕を動かした。

「以前からランベルト(ぎみ)を知っていたのかな?」

 バルドヴィーノは言った。

「おや。私は出会って間もない、仕えたばかりの従者という設定では」

「そもそもあなたは、生者ではないだろう」

 バルドヴィーノは、またゆっくりと一段降りた。

「我々の世界にすんなりと入り込んで、妙な目眩ましを放ってくれた」

「あの節はどうも」

 アノニモは僅かに肩を揺らし、笑ったようだった。

「せっかくランベルト(ぎみ)をこちらの領内にお呼びして、説得している最中であったのに」

「女は魔物だ、などという誤魔化しで言いくるめられては困る。貴殿の主人は、本物の魔物ではないか」

 アノニモは言った。


 女性は魔物だとか言うではないですか。


 その台詞が、ランベルトの頭の中を掠めた。

 覚えがあった。

 どこで聞いた台詞だったか。

「ランベルト」

 何かを察したのか、アノニモがこちらを振り向いた。

「私と契約した、あの夢とやらです」

 アノニモは言った。

「あのとき私が話しかける直前に、あなたと話していたのが、このバルドヴィーノです」

 アノニモの将校服の肩越しに、ランベルトは階段の上段を見詰めた。

 ダークブロンドの前髪をゆっくりと掻き上げ、記憶を探る。

 あの夢は、夢ではなく別の世界なのだとアノニモは言っていた。

 だが普段に見る夢のように、アノニモと契約したところ以外は少々記憶がぼんやりとしているのだ。

「あなたが空間に切り目など入れて目眩ましするから、記憶が跳ばれたのでは?」

 バルドヴィーノはこちらを見下ろし言った。

「あれくらいでですか。根性で思い出しなさい、ランベルト」

 アノニモは言った。

「手厳しい」

 バルドヴィーノは、喉の奥を鳴らして笑った。

「従者というより、まるで歳の離れた兄上か何かのような」

 ランベルトは目線を上げ、アノニモの背中を見た。

 そういえば、この男は何者なのだ。

 ここのところ、やや馴れ合ってしまっていたが肝心なことが全く分かっていない。



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