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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio cinque マスカレードマスクが邪魔をする
22/78

È ora di mangiare. お食事の時間です II

 月明かりで照らされた廊下の奥から現れたのは、長身の女中だった。

 先程までよりも、月が窓に真っ直ぐ射し込んでいるのだろうか。やや離れた所の物も、見えやすくなっている気がした。

 何か黒いもので、服はべったりと汚れていた。

 服の襟ぐりがずれて、少々だらしない着方になっていたが、全く気にしてはいないようだ。

 手にしている物は、やはり斧のような物だろうか。

 金属部分を引き摺りながら、こちらへと近付く。

 無言で振り上げ、こちらへ向かって突進した。

 後退って壁に背中を付けたランベルトを、アノニモが背に庇った。

「やれ!」

 使役する悪魔に命じる。

 悪魔は、両腕から火焔の渦を発生させた。

 獣のような咆哮を上げながら、激しい火焔で女中を反対側の壁に押し飛ばした。

 女中の身体が壁に激突し、燃え上がる。

 火焔が消えると、脂が焦げた跡だけを残し女中は消滅していた。

 柄の一部と刃だけになった斧が、からんと床に落ちた。

「やはり斧」

 アノニモは、なぜか苦悩するように額に手を当てた。

「悩むことか?」

 ランベルトは眉を寄せた。

 いやそれより。

「なぜ女中ばかりなのだ」

「皆であの薔薇を、キャッキャ言いながら生けていましたから」

 アノニモは言った。

「……見ていたのか?」

「はい」

 ランベルトは顔を強張らせた。

 靴音をさせ、焦げ跡の方に近付いて行った将校服の姿を目で追った。

「可愛らしいですねえ」

「なぜ止めてやらなかった」

「申し訳ないが、彼女たちは契約相手ではありません」

 アノニモは言った。

「それでも見ていて、こうなることが分かっているなら」

「こうなることは分かりませんでしたよ」

 アノニモは肩を竦めた。

 身をやや屈め、壁の焦げた跡を見た。

「三日前に言ったのをお忘れですか? 何が起こるか分かっていれば苦労はしませんと」

 アノニモは言った。

「だがお前は、何かが起こることは予測していた」

「私のことを何だと思っているのです」

 向こうを向いたままでアノニモは言った。

「神ではないんですよ。ただの人間の霊ですよ」

 アノニモは使役する悪魔の方を向くと、全く別の方向に(あご)をしゃくった。

 他の女中の遺体の、焼け残っていた部分が燃え上がる。

 廊下の所々に火柱が立ち、ややして消えた。

「坊っちゃまに、ひとつだけ教えてあげましょう」

 火柱が消えたのを確認するように眺め、アノニモは仮面を指先で押さえた。

「あちらもこちらも守ろうと考えるのは立派だが、何者にも限界はある」

 使役する悪魔が、廊下の隅の方で片膝を付き、命令を待つ体勢になった。

「どれもこれも守ろうと思えば、どれも守れなくなるものなのです」

 アノニモは廊下の一点に目を止め、しばらく宙を凝視していた。

「本気で何かを守ろうと思ったら、それ以外のものを徹底して見捨てる覚悟をまずすべきなんです」

 くるりとこちらを向くと、アノニモはランベルトの方に再び近付いた。

「それで心が痛むと言うなら、覚悟が足りない」

 壁に背を預けたまま中腰で立ち尽くすランベルトを、アノニモは上から見下ろした。

「分かりましたか、坊っちゃま」

 ランベルトと間近で目を合わせ言った。

 今は暗い廊下なので分かりづらいが、昼間見たとき、アノニモの瞳は明るい瑠璃色だった。

 子供の頃、これと似たようなことが無かったか。

 ややしてアノニモは踵を返し、再びランベルトから離れた。

「家の跡継ぎとしても大事ですよ。覚えておくように」

 アノニモは威圧的に落としていた声のトーンを少し上げた。





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