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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio cinque マスカレードマスクが邪魔をする
21/78

È ora di mangiare. お食事の時間です I

 五、六人ほどの女中だった。

 金属を引き摺る音をさせながら、鈍い動作でこちらに近付いた。

 廊下に沿って並ぶ大きなガラス窓から月光が射し込み、微かに女中たちの姿を照らした。

 歩き方はしゃんとしているが、顔は不自然に無表情だった。

 着ている服が酷く汚れているような気がした。

 手に、それぞれ太い棒のような物を持っている。

 引き摺っている音から察するに、先に重い金属が付いているのか。

「ランベルト様」

 女中たちは数歩手前の辺りまで来ると、持っていた物を銘々に頭上に振り上げた。

「お食事の時間です」

 振り上げたものは、斧だった。

「やれ!」

 アノニモが声を上げた。ランベルトを庇うように手袋を嵌めた手を横に上げる。

 使役する悪魔が女中たちの前に降り立ち、咆哮を上げた。

 肩を大きく張り、全身から激しい焔を立たせる。

 廊下が赤く禍々しく照らし出され、女中たちの影が廊下の奥に伸びた。

 焔がねっとりとした熱を漂わせ、女中たちを巻き込み激しい突風のような火炎で撫で上げる。

 焼けただれ赤く縮んだ肌で、女中たちが転倒し床を這った。

「なぜ揃いも揃って斧なんだ。あなたは、女中に木樵(きこり)の仕事でもさせていたんですか」

 ランベルトを背中に庇いながらアノニモは言った。

「……一日の詳細な仕事内容までは知らん」

 つい怯んでしまった感情を抑えながらランベルトは言った。

 転倒した女中たちが、床に手を付きそれぞれに両脚を床の上で動かす。

 立つことはできず、足の側面でいつまでも床を擦っていた。

「もういい。あとは逃げれば良いんだろう?」

 ランベルトはそう言い、アノニモの肩を後ろから掴んだ。

「駄目です」

 アノニモは言った。悪魔に向けて(あご)をしゃくる。

「いや、だから」

 ランベルトは声を上げた。

「私が逃げれば良い話ではないか!」

「骨まで焼き尽くせ」

 アノニモは言った。

 悪魔は、唸り声を上げた。

 女中たちの身体がそれぞれに火柱を立てる。

 皮膚が溶け骨が剥き出しになり、膝立ちになり紙のように燃えて崩れ落ちた。

 ややして天井に吸い込まれるように火焔は細くなり消え、何事もなかったかのように廊下は再び暗くなった。

 灯りで照らせば、床の所々に女中たちの跡を示す焦げ目くらいは見つけられるかもしれなかった。

 窓の月の明かりだけでは、よく見えない。

 脂と肉の焦げる嫌な臭いが漂った。

 何か脱力してランベルトは座り込みそうになった。

「おっと」

 アノニモが振り向き右腕を掴む。

「大丈夫ですか?」

 ランベルトの右腕を持ち上げたが、無理に立たせるつもりは無いらしかった。

 壁に背中を擦り付けるように中腰になったランベルトから、暫くして腕を離した。

「お腹空きました?」

「この事態で空く訳が」

 ランベルトは言った。

「少し美味しい料理のことでも考えてみたらどうです」

「料理……」

 中腰でランベルトは前髪を掻き上げた。

骨付き焼肉(ビステッカ)とか」

「うっ……」

 途端に吐き気が込み上げた。

 女中の身体の溶けて焼け焦げた様子が、次々と頭の中で展開された。

骨付き焼肉(ビステッカ)、お好きなのでは」

 アノニモはこちらを向き言った。

「今後は食べられなくなりそうだ……」

「おかしな回想と一緒にするからですよ」

 アノニモは言った。革靴の音を響かせ、二、三歩ほどランベルトから離れる。

 廊下の突き当たりの方向を見渡した。

 他に襲って来る者はいないか伺っているようだった。

「回想と口に入れる物は別です。切り離してお考えなさい」

「そんな器用な真似は……」

 ランベルトは眉を寄せた。

 アノニモは背伸びするようにして、遠くの方を見渡す仕草をした。

「まだいるのか?」

「来てます」

 アノニモは言った。

 月明かりが射し青く照らされた廊下の一角を、じっと見詰めていた。

「逃げよう。鉢合わせする前に」

 ランベルトはそう言い、中腰から体勢を戻した。

 アノニモが見る方向と逆の方を見た。

 前ポケットに入れたフリントロック銃を服の上から確認し、他に必要な物はないか私室の方を見る。

「いいえ」

 アノニモは言った。

「ここで待ちます」

 ランベルトは目を見開き振り向いた。

「何も無理して」

「せっかくですから全滅させましょう」

 アノニモは、将校服の襟の留め具を片手で直しながら言った。

 その仕草を何気なく眺め、一度目線を外したあと、ランベルトはもう一度見た。

「何です?」

 固い立て襟に人差し指を引っ掛け、アノニモは言った。

「いや……」

 霊なのに、服の留め具が気になるのか。

 生前の癖だったのだろうかと思った。

 暗い廊下の奥から、金属を引き摺る音がした。

 石畳が敷き詰めてある、古い通路の部分を通っているのだろうか。

 引き摺る音は、石の隙間と思われる箇所で時おり途切れた。



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