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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio cinque マスカレードマスクが邪魔をする
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La maschera mascherata si mette in mezzo. マスカレードマスクが邪魔をする

 ランベルトは、頬を強張らせ白い将校服の背中を見た。

「……出来れば」

「出来ません」

 きっぱりとアノニモは言った。

「無駄なことをして、自身の命まで危険に晒す気ですか」

「人間らしい情が無駄か」

「人間から外れてしまった者には無駄です」

 アノニモの口調は冷静だった。

「銃で脚を撃てば、少なくとも襲って来ることは出来なくなるのでは」

 ランベルトは言った。

 こうして言い合いをしている間に、使役する悪魔に命令を出されるのではと思い、将校服の肩をがっしりと掴んだ。

「あなたが撃ちますか?」

 アノニモはゆっくりと振り向き言った。

「撃てますか?」

 ランベルトは、仮面を付けた顔を凝視した。

「いや……」

「銃の鍛練をするときの標的は撃てても、女中の形をしたものは撃てないでしょう」

 アノニモは肩越しにニッと口の端を上げた。

「坊っちゃま」

「なっ……」


「邪魔しないでくださいませ、パトリツィオ(ぎみ)


 女中が言った。

 ランベルトは眉を寄せ、女中の焼けただれた顔を見た。

 アノニモを死んだ兄と間違えているのか。

 ランベルトよりもずっと歳上と思われる女中だ。兄パトリツィオが生きていた頃にも、確かにこの家にいたかもしれないが。 

「退いてくださいませ、パトリツィオ(ぎみ)

「妙な名前で呼ぶな。坊っちゃまに嫌われるではないか」

 アノニモは不機嫌そうに言った。

「坊っちゃまは、兄君が大のお嫌いだったのだ」

「別に嫌ってはいない」

 ランベルトは眉を寄せた。なぜ兄との仲を見たことでもあるかのように言っているのか。

 やはり生前はコンティに関係した人間であったのか。

「間違いなくお嫌いだったでしょう」

「だいたい何だ、その坊っちゃまというのは」

「何か、ぴったりの呼び方のような気がしてきまして」

 アノニモは指先で仮面を押さえた。

「良いではないですか。女中にもそう呼ばれているみたいですし」

「一部だけだ。だいたいは古株の」

「パトリツィオ(ぎみ)、退いてくださいませ」

 女中は地味な色のスカートを揺らし、斧を横に振った。

 アノニモの使役する悪魔が斧を受け止め、立ち上がった火柱で焼き溶かした。

 柄と刃の一部だけが残った斧を、床にカランと落とす。

「退いてくださいませ、パトリツィオ(ぎみ)

 女中は(しわが)れた声で言うと、ランベルトに焼けただれた手を伸ばし襲い掛かろうとした。

 グイッとアノニモが女中の頭部を掴み横に払いのける。

 すぐにランベルトの方を振り向いた。

「この調子で何体も来られたらどうします」 

「何人もいるのか?」

「屋敷に人が何人いたと思っているんです」

 ランベルトは、大きく目を見開き仮面の顔を見た。

「……使用人全員なのか?」

「全員ではないです。こうなったのは、何人かの者です」

 ホッとランベルトは息を吐いた。

 アノニモはその顔を肩越しにじっと見てから、おもむろに言った。

「あとは、こうなった者たちに殺されました」

 ランベルトは更に目を見開いた。

「なん……?」

 (にわか)には信じられず、真っ暗い廊下の両側の突き当たりを見た。

「逃げた者は」

「庭師や馬丁なら、何人かいたような気がしますが」

「外にいた者たちか」

「そうですね、主に」

 執事は、とランベルトは尋ねようとした。

 しかし、家の中にいるのが当然で、しかも高齢の執事では逃げ切れた訳はないだろう。

 屋敷のどこかに遺体で、と思い息を詰めた。

「執事は、若い頃に槍の達人だったそうです」

 不意にアノニモが言った。

 一瞬心の中を読まれたかと思った。ランベルトは、胸の辺りを掴み動揺を抑えた。

「槍の……そうなのか。知らなかった」

「自慢話を聞かされませんでしたか」

「聞いたことはない」

 ほう、とアノニモは言った。

「あの執事も老けたものだ」

 こちらに背中を向けたまま、アノニモは肩を揺らし含み笑いをした。

「聞かされたことでもあるのか」

「従者も、それなり腕の立つ者は期待できなくもないですが」

 アノニモは言った。

 またもはぐらかしたのだろうか。ランベルトは眉を寄せた。

「お前は話をはぐらかしてばかりだな」

 女中が歯茎の無くなった歯を剥き出しにした。

 焼けただれた腕を伸ばし、ランベルトに掴みかかろうとする。

 アノニモが女中の腕を掴み、ぐいっと左側に払う。

「お前は何者なんだ」

「パトリツィオ(ぎみ)……」

 真横につんのめってふらついた女中が、体勢を立て直し、僅かに焼け残った頭髪を耳の残骸に掛ける。

「それ、今知らなければならないですか?」

「逆に何故はぐらかす必要がある」

「優先順位を考えましょうよ」

 アノニモは肩を竦めた。

 いくつかの金属音がした。廊下の突き当たりからだった。

 床の上で金属を引き摺っているような不快な音が、ゆっくりとこちらに近付いた。



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