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コシュマール ~薔薇の心臓~  作者: 路明(ロア)
Episodio cinque マスカレードマスクが邪魔をする
19/78

La mia testa, mani e piedi sono tutti in disordine. 頭も手足も散らかしっぱなし

「では」

 アノニモは、ドアノブに手を掛けた。

 静かに扉を開ける。

「坊っちゃま」

 扉の前に人がいた。

 ひっ、と息を呑んでランベルトは後退った。あまりに唐突過ぎた。

 若い女中だった。

 真っ暗な廊下を、手燭も持たずに立っていた。

 祖母や母親の代から仕えている者の中には、大人になった今でも「坊っちゃま」と呼ぶ者がいるが。

「どうした……」

 ランベルトは言った。

 これは生きている者なのか、それとも死体が動いているものなのか。

 横を向きアノニモの反応を伺った。

 アノニモは、何も見ていないかのような様子で前方を向くと歩を進めた。

「さ、行きましょう」

 そのまま革靴の音をさせ、磨かれた廊下を進む。

「まずは厨房でお食事してから、外に向かいます」

「外?」

 ランベルトは女中を振り返った。

「いや……それより彼女は」

「置いて行きなさい」

 穏やかな口調でアノニモは言った。

「生きているのか? 死んでいるのか? せめて判別方法を」

「わたしは生きています、坊っちゃま」

 女中は抑揚のない声でそう言って近付き、ランベルトの頬に触れた。

 冷たい手だった。

 内側から冷気が滲み出ているかのような、独特の冷たさ。

「いや……」

 ランベルトは女中の顔を凝視した。

 私室の燭台だけでは廊下まで灯りが届かず、女中の目の瞳孔までは分かりづらい。

 しかし、顔は不自然なほど表情が無かった。

 唐突に女中はグッと顔を近付けた。

「生きております。坊っちゃま、わたしの目を見て」

「目と言っても……」

「お坊っちゃまに女中の目を見せて差し上げろ」

 アノニモが男性の悪魔に指示した。

 悪魔は鈍い動きでランベルトに近付いた。指先に小さな炎を灯すと、女中の目に近付ける。

 女中の瞳孔は開いていた。

 うっ、とランベルトは呻いた。

 男性が炎を離したり近付けたりするが、女中の瞳孔に反応はない。

 弾かれるようにしてランベルトは女中の身体から離れた。

「わたしは生きております。坊っちゃま」

 女中は口の端だけをひきつらせ、不自然に笑った。

「坊っちゃまと同じで生きております」

 ゴリ、と床を何かで引き摺る音がした。

「お部屋のお掃除を致しますので」

 女中は、棒のような物を手にしていた。

 暗くてよく見えないが、(ほうき)か何かだろうか。

「坊っちゃまの手足が、散らかしっ放しでしょうから」

「は?」

「寝台の下にごろんと転がされた(おぐし)も、片付けなくてはいけませんから」

「何を言って……」

「ああ」

 アノニモは指先で仮面を押さえた。

「遊び唄にありますよね」

「なに」

 ランベルトは、アノニモの方を見た。

「知りませんか? 自分の頭や手足を部屋中に散らかした男を、だらしない、散らかしっ放しだと揶揄した唄」

 ランベルトは、ぽかんと仮面を付けた顔を見た。

「……それは、殺されてバラバラにされたとかなのでは」

「そうですね」

 アノニモはそう言い、含み笑いをした。

「何を呑気に遊び唄にしているのだ」

「作った人に言ってください」

「坊っちゃまも、(おぐし)を転がしっ放しでしょうから」

 女中は俯いて言った。

「お掃除を」

 片手を振り上げる。

 女中は小振りの斧を手にしていた。

 アノニモが割って入り、ランベルトを突き飛ばした。

 振り下ろされた斧の先が、レリーフで飾られた壁にめり込む。

 ギギ、という不快な摩擦音を立て、斧の刃は飾りの金属に止められた。

 女中は壁に足を掛け、斧を両手で引っ張った。

「……どんな掃除を」

「やれ」

 アノニモは男性の悪魔に命じ(あご)をしゃくった。

 悪魔は拳に炎の塊を溜めていた。後ろに引いた手の動きに沿って黄橙色の火焔が揺れる。 

「坊っちゃまの指が見つかりません。お墓に入れようとしたら」

 そう言った女中の全身が、吹き付ける炎に(あぶ)られる。

 暗い廊下が一瞬だけ濁った橙色で照らされ、すぐにまた、突き当たりに月光が見えるだけの暗さに戻る。

 皮膚が溶け、縮んだ肉とそこから垣間見える骨だけになった女中は、それでも滑らかに動き続けた。

「こんなにお散らかしになって」

 声帯が焼けたせいだろう、(しわが)れた声でそう言う。

「……散らかしていない」

 あまりの光景に、ランベルトはむしろ日常的な言葉を返してしまった。

「玩具の片付けは、言えばさっさとやる子でしたねえ、あなたは」

 アノニモは口の端を上げた。

「なぜそんなことを」

「契約者の情報ですから」

 ランベルトは眉を寄せた。調べているものの基準が分からん。

「坊っちゃまは、(おぐし)を散らかしっ放し」

 女中は、踊るような仕草でスカートを揺らし、斧を横に構えた。

「お掃除を」

 ランベルトに向けて女中は勢いよく斧を振る。

 うっと呻いて、ランベルトは後退った。アノニモがランベルトを背中に庇う。

「これでも埋葬がどうのと言いますか、ランベルト」

 アノニモは言った。

「あなたの言い分を聞いて、手加減させたのですが」



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